高齢社会に突入している我が国には、認知症で判断能力が衰えてしまった高齢者など、手助けが必要な人に対して各種援助の仕組みが整備されています。法的な側面からの支援制度には従来から「成年後見制度」がありましたが、平成12年にもう一つの支援の仕組みである「任意後見制度」に関して、関連法が施行されています。
任意後見制度は成年後見制度には無いメリットがありますから、仕組みを理解して上手に利用したいものです。
今回の記事では任意後見制度について、制度の概要や成年後見制度との違い、任意後見制度の手続き、費用や必要書類などについて解説していきますので、ぜひ参考にしてください。
今回の記事のポイントは下記の通りです。
- 任意後見の事務は「契約」によって取り決める
- 本人の判断能力がしっかりしている段階で契約しなければならない
- 任意後見契約書は公正証書で作成しなければならない
- 実際に効力を発動させるためには家庭裁判所に申立てが必要
- 任意後見人は親族でもなることができ、報酬の取り決めは任意である
- 任意後見人とは別に、家庭裁判所で任意後見監督人が選任され、その報酬が必要となる
- 任意後見制度のほかに、家族だけで管理ができる家族信託という制度もある
目次
1.任意後見制度とは?
任意後見制度は、自身の判断能力が将来低下した時に備えて、任意後見人(信頼できる人)に支援を頼み、事前に契約して自分の財産管理する内容を決めておくことができる制度です。
例えば、高齢期に差し掛かった人が任意後見人(信頼できる人)と契約して、「私の判断能力が落ちたら、必要な手助けをして欲しい」という約束をしておき、実際に必要な時期が来たら支援を受けられるようにしておきます。
任意後見契約を締結しておけば、本人の財産管理ができるほか、法律上代理人として老人ホームへの入所手続きにかかる契約などの法律行為を委任することができます。しかし、財産管理行為については、積極的な管理や運用などを行うことができないので、別途家族信託契約などを作成して、個別に必要な権限を付与することになります。
1-1.任意後見制度と法定後見制度との違いは?
成年後見制度は、高齢化社会や認知症の増加に伴い、注目を集めている制度の一つです。
この制度には大きく分けて「任意後見制度」と「法定後見制度」が存在します。しかし、これらの制度は何が違い、どのように選ぶべきなのでしょうか。この項では、それぞれの制度の特性を理解し、適切な選択ができるように解説します。
成年後見制度には、任意後見制度と法定後見制度がある
成年後見制度は、成年者が何らかの理由で判断能力が低下した場合に、その人の権利や利益を守るために設けられた制度です。この制度には、主に「任意後見制度」と「法定後見制度」という二つの種類が存在します。
任意後見制度は、あらかじめ本人の判断能力があるうちに、自らの意思で任意後見人を選び、何をしてもらうかを契約によって定めることができる制度に対し、一方、法定後見制度は、本人の判断能力が既に低下している状況で、家庭裁判所が成年後見人を選任します。
任意後見制度と法定後見制度の違い
任意後見制度と法定後見制度は、いくつかの重要な点で異なります。
一つ目は「後見人の選任時期」です。任意後見制度では、本人がまだ判断能力があるときに契約を結ぶ必要があります。対照的に、法定後見制度は、判断能力が低下した「後」に家庭裁判所に申し立てをして成年後見人を選任します。
二つ目は「後見人の選任」です。任意後見制度では本人が自ら任意後見人を選び、その権限範囲も自分で設定できます。そして、本人の判断能力が亡くなった後に、任意後見監督人の選任を家庭裁判所に申立し、選任後に任意後見人の財産管理がスタートします。
しかし、法定後見では、家庭裁判所が成年後見人を選び、その権限も民法という法律で定められており、選任と同時に成年後見人の財産管理がスタートします。
三つ目は「自由度と柔軟性」です。任意後見制度では、本人の自由意志が最大限に尊重され、任意後見人にどのような仕事を依頼するかも自由です。法定後見制度では、その範囲は家庭裁判所によって制限される場合が多いです。
以上のように、任意後見制度と法定後見制度は、用途や手続き、自由度などで大きく異なります。どちらの制度が自分に適しているかは、個々の状況とニーズによって異なるため、慎重に選ぶ必要があります。
1-2.任意後見制度での財産管理方法は3つある
任意後見制度には、3つの利用方法があります。
