家族信託は、認知症対策や円滑な資産承継を実現するための有効な手段として注目されています。しかし、その一方で「こんなはずじゃなかった」と後悔するケースも少なくありません。信託契約の内容や運用方法を誤ると、家族間のトラブルや予期せぬ税金負担など、思わぬ問題に直面する可能性があります。
家族信託の12の落とし穴は以下の通りです。
①親の認知症が進んで信託契約ができなくなる
②信託口口座を開設できなかった
③受託者が権限・負担が大きい
④家族・親族間の仲が悪くなる
⑤信託終了時に、遺留分侵害額請求を受けた
⑥他の親族に信託無効を主張された
⑦年金や農地を信託してしまう
⑧信託をしても施設契約できない
⑨ローンが残ったままの不動産を信託してしまった
⑩不動産所得の損益通算できな
⑪受託者が信託財産の管理ができなくなった
⑫想定してなかった税金がかかった
今回は、家族信託のもつ危険性や実際の裁判例も含めたトラブルの事例、トラブルを未然に防ぐ対策について解説します。
目次
- 1.家族信託とは?仕組みと特徴
- 2.家族信託をして後悔したトラブル事例12選
- ① 親の認知症が進んで信託契約ができなくなる
- ② 信託口口座を開設できなかった
- ③ 受託者が権限・負担が大きい
- ④ 家族・親族間の仲が悪くなる
- ⑤ 信託終了時に、遺留分侵害額請求を受けた
- ⑥ 他の親族に信託無効を主張された
- ⑦ 年金や農地を信託してしまう
- ⑧ 信託をしても施設契約できない
- ⑨ ローンが残ったままの不動産を信託してしまった
- ⑩ 不動産所得の損益通算できない
- ⑪ 受託者が信託財産の管理ができなくなった
- ⑫ 想定してなかった税金がかかった
- 3.家族信託のメリットとデメリット
- 4. 家族信託で注意すべき法律・税制ルール
- 5.家族信託で後悔しないためには
- 6.トラブル防止!家族信託よくある質問
- 7.動画解説|家族信託:7つのトラブル事例とは?
- 8.まとめ
1.家族信託とは?仕組みと特徴
家族信託とは、本人の財産の管理や処分などを親族や第三者といった信頼できる方に託す方法を指します。家族信託の最大の特徴は、委託者が信頼する人に財産の管理を委ねることにより、家族全体の利益を最優先に考えた財産運用が可能になる点です。
財産管理を託す人を委託者、財産を管理する人を受託者、その財産から利益を受ける人のことを受益者(父、その後、母にすることも可能)といいます。この当事者同士で「家族信託契約」を結ぶことで財産管理、そして資産承継が可能になります。契約行為なので、当事者に合わせて柔軟に設計することができるようになります。
2.家族信託をして後悔したトラブル事例12選
ここでは、実際に家族信託を行ったことで後悔した事例を12件紹介します。これらの事例を通じて、どのような問題が発生し得るのか、またその回避方法について学ぶことができます。
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① 親の認知症が進んで信託契約ができなくなる
信託契約を有効に結ぶためには、委託者が契約時に判断能力を有している必要があります。しかし、認知症が進行すると判断能力が低下し、法的に有効な契約が結べなくなることがあります。この状況を放置すると、親名義の預金口座や不動産などの財産管理の手段を失ったり、成年後見制度を利用せざるを得ない状況になり、財産管理や分配方法について親族間で意見が対立する可能性があります。
例えば・・・
ある家族は、親の財産を家族信託で管理しようと手続きを進めていたのですが、親の認知症が急速に進行。信託契約を結ぶ前に判断能力が失われ、結果、信託契約は無効とされ、親の財産を適切に管理する手段を失ってしまうケースは多くあります。
回避方法
- 親の判断能力がしっかりしているうちに家族全員で話し合いを行い、信託契約を締結
- 親の判断能力を証明するために、医師から診断書を取得しておく
- 信託契約は公正証書で作成し、契約時点で意思能力があったことを公証人に確認してもらう
- 弁護士や司法書士など家族信託に詳しい専門家に相談しアドバイスをもらう
② 信託口口座を開設できなかった
信託口口座を開設するには、①信託契約書を公正証書で作成すること、②公正証書化前に金融機関で信託契約書案の法務チェックを受けることが求められます。しかし、金融機関の要求する信託契約条項でない場合、口座開設はできません。
