高齢社会に突入している我が国には、認知症で判断能力が衰えてしまった高齢者など、手助けが必要な人に対して各種援助の仕組みが整備されています。法的な側面からの支援制度には従来から「成年後見制度」がありましたが、平成12年にもう一つの支援の仕組みである「任意後見制度」に関して、関連法が施行されています。
任意後見制度は成年後見制度には無いメリットがありますから、仕組みを理解して上手に利用したいものです。
今回の記事では任意後見制度について、制度の概要や成年後見制度との違い、親族が後見人になる場合の手続きや費用などについて解説していきますので、ぜひ参考にしてください。
今回の記事のポイントは下記の通りです。
- 任意後見の事務は「契約」によって取り決める
- 本人の判断能力がしっかりしている段階で契約しなければならない
- 任意後見契約書は公正証書で作成しなければならない
- 実際に効力を発動させるためには家庭裁判所に申立てが必要
- 任意後見人は親族でもなることができ、報酬の取り決めは任意である
- 任意後見人とは別に、家庭裁判所で任意後見監督人が選任され、その報酬が必要となる
目次
1.任意後見制度とは?
任意後見制度は、自身の判断能力が将来低下した時に備えて、信頼できる人に支援を頼めるように、事前に契約して約束しておくことができる制度です。
例えば、高齢期に差し掛かった人が信頼できる人と契約して、「私の判断能力が落ちたら、必要な手助けをして欲しい」という約束をしておき、実際に必要な時期が来たら支援を受けられるようにしておきます。
任意後見契約を締結しておけば、法律上代理人として老人ホームへの入所手続きにかかる契約などの法律行為を委任することができます。しかし、財産管理行為については、積極的に運用などを行うことができないので、別途家族信託契約などを作成して、個別に必要な権限を付与することになります。
認知症・財産管理対策として注目されている「家族信託」と「成年後見制度」との違いを知りたい場合は、別の記事にまとめていますので、下記を参照してください。
2.法定後見制度との違いは?
従来からある法定後見制度は、要支援者に対する「保護措置」として機能するように制度化されました。
一方、任意後見制度は行政による「措置」ではありません。委任者が自身の自由意思に基づいて、「契約」によって必要な支援策の準備を行うのが任意後見制度の根幹です。
受任者にどのような仕事をしてもらうのかを本人で考え、その内容を契約として受任者に委任します。本人が決めたことを頼む制度のため、本人の自己決定権が最大限に尊重された上で必要な支援を得ることができ、自由度が高いのが特徴です。
また、法定後見制度は支援を必要とする本人の判断能力が低下した「後」に利用しますが、任意後見契約は本人が有効な法律行為(契約など)ができる状態で締結しなければならないため、判断能力が低下する「前」に契約を結ばなければなりません。
ほかにも下記のような違いがあります。
3.任意後見制度のメリットとデメリット
では、ここで任意後見制度のメリットとデメリットについて見ていきましょう。
3-1.任意後見制度のメリット
本人の希望を具体的に反映できる
任意後見制度は、任意後見契約の中で具体的に何を任意後見人に依頼したいのかを定めることができます。
具体的には、任意後見契約の中の代理権目録に依頼したいことを記載します。代理権目録とは支援内容を一覧にしたものです。
例えば、預金口座の管理、解約など金融資産や不動産の売却などの財産管理をはじめ、施設入居、医療契約や親から子や孫への生活費としての贈与など代理権目録に本人の希望を記載しておくことにより、本人が認知症になったあとも継続して任意後見人が本人の代わりに手続きを行うことができます。
また、例えば本人が複数の不動産(A・B)を所有していた場合に、不動産Aは後見人が処分できるが、不動産Bについては後見人が勝手に処分できないようにする、といった内容を盛り込むことも可能です。
このように任意後見契約では、支援してもらいたい内容を自由にカスタマイズすることが可能です。
後見人を事前に自分で選ぶことができる
任意後見制度は、要支援者(本人)が元気なうちに、自分にとって信頼できる人を後見人として選ぶことができます。
この点が法定後見制度と異なる大きなポイントの一つです。任意後見制度では後見人を誰にするかという希望が叶います。
法定後見制度では、家族に成年後見人になってもらいたいという希望を出しても、その希望が必ず叶うとは限りません。家庭裁判所が本人の財産状況等を判断して成年後見人を決定するからです。そのため、本人とあまり関わりのない弁護士や司法書士が選ばれることも大いにあります。