- 即効型
- 移行型
- 将来型
この3種類の方法から、本人の生活や健康の状態に応じて選んでいきます。
即効型
任意後見契約締結後、すぐに家庭裁判所に任意後見監督人の申し立てを行うというものです。契約時に認知症などで判断能力の衰えが見え始め、いますぐにでも任意後見を開始したいという場合に有効です。
但し、任意後見契約の内容を理解して契約を締結するだけの判断能力が必要であり、契約締結時に判断能力が不十分であると、場合によってはその契約自体が無効になってしまう可能性があることに注意が必要です。
移行型
「移行型」は任意後見制度利用でよく用いられる方法です。この移行型は、元気な状態で本人が任意後見契約を結びながら、同時に財産管理委任契約や見守り契約なども締結する手法です。
移行型任意後見制度では、本人の判断能力がまだしっかりしている段階で、任意後見契約と財産管理委任契約を同時に結びます。この際、任意後見人と財産管理の任意代理人は同一の人物に設定するケースが多いです。
本人の判断能力があるうちは、任意後見契約を発効させず、任意代理人が財産管理や見守りなどの活動を行います。しかし、本人の判断能力が低下した場合は、この任意代理人が任意後見人としての役割に徐々に移行します。
移行型の最大のメリットは、本人の状態に応じて柔軟に対応できる点です。判断能力が低下する前と後で、財産管理契約と任意後見契約という異なる契約が適用されるため、支援の途切れがなく、スムーズな運用が可能です。
しかし、移行型任意後見制度にも注意が必要な点があります。特に、任意代理人が、本人が判断能力を喪失した後も任意後見監督人の選任をせずに、誰にも監督を受けず任意代理人として財産管理を継続しつづけてしまうリスクが考えられます。このリスクを軽減するためには、委任契約に「任意監督人の選任請求義務」を明記する方法があります。さらに、受任者を監督する人を設置する、あるいは複数の受任者を設定するなどの対策も効果的です。
将来型
上記のような委任契約は結ばずに、任意後見契約だけを締結して、判断能力が低下してから任意後見人の支援を受けるという方法です。
そのため、任意後見監督人が選任されて任意後見契約の効力が発生するまでは、本人が財産管理等を全て行います。
本人の判断能力の低下に気が付かないと、利用すべき時に任意後見契約を利用できないので、本人と常日頃連絡を取り、判断能力が低下してきていないか、様子に変わりがないかを気にかける必要があります。
そのため別途、任意後見人受任者が定期的に本人の状況を確認する「見守り契約」を結び、適切な時期に任意後見監督人を選任できる仕組みを作ることをおすすめします。
2.任意後見制度のメリットとデメリット
では、ここで任意後見制度のメリットとデメリットについて見ていきましょう。
2-1.任意後見制度のメリット
任意後見制度のメリットとしては、下記があります。
本人の希望を具体的に反映できる
任意後見制度は、任意後見契約の中で具体的に何を任意後見人に依頼したいのかを定めることができます。
具体的には、任意後見契約の中の代理権目録に依頼したいことを記載します。代理権目録とは支援内容を一覧にしたものです。
例えば、預金口座の管理、解約など金融資産や不動産の売却などの財産管理をはじめ、施設入居、医療契約や親から子や孫への生活費としての贈与など代理権目録に本人の希望を記載しておくことにより、本人が認知症になったあとも継続して任意後見人が本人の代わりに手続きを行うことができます。
また、例えば本人が複数の不動産(A・B)を所有していた場合に、不動産Aは後見人が処分できるが、不動産Bについては後見人が勝手に処分できないようにする、といった内容を盛り込むことも可能です。
このように任意後見契約では、支援してもらいたい内容を自由にカスタマイズすることが可能です。
後見人を事前に自分で選ぶことができる
任意後見制度は、要支援者(本人)が元気なうちに、自分にとって信頼できる人を後見人として選ぶことができます。
この点が法定後見制度と異なる大きなポイントの一つです。任意後見制度では後見人を誰にするかという希望が叶います。
法定後見制度では、家族に成年後見人になってもらいたいという希望を出しても、その希望が必ず叶うとは限りません。家庭裁判所が本人の財産状況等を判断して成年後見人を決定するからです。そのため、本人とあまり関わりのない弁護士や司法書士が選ばれることも大いにあります。