例えば・・・
信託契約書の作成が不十分だったために口座開設できなかったケースでは、専門家の説明義務違反が認められた判例があります(東京地裁令和3年9月17日)。
回避方法
信託口口座を確実につくるためには、要件を満たす信託契約書案を作成し、金融機関と公証役場に対し、同時進行で摺り合わせをしていく必要があります。また、各金融機関で取り扱いが異なるため、実績豊富な専門家に相談し、信託契約書を作成することをおすすめします。
家族トラブルを防ぐための”信託口口座”開設
信託口口座の開設は法律上義務付けられていませんが、信託財産が受託者の財産と混同するリスクを避けるために非常に重要です。信託口口座を利用せずに受託者の個人口座を流用する方法もありますが、そうすると受託者が管理する財産と自身の財産を明確に分けられず、委託者よりも先に受託者が死亡した場合などの口座管理トラブルの元になります。また、信託を活用した融資を受ける際にも必須です。
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③ 受託者が権限・負担が大きい
家族信託において、受託者には委託者の財産管理や運用、処分など多くの権限が与えられます。その一方で、信託目的に沿って適正な財産管理を行う義務も課せられます。このような制約があるとはいえ、受託者が契約に反して権限を乱用したり、負担が大きくなるリスクも存在します。
■ ケース1:権限集中による兄弟トラブル
父の不動産管理を長男が受託。説明不足から次男が「隠し財産がある」と主張し裁判化し、解決に5年を要した。
■ ケース2:負担過多による業務放棄
単身で信託財産(収益不動産3棟)を管理していた受託者が体調崩壊。後継受託者の設定がなく、急遽、成年後見制度を利用せざるを得ず、年間100万円の費用が発生。
回避方法❶:信託監督人・受益者代理人の設置
権限濫用や不正を防ぐため、家族信託では信託監督人と受益者代理人を設置する仕組みがあります。
信託監督人や受益者代理人は、専門家に依頼するだけでなく、兄弟やご家族が就任することも可能です。信託監督人は信託事務が適切に行われているかを監督し、受益者代理人は受益者が認知症になった場合でも受託者を監視する役割を担います。
これらの仕組みによってチェック機能が働き、意思決定に関与できるため、権限濫用や不正を防ぐ効果があります。専門家も基本的には設定を推奨しています。
回避方法❷:共同受託者の活用
受託者が一人で多くの責任を担うと、精神的・肉体的な負担が大きくなる可能性があります。この負担を軽減するために、複数人で業務を交代できる光景受託者を設定することが有効です。
④ 家族・親族間の仲が悪くなる
家族信託は、財産を円滑に管理・承継するための制度ですが、不適切な運用やコミュニケーション不足によって、家族・親族間に不信感が生じることがあります。特に、信託契約の内容や受託者の行動が原因で深刻な対立を引き起こし、家族関係が悪化するケースも少なくありません。
例えば・・・
ある家庭は父親が信託契約を結び、長男を受託者に指定。しかし、長男は家族に相談せず財産管理を独断で行い、他の兄弟に十分な説明をしませんでした。特に、財産の分配や運用方法について透明性が欠け、兄弟間での争いが激化。結果、家族関係が悪化し、裁判にまで発展したケースがあります。
回避方法
家族信託は、家族間の信頼関係を基盤とする制度です。そのため、関係者全員が信託の目的や運用方法を理解し、協力することが求められます。信託契約の透明性とコミュニケーションを重視することで、家族・親族間の仲が悪くなるリスクを低減し、信託の効果を最大限に引き出すことが可能です。
⑤ 信託終了時に、遺留分侵害額請求を受けた
遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人に保障される最低限の相続財産の取り分を指します。家族信託では、信託財産も他の相続財産と同様に扱われるため、信託終了時に遺留分侵害額請求を受けるリスクがあります。
特に、信託財産が遺留分を回避する目的で利用された場合、信託契約が無効とされる可能性もあります(平成30年9月12日東京地裁判決)。ただし、この判決は控訴され、東京高等裁判所で和解が成立したため、最高裁の判例は存在せず、明確な判断基準はありません。