この成年後見人は、本人の財産について幅広い代理権があります。成年後見人は基本、家族の許可ではなく、家庭裁判所の許可に基づいて本人の財産を管理するようになります。見ず知らずの成年後見人が家族に相談なく財産管理を進めていくことを想像すると、抵抗がある方もいらっしゃると思います。
これに対して任意後見制度では、本人が自ら選んだ任意後見人と公正証書を用いて任意後見契約を交わします。家庭裁判所はこの選ばれた任意後見人を変更する指示を出すことは基本できません。
このように本人が希望する支援を契約に盛り込み、本人が本当にお願いしたい人を任意後見人に設定できます。
任意後見制度は、法定後見制度よりもはるかに融通を利かせた運用が可能である、という点がメリットだと言えるでしょう。
3-2.任意後見制度のデメリット
後見人に死後の事務処理や財産管理を依頼することができない
任意後見契約は、本人(要支援者)の死亡と同時に契約が終了します。そのため、本人が亡くなった後の葬儀や役所への届出等の事務、残った財産の管理を後見人にお願いすることができません。
また、本人の死亡後に本人のために管理していた財産を法定相続人に引き渡す必要があり、遺言がない場合には、相続人の遺産分割協議により誰が何を相続するのかを決める必要があります。
このような死後の事務や相続手続きををあらかじめお願いしておくには、任意後見契約とは別に「死後事務委任契約」や「遺言」を作成する必要があります。
任意後見契約だけでは死後の手続きを賄えず、ほかの手段を用意しなければならない点はデメリットと言えるでしょう。
4.親族が任意後見人になれる?
委任者となる本人を支援する立場になる任意後見人は、特に資格などが必要なわけではありません。弁護士など有資格者もなれますが、身近な親族が任意後見人となるケースが比較的多いようです。
ただし、以下に該当する者は任意後見人となることができません。
・未成年者
・破産者で復権していない者
・裁判所から法定代理人などを解任された者
・本人に対して訴訟を起こした者やその配偶者及び直系血族
・行方不明者
親族が任意後見人になった場合でも、その他の者がなった場合でも、権限については同じで代理権目録に記載された事項について代理権を有することになります。
そのため、事前にどんな仕事を任意後見人に頼むのか、という代理権の範囲をきちんと決めておくことが重要です。
成年後見制度でも親族を成年後見人つする運用も状況に応じて認められますが、実際にどの程度まで親族のみで本人の財産を管理することできるかについては、下記の記事に詳しく解説していますので、参考にしてみてください!
5.任意後見人の仕事内容
それでは、任意後見人となった人がどんな後見事務を行うことになるのか見ていきます。
任意後見人が行う事務は、大きく分けて財産管理に関する法律行為と本人の身上監護に関する法律行為の二つです。それぞれの具体的な事務は個別事案で異なってきますが、ここでは一例を挙げてみましょう。
5-1.財産管理に関する法律行為
まず財産管理に関する法律行為とは、例えば銀行口座の預貯金についての管理、不動産の売却など財産の処分、その他お金が絡む契約行為などがあります。本人の判断能力が衰え、任意後見人が実際に、これら財産に関する法律行為を行うにあたっては、最初に本人の財産を調査して財産目録を作成しておきます。
任意後見が開始される時には、家庭裁判所によって任意後見監督人が選任され、任意後見人を監督することになるので、任意後見人は財産の管理状況などを報告することになります。
5-2.本人の身上監護に関する法律行為
本人の身上監護に関する法律行為は、例えば老人ホームへの入居契約や、医療を受ける際の医療契約の締結、要介護認定の申請などの行為があります。こちらの事務についても任意後見監督人の求めに応じて報告を要するので、契約書などを作成した時には証拠としてコピーを取っておくようにします。
基本的には、任意後見監督人が任意後見人を監督する形で、不正行為が発生しないように牽制されます。
なお、弊社司法書士・行政書士事務所リーガルエステートでは、ご家族ごとにどのような形で任意後見を設計し、活用すればいいのか、無料相談をさせていただいております。任意後見契約書の作成、その後の運用の相談などトータルでサポートさせていただきますので、お気軽にお問合せください。
6.任意後見人制度の利用にかかる費用
実際に任意後見制度を利用したいと思った時に、気がかりの一つは費用のことでしょう。事前にどのくらいの費用がかかるかをあらかじめ確認しておけば、安心して手続きを進めることができると思います。
ここからは、任意後見制度を利用するにあたって、かかってくるであろう費用を大きく3つに分けて見ていきます。
6-1.①公正証書の作成手数料
まず、任意後見人を定める任意後見契約を結ぶ際には、必ず公証役場での公正証書によって契約を結ぶ必要があります。この公正証書を作成する際には手数料がかかってきます。