この成年後見人は、本人の財産について幅広い代理権があります。成年後見人は基本、家族の許可ではなく、家庭裁判所の許可に基づいて本人の財産を管理するようになります。見ず知らずの成年後見人が家族に相談なく財産管理を進めていくことを想像すると、抵抗がある方もいらっしゃると思います。
これに対して任意後見制度では、本人が自ら選んだ任意後見人と公正証書を用いて任意後見契約を交わします。家庭裁判所はこの選ばれた任意後見人を変更する指示を出すことは基本できません。
このように本人が希望する支援を契約に盛り込み、本人が本当にお願いしたい人を任意後見人に設定できます。
任意後見制度は、法定後見制度よりもはるかに融通を利かせた運用が可能である、という点がメリットだと言えるでしょう。
任意後見人の報酬を自由に決められる
任意後見人を引き受けるということは、業務の負担を負うことになります。そこで、その対価として報酬が支払われるケースもあります。
任意後見人の報酬は、成年後見人とは違い、契約によって自由に設定することができます。これは、任意後見契約に報酬に関する条項を含めることで実現されます。この報酬の額や支払方法、支払時期などは、本人と任意後見受任者の間で合意できれば自由に定めることができるのです。
特に契約で報酬についての約束をしていない場合、任意後見人は無報酬とされます。したがって、報酬を支払う予定の場合は、その詳細を公正証書に明記しておく必要があります。
2-2.任意後見制度のデメリット
任意後見制度のデメリットとしては、下記があります。
任意後見監督人の選任と報酬が必ず必要となる
任意後見を開始する時点において、任意後見監督人は任意後見人が行う業務を監督するために必ず選任されます。この役割には、任意後見契約が適切に履行されているかをチェックする責任があります。
通常、任意後見監督人としては、専門的な知識や経験が求められるため、弁護士、司法書士、社会福祉士、あるいは関連法人が選任されるケースが多いです。そのため、任意後見監督人にも報酬が発生します。この費用は、本人の財産から支払われるため、経済的な負担が発生します。
任意後見監督人の報酬の相場は、管理対象となる財産の額によっても異なります。具体的には以下のようになります。
- 管理財産が5000万円以下の場合:月額5,000円~20,000円
- 管理財産が5000万円超の場合 :月額25,000円~30,000円
任意後見人には取消権がない
注意が必要なのが、任意後見契約で受任者となる者には、本人の行為について取消権は与えられないということです。例えば、営業マンの口車に乗せられて、判断能力が落ちた高齢者が不要な布団や壺などを買わされてしまったような場合、成年後見制度における成年後見人であればこれを取り消すことができます。
一方、任意後見においては本人の自主性を尊重するという前提があるので、成年後見人のように取消権を行使して購入した商品等の売買契約を取り消すことはできません。
ただし、任意後見契約締結の際に作成する代理権目録の中に取消権行使の記載があれば、民法上の詐欺や脅迫による取り消し、クーリングオフ制度による取り消し、消費者契約法違反に基づく取り消しなどは受任者も主張可能と解されています。
このような詐欺商法に騙される可能性が相当高く、本人の判断能力の低下が顕著になってきた場合は、任意後見よりも本人の保護機能が強い成年後見制度への切り替えが求められます。
任意後見人に死後の事務処理や財産管理を依頼することができない
任意後見契約は、本人(要支援者)の死亡と同時に契約が終了します。そのため、本人が亡くなった後の葬儀や役所への届出等の事務、残った財産の管理を後見人にお願いすることができません。
また、本人の死亡後に本人のために管理していた財産を法定相続人に引き渡す必要があり、遺言がない場合には、相続人の遺産分割協議により誰が何を相続するのかを決める必要があります。
このような死後の事務や相続手続きををあらかじめお願いしておくには、任意後見契約とは別に「死後事務委任契約」や「遺言」を作成する必要があります。
任意後見契約だけでは死後の手続きを賄えず、ほかの手段を用意しなければならない点はデメリットと言えるでしょう。
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3.誰が任意後見人になれる?