例えば・・・
父親は、自身が所有する自宅と預貯金を長男に信託財産として委託。契約内容では、父親の死後に信託財産が長男に承継されるよう設定されていました。しかし、信託終了時、長男以外の相続人が「遺留分を侵害されている」と主張し、訴訟となったケース。
回避方法
このような状況を踏まえると、信託契約を結ぶ際には、他の相続人の遺留分を考慮することが重要です。対策として、遺留分を侵害しないように資産の承継先を設定し、遺留分対策として生命保険の活用を検討することが有効でしょう。また、家族信託を考える際に相続の部分まで話し合い、家族間で合意を取っておくことをおすすめします。
⑥ 他の親族に信託無効を主張された
家族信託は委託者と受託者間の契約ですが、民法第3条の2に基づき「委託者の判断能力」が契約有効性の絶対条件です。2025年現在、信託無効訴訟の多くが「委託者の意思能力不足」を争点となっております。
例えば・・・
認知症初期の父親が信託契約を締結後、長女が「契約時点で意思能力が不十分だった」と主張し訴訟を提起。裁判所は「診断書なし」「公正証書未使用」を理由に契約無効を認め、財産が法定相続分割されたケース。
回避方法
役割 | 効果 |
---|---|
医師診断書の取得 | 契約時の判断能力を立証 |
公正証書作成 | 公証人のチェックで証拠力強化 |
意思表明記録 | 本人の意向を動画/メモで残す |
家族全員合意 | 後日トラブルを予防 |
このように、契約締結時に判断能力があったことを示す客観的な資料を残しておくと、信託が無効になる可能性を大幅に低くできます。家族信託の有効性を持続させるためにも、これらの対策を講じておくことが効果的です。
⑦ 年金や農地を信託してしまう
家族信託契約では金銭、不動産、有価証券などを信託できますが、年金や農地など一部の財産はそのまま信託できません。法律上、第三者の承諾や許可が必要な場合があり、実務を知らずに契約すると管理できないケースがあります。
回避方法
⑧ 信託をしても施設契約できない
家族信託で受託者が管理できるのは「信託財産」のみです。委託者個人の財産や信託外の財産管理は含まれません。
また、受託者が「身上監護(監護が必要な人の生活全般に関する法的行動をサポート)」をすることは含まれておらず、医療施設やケアホームの入退所手続きがをすることができません。身上監護は、家族が行う場合には認められることもありますが、血縁が遠い親戚や知人の場合は認められない可能性があるので注意が必要です。
回避方法
これは、任意後見制度や成年後見制度の併用を考えることで対処することができます。成年後見人は被後見人の生活に関わる法的行為を代理できるため、日常生活の契約も取り扱えます。家族信託と併用することで、包括的なサポートが可能になります。
⑨ ローンが残ったままの不動産を信託してしまった
信託したい不動産にローンが残っている場合、その不動産には抵当権がついています。抵当権付き不動産を信託財産とすることは法律で規制されていませんが、金融機関とのトラブルに発展する可能性があります。
家族信託を行う場合、融資を受けた金融機関の承諾が必要です。特に信託口口座を作る銀行が他行であれば、尚更事前の承諾が必要となり、無断で所有権を移転すると、ローンの一括返済を要求される恐れがあります。
⑩ 不動産所得の損益通算できない
損益通算とは、赤字の所得を他の所得から差し引くことで課税対象の所得を抑える仕組みです。例えば、不動産所得が100万円の赤字で、給与所得が500万円の黒字である場合、課税対象は400万円になります。
しかし、信託財産からの不動産所得の赤字は損益通算ができません。家族信託を行うと、信託不動産による赤字所得はなかったものとみなされ、他の所得と相殺できないのです。このため、信託財産である不動産の大規模修繕工事による赤字分を他の所得(委託者の個人資産や別の信託契約)へ通算することができなくなります。
赤字申告をしたくない場合は、家族信託を行う前に大規模修繕を実施するか、赤字が見込まれる不動産を信託財産に入れない方法で対処できます。このように、家族信託を計画的に行うことで、不動産所得の損益通算ができないというトラブルを防ぎましょう。
⑪ 受託者が信託財産の管理ができなくなった