手数料は下記の通りです。
- 公証役場の手数料:11,000円
- 法務局に納める印紙代:2,600円
- 法務局への登記嘱託料:1,400円
- 書留郵便料:540円
- 正本謄本の作成手数料:1枚250円
- 専門家への支払報酬:10万円前後(手続きを弁護士や司法書士に依頼する場合)
専門家には依頼せずに自分で手続きをする場合は約2万円の費用が必要です。
一方、弁護士や司法書士に手続きを依頼する場合は、10万円前後の費用がかかることが多いようです。
6-2.②任意後見監督人選任の申し立て費用
任意後見契約締結後、判断能力が低下して実際に任意後見を開始する場合、本人や配偶者、任意後見人になる人などが任意後見監督人の選任申立てを行います。
この手続きの際、以下の費用が必要になります。
- 申立手数料:800円
- 後見登記手数料:1,400円
- 郵便切手代:3,000~5,000円程度
- 診断書の作成料:数千円程度
- 本人の戸籍謄本、住民票または戸籍附票の発行費用:1通につき数百円程度
また、裁判所が必要と判断した場合には鑑定を行うための費用(5~10万円程度)が発生するので、その金額も見込んでおくとより安心でしょう。
公正証書の作成手数料や、任意後見監督人選任の申し立て費用について、詳しくはこちらの記事でも解説しているのでチェックしてみてください。
5-3.③任意後見人、任意後見監督人への報酬
任意後見監督人選任の申し立てが終わり、後見業務が開始したら任意後見人、任意後見監督人への報酬の支払いが必要になってきます。
任意後見人に対する報酬は、任意後見契約を結ぶ段階で、報酬を支払うのか、支払うのであれば報酬額をいくらにするのかを決めます。報酬を無しにすることもできますし、一定の対価を支払うこともできます。
要は相手方が納得すれば、無償でも有償でも良いということです。親族が任意後見人となる場合は無償とすることも多いですが、親族以外の資格者などを受任者とする場合はそれなりの報酬を与えなければ受任してくれないでしょう。
一方で、任意後見人を監督する任意後見監督人(家庭裁判所が司法書士、弁護士など資格者を任意後見監督人として選任します)に対する報酬については、家庭裁判所が諸事情を考慮して決定することになりますので、任意後見人の報酬は無償と契約で定めたとしても、任意後見監督人の報酬は発生するので注意が必要です。
東京・横浜家庭裁判所での2019年8月時点での取り扱いでは、任意後見制度の場合の報酬は下記のようになっております。目安としてご覧ください。
報 酬 | |||
条 件 | 報酬月額(税込) | ||
基本報酬 | 管理財産額(預貯金及び有価証券等の流動資産の合計) | 5千万円以下 | 1万1千円~2万2千円 |
5千万円超 | 2万7千500円~3万3千円 |
参考:東京家庭裁判所後見センター 「申立てにかかる費用(成年後見・保佐・補助)
7.任意後見人制度の利用にかかる費用
これまで説明した任意後見契約ですが、任意後見契約には、3つの利用の仕方があります。
この3種類の方法から、本人の生活や健康の状態に応じて選ぶことをおすすめします。
7-1.「即効型」
任意後見契約締結後、すぐに家庭裁判所に任意後見監督人の申し立てを行うというものです。契約時に認知症などで判断能力が衰えが見え始め、いますぐにでも任意後見を開始したいという場合に有効です。
但し、任意後見契約の内容を理解して契約を締結するだけの判断能力が必要であり、契約締結時に判断能力が不十分であると、場合によってはその契約自体が無効になってしまう可能性があることに注意が必要です。
7-2.「移行型」
任意後見契約の締結と同時に、生活支援や財産管理などについての委任契約を締結するというものです。本人が元気なうちに両方の契約を締結し、任意後見契約の任意後見人と委任契約における任意代理人は、同一人物にします。
任意代理人は、初めのうちは委任契約に基づいて見守りや財産管理などを行います。本人の判断能力の低下後に徐々に任意後見に移行していくようにします。
本人への支援が途切れることなく、任意後見の良さを活かせるため使い勝手が良い手段と言えるでしょう。
7-3.「将来型」
上記のような委任契約は結ばずに、任意後見契約だけを締結して、判断能力が低下してから任意後見人の支援を受けるという方法です。
そのため、任意後見監督人が選任されて任意後見契約の効力が発生するまでは、本人が財産管理等を全て行います。
本人の判断能力の低下に気が付かないと、利用すべき時に任意後見契約を利用できないので、本人と常日頃連絡を取り、判断能力が低下してきていないか、様子に変わりがないかを気にかける必要があります。
8.任意後見人に取消権はある?