家族信託では、委託者の財産を子に相続させるだけでなく、子が亡くなった際に孫に財産を相続させることもできます。遺言書では一次相続しか指定できないため、二次相続を設定できる家族信託はメリットです。
しかし、受託者の管理期間が長期になると、突発的な事故や引っ越し、さらには受託者本人が認知症になったり亡くなったりすることで、財産管理を継続できなくなる可能性が高まります。もし、財産管理が難しい状態になると、信託財産は受託者名義のため、他の誰も手出しできず管理が滞るリスクとなります。
回避方法
認知症は、発症から亡くなるまで何年かかるかわかりません。そのため、受託者に万が一のことがあった場合に備え、後継受託者を定めたり、受託者を法人にすることで安定した長期管理が可能になります。また、受託者については30年ルールや1年ルールなどの縛りもあるため、長期の家族信託を設計する場合は専門家と相談しながら進めましょう。
⑫ 想定してなかった税金がかかった
家族信託では、信託契約の内容によって予期しない税金が発生することがあります。例えば、委託者と受益者が同一人物(自益信託)であれば、信託契約時に贈与税は発生しません。
しかし、委託者と受益者が異なる場合(他益信託)には、委託者から受益者に贈与があったものとみなされ、受益者に贈与税がかかります。
具体例として、受益者を父のみとし、信託契約の内容で母の生活費を支払う条項を設ければ、自益信託となり、贈与税の課税問題は発生しません。扶養義務の範囲での生活費支払いは贈与税の対象外です。
このように、家族信託では税務の理解が重要です。信託契約書の作成時に税金の発生条件を把握しないと、予期しないトラブルに見舞われる可能性があります。信託契約を結ぶ際には、家族信託に詳しい専門家と相談し、適切な税務対策を講じることが重要です。
専門家の費用が想定以上にかかってしまった
家族信託を専門家に依頼する場合、費用がかかるため、想定以上の費用が発生すると親族間でトラブルが起こる恐れがあります。家族信託は、トラブルを防ぐための信託契約の設計や長期にわたる財産管理が必要となるため、成年後見制度と比べて費用が高くなることが多いです。
家族信託の費用として次のものが挙げられます。
- 専門家に家族信託を依頼した場合…30~80万円
- 公正証書作成費用…10~15万円
- 公正証書作成手数料…3~10万円
- 登録免許税…不動産価格の0.4%
これらの費用を事前に把握し、家族間で十分に話し合っておくことが重要です。予算を超える費用が発生しないように、費用見積もりを専門家から取得し、納得のいく形で信託契約を進めることが、家族内のトラブルを避けるためのポイントです。
3.家族信託のメリットとデメリット
家族信託は認知症対策としては素晴らしくメリットの高い制度です。しかし、デメリットもあるため、後悔しない信託をするには以下の家族信託のメリット、デメリットの両面を知っておく必要があります。
家族信託のメリット
家族信託のメリットとして、下記が挙げられます。
- 親の認知症による財産凍結に備えることが可能
- 財産の管理や運用・処分について、成年後見制度よりも柔軟に対応可能
- 障がいのある子の財産管理や生活保護対策に利用可能
- 誰にどの財産を遺すのかを定められるので、スムーズな資産承継が可能
- 二次相続指定が可能など、委託者の希望通りの事業承継が可能
家族信託のデメリット
家族信託のデメリットとして、下記が挙げられます。
- 身上保護など、財産以外の管理ができない
- 信託できる財産に制限がある
- アパートなど収益がある信託財産については税務関係の手続きが発生する
- 収益不動産について損益通算ができない
- 初期費用が成年後見制度より高額になる
- 新しい制度のため、家族信託の経験がある専門家が少ない
なお、その他の家族信託のメリット・デメリットについては次の記事で詳しく解説していますので、確認してみてください。
“家族だけ”で親の口座を管理するには
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4. 家族信託で注意すべき法律・税制ルール
家族信託には多くのメリットがありますが、制度が比較的新しいため法的リスクや税務トラブルが発生しやすい側面もあります。ここでは、実際の判例や税務事例から学ぶ「危険回避のための知識」を具体的に解説します。
4-1. 信託できる財産・できない財産とは?
家族信託で扱える財産には明確なルールがあります。
4-2. 信託契約で発生する税金(贈与税・相続税など)
家族信託を進める際、税制上のリスクを理解せずに契約すると想定外の税負担が発生する可能性があります。
4-3.判例や法的トラブル事例
家族信託では遺留分や税制を巡るトラブルが頻発しています。実際の判例と対策を解説します。
ケース1:信託終了時の遺留分トラブル(東京地裁 平成30.9.12判決)
家族信託の受益権が遺留分侵害額請求の対象となるかどうかは、明確な最高裁判例がないためグレーゾーンとされています。
この判決では、信託財産そのものではなく、受益権が遺留分の対象になると判断されました。
- 遺留分潜脱目的の信託
経済的利益の分配がない部分は遺留分潜脱目的であり、公序良俗違反として無効とされました。例えば、自宅や山林などの不動産が対象です。 - 受益権が遺留分の対象
裁判所は、信託財産自体ではなく、その財産によって生じる受益権が遺留分の対象であると判断しました。信託契約による財産移転は形式的な所有権移転にすぎず、実質的な受益権が重要とされています。
この判決は控訴審で和解に至ったため最終的な司法判断は示されていませんが、信託契約後に遺留分請求がなされた場合の参考材料となるでしょう。家族信託を設計する際には、遺留分侵害のリスクを考慮し、専門家と相談しながら慎重に進めることが重要です。
ケース2:空き家特例適用除外問題
2022年12月20日に東京国税局の文書回答事例で、「信託終了後に帰属する不動産は相続空き家特例が適用されない」という内容が示されました。「相続空き家特例」は、空き家となった被相続人(亡くなった人)の住まいを相続または遺贈で取得した者が、その空き家を耐震リフォームまたは取り壊した後に売却した場合、譲渡所得から3,000万円を特別控除できる制度です。
そのため、この特例を利用したい場合は、信託終了前に本人が居住中に売却するか、他の特例(居住用不動産3000万円特別控除)を活用する必要があります。こうした税務リスクについても専門家と十分に相談しながら進めることが求められます。
国税庁HP:信託契約における残余財産の帰属権利者として取得した土地等の譲渡に係る租税特別措置法第35条第3項に規定する被相続人の居住用財産に係る譲渡所得の特別控除の特例の適用可否について
ケース3:相続人全員の実印要求問題
家族信託は基本的に委託者と受託者の契約です。そのため、契約上の観点から見れば、受託者のみの印鑑で手続きを進めることができるという解釈もあります。しかし、信託終了後の信託財産は相続財産でもあるため、一部の法務局では受益者の相続人全員の実印と印鑑証明書を求めるケースもありました。
信託終了後の不動産所有権は受託者(帰属権利者)が取得しているにもかかわらず、登記手続きにおいて、相続人の中に反対意見がある、行方不明者がいる、判断能力がない者がいる場合には手続きが進まず、裁判手続きが必要になる問題が発生する恐れがありました。
しかし、2024年1月10日に法務省から発出された文書により、受託者のみで単独申請できることが明確化されました。ただし、この手続きを進めるには信託契約書や終了事由証明書など必要書類を整える必要があります。また、登記実務に詳しい司法書士への相談も欠かせません。(法務省民二第17号文書)
5.家族信託で後悔しないためには
家族信託は財産管理や相続対策に有効な手段ですが、後悔しないためにはいくつかのポイントを押さえておくことが重要です。
5-1.親が元気なうちから話し合う
家族信託の準備は、親が元気なうちに始めることが大切です。親の意思を尊重し、将来の財産管理や相続について話し合うことで、信託契約がスムーズに進みます。親が健康なうちに信託契約を結ぶことで、将来的なトラブルを防ぐことができます。
認知症の診断があっても、進行が軽度で判断能力が十分にある場合、家族信託を契約できる可能性があります。しかし、後に家族信託の有効性を巡ってトラブルになる恐れもあります。こうした場合には、成年後見制度を利用した方が良いケースも考えられますので、専門家と相談することが重要です。
5-2.親族全員で家族会議をする
家族信託は親族全員の理解と協力が必要です。開始前は、特に受託者の選定や権限を何にするか、どうやって財産管理していくかなど意見を出し合い、最良の方法を見つける時間をとりましょう。