一つ注意が必要なのが、任意後見契約で受任者となる者には、本人の行為について取消権は与えられないということです。例えば、営業マンの口車に乗せられて、判断能力が落ちた高齢者が不要な布団や壺などを買わされてしまったような場合、成年後見制度における成年後見人であればこれを取り消すことができます。
一方、任意後見においては本人の自主性を尊重するという前提があるので、成年後見人のように取消権を行使して購入した商品等の売買契約を取り消すことはできません。
ただし、任意後見契約締結の際に作成する代理権目録の中に取消権行使の記載があれば、民法上の詐欺や脅迫による取り消し、クーリングオフ制度による取り消し、消費者契約法違反に基づく取り消しなどは受任者も主張可能と解されています。
このような詐欺商法に騙される可能性が相当高く、本人の判断能力の低下が顕著になってきた場合は、任意後見よりも本人の保護機能が強い成年後見制度への切り替えが求められます。
9.任意後見制度を利用するための手続き方法
任意後見契約は委任者となる本人が、自身の判断能力が低下する前に、受任者となる者との間で締結しなければなりません。将来、判断能力が落ちた時にどのような手助けをしてもらいたいのかを考え、これを受任者が適切に実行できるように代理権を付与する形で、契約書のひな型を作成します。
任意後見契約は公正証書の形で作成することが義務づけられているので、契約書の文案が整ったら公証役場に相談して公正証書化します。任意後見契約は公証人の嘱託によって東京法務局に対して登記がなされますが、この段階ではまだ任意後見契約の効力は発生していない状態です。
将来、本人の判断能力が低下した時に、任意後見人となる人や本人の親族などが本人の了解を得て、家庭裁判所に申し立てを行います。問題が無ければ、家庭裁判所は任意後見監督人を別途選任して、任意後見契約の効力が発動し、任意後見人は契約に従って委任事務をこなしていくことになります。
10.任意後見制度の利用にあたって
契約書の作成自体は公証人が関与しますが、委任者本人が何を望み、また具体的にどんな支援が必要になるのかなど個別具体的な事情を考慮してもらいながらの相談は難しいのが実情です。そこで、任意後見制度の利用にあたっては契約書の作成前から法律の専門家と相談して進めることが多くなります。
任意後見制度だけでなく、家族信託や生前贈与など相続問題全体に明るい弁護士や司法書士などの専門家であれば、各家庭の事情を考慮して上手に制度を利用することができるので、専門家と相談の上で進めるのが無難です。
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まとめ
今回の記事では任意後見制度についての大枠を捉え、制度の概要や任意後人となれる人、注意点や手続き方法などを見てきました。以下で任意後見制度のポイントを押さえましょう。
- 任意後見の事務は「契約」によって取り決める
- 本人の判断能力がしっかりしている段階で契約しなければならない
- 任意後見契約書は公正証書で作成しなければならない
- 実際に効力を発動させるためには家庭裁判所に申立てが必要
- 任意後見人は親族でもなることができ、報酬の取り決めは任意である
- 任意後見人とは別に、家庭裁判所で任意後見監督人が選任され、その報酬が必要となる
実際に任意後見制度を利用するには、本人が望む支援を適切に受けることができるように、不備の無い契約としなければなりません。その作成実務は遺言書の作成等よりもはるかに難しく、素人の方が自分達だけで進めてしまうと必要な行為について代理権がなく手続きができないなど、思わぬ不備が生じることもあります。
任意後見監督人が選任されることから、監督人に対する報告などが必要なため、家族のみの柔軟な財産管理はできません。そのため、家族信託・民事信託などの検討もする必要があります。任意後見制度を活用するのか、家族信託・民事信託の制度を利用するのか、法律の専門家と相談しながら進めてみてください。