家族間で情報共有が不十分だと、受託者の行動に不安を抱いたり、不公平感を感じたりすることがあります。信託財産が適切に管理されていても、誤解や不信感が生じることもあります。そこで、委託者と受託者が信託契約を結ぶ前に、親族全員が家族信託の仕組みを理解し、信託契約の内容について話し合うことが重要なのです。
これにより、全員が納得し、信託契約後のトラブルを防ぐことができます。
5-3.ほかの生前対策も検討する
認知症など判断能力の低下に備えて、親族に財産を承継する方法は家族信託だけではありません。成年後見制度もまた、判断能力の低下に備えて財産管理や身上保護を第三者に任せる制度です。財産の承継のみが目的であれば遺言書、財産管理だけを任せるのであれば、任意後見制度も有効な手段の一つです。
親族間で財産管理方法について意見がまとまらない場合は、家庭裁判所の監督を受け、中立な専門家に管理してもらう成年後見制度も有効な管理方法です。柔軟な財産管理は難しくなりますが、公正で安心できる管理が期待できます。
どのような財産を保有しているのか、および相続人の状況を整理し、何を優先させるべきかを考えてみましょう。例えば、初期費用を抑えたい場合や身上保護を第三者に依頼したい場合には、成年後見制度を利用する方が適しているでしょう。
5-4.専門家に相談しながら契約書を作成する
家族信託の契約書を作成する際には、専門家に相談することをお勧めします。信託契約には相続や税務などの専門知識が必要であり、信託に詳しい弁護士や司法書士、税理士に依頼することで、適切な内容の契約書を作成できます。
特に、失敗やトラブルが発生しやすいのは、自分で信託契約書を作成した場合や、実務経験の少ない専門家に依頼した場合です。家族信託を問題なく進めるためには、信託法や相続税法、金融機関の取り扱いなど、多岐にわたる知識が求められます。
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6.トラブル防止!家族信託よくある質問
家族信託についての疑問や不安を解消するために、よくある質問とその回答をまとめました。これらを参考にして、家族信託の準備や実行に役立ててください。
6-1.家族信託は自分でやっても大丈夫?
家族信託を自分で行うことは可能ですが、オススメはしません。信託契約書を作成するには法律や税務の専門知識が必要であり、不備があると後にトラブルになる可能性があります。
家族信託の手続きには、必要資料の収集、契約書の作成、公証役場での公正証書化など、煩雑な手続きを自分で行わなければならず、非常に時間がかかります。また、作成した契約書をもとに銀行で信託口口座を開設しようとしても、銀行に断られることもあります。
家族信託契約書を作成する段階から専門家に相談し、入念に準備を進めることが重要です。専門家のサポートを受けることで、正確で適切な信託契約を作成し、親族間のトラブルを防ぐことができます。専門家と並走しながら家族信託を進めることをおすすめします。
6-2.財産凍結を回避する方法は信託以外ないんですか?
信託以外にも財産凍結を回避する方法はいくつかあります。例えば、任意後見制度や遺言書の作成があります。
任意後見制度では、判断能力が低下する前に信頼できる人に財産管理を任せることができます。遺言書は、亡くなった後の財産分配を明確にするための方法です。これらの方法を組み合わせて、最適な対策を講じることが重要です。
6-3.家族信託は途中でやめられますか?
家族信託は原則として途中で解除することができます。ただし、信託契約の内容や状況によっては、解除に条件がある場合があります。信託契約書に解除の条件や手続きを明記しておくことで、トラブルを避けることができます。
信託を解除する際には、専門家の助言を受けることをおすすめします。
7.動画解説|家族信託:7つのトラブル事例とは?
8.まとめ
今回は、家族信託に伴うトラブルや対策法について解説しました。内容をまとめてみましょう。
- 家族信託には権限集中や長期にわたる信託になった場合のリスクがあり、手続きをする前に知っておく必要がある
- 家族信託は法律や判例で決まっていないグレーゾーンがあるため、憂慮がある場合はリスクを含めての検討が必要
- リスクを避けるには、家族との話し合いや他の制度も活用することで対処可能
- 家族信託は委託者が認知症になると契約自体も変更できないため、契約後も早めの対応が必要
家族信託は新しく誕生した制度であるため、精通した専門家も多くありません。また、家族信託の利用には、会計や税務、相続の知識が必要となってきますので、家族信託に詳しい専門家に一度相談してみると良いでしょう。