任意後見制度を利用する際には、任意後見人と任意後見監督人が必要です。誰が候補者になれるのか、以下、解説します。
3‐1.任意後見人になれる人
委任者となる本人を支援する立場になる任意後見人は、特に資格などが必要なわけではありません。弁護士など有資格者もなれますが、身近な親族が任意後見人となるケースが比較的多いようです。
ただし、以下に該当する者は任意後見人となることができません。
- 未成年者
- 破産者で復権していない者
- 裁判所から法定代理人などを解任された者
- 本人に対して訴訟を起こした者やその配偶者及び直系血族
- 行方不明者
親族が任意後見人になった場合でも、その他の者がなった場合でも、権限については同じで代理権目録に記載された事項について代理権を有することになります。
そのため、事前にどんな仕事を任意後見人に頼むのか、という代理権の範囲をきちんと決めておくことが重要です。
3‐2.任意後見監督人になれる人
任意後見人と同様に、任意後見監督人についても、特に資格などが必要なわけではありません。ただし、以下のいずれかに該当する人は、任意後見監督人になれません。
- 任意後見受任者(任意後見人)
- 任意後見人の配偶者、直系血族および兄弟姉妹
- 本人に対して訴訟を起こしたことがある人
- 未成年者
- 破産者で復権していない者
- 裁判所から法定代理人などを解任された者
- 本人に対して訴訟を起こした者やその配偶者及び直系血族
- 行方不明者
任意後見監督人の選任については、家庭裁判所に申し立てる必要があります。その際、希望する任意後見監督人候補者を申立人側で伝えることができますが、任意後見監督人は家庭裁判所が選任するため、希望する候補者が必ずしも選任されるわけではありません。
任意後見監督人の仕事は、任意後見人の仕事を監督するということから、一般的には本人の親族等ではなく、第三者(司法書士、弁護士、社会福祉士などの専門職)が選任されます。
任意後見監督人になれる人は限られており、その選任は一定の条件を満たす必要があります。家庭裁判所がその選任に関して最終的な決定権を持つので、任意後見制度を利用する際には、これらの点をしっかりと考慮しておく必要があります。
4.任意後見人と任意後見監督人の仕事内容
それでは、任意後見人と任意後見監督人になった人がどのような後見事務を行うことになるのか見ていきます。
4-1.任意後見人の仕事内容
任意後見人が行う事務は、大きく分けて財産管理に関する法律行為と本人の身上監護に関する法律行為の二つです。それぞれの具体的な事務は個別事案で異なってきますが、ここでは一例を挙げてみましょう。
財産管理に関する法律行為
まず財産管理に関する法律行為とは、例えば銀行口座の預貯金についての管理、不動産の売却など財産の処分、その他お金が絡む契約行為などがあります。本人の判断能力が衰え、任意後見人が実際に、これら財産に関する法律行為を行うにあたっては、最初に本人の財産を調査して財産目録を作成しておきます。
任意後見が開始される時には、家庭裁判所によって任意後見監督人が選任され、任意後見人を監督することになるので、任意後見人は財産の管理状況などを報告することになります。
本人の身上監護に関する法律行為
本人の身上監護に関する法律行為は、例えば老人ホームへの入居契約や、医療を受ける際の医療契約の締結、要介護認定の申請などの行為があります。こちらの事務についても任意後見監督人の求めに応じて報告を要するので、契約書などを作成した時には証拠としてコピーを取っておくようにします。
基本的には、任意後見監督人が任意後見人を監督する形で、不正行為が発生しないように牽制されます。
4-2.任意後見監督人の仕事内容
任意後見監督人は任意後見人の業務を監督するほか、必要に応じて、法律行為に関する代理まで手がけます。詳しくは以下に解説します。
任意後見人の業務監督
任意後見監督人は、任意後見人が財産の管理において適切な行動をとっているかを定期的にチェックします。例えば、後見人が管理する財産の運用状況や、必要な支出が適正に行われているかなどを3ヶ月に1度は任意後見人から報告を受け、監督します。また、任意後見監督人は、家庭裁判所とも密接に連携を取りながら業務を遂行します。
年間に一度、任意後見人がその責任を適切に果たしているかについて、監督人は家庭裁判所に報告を行います。このように、家庭裁判所との連携による二重の監督体制が確立されています。また財産管理に不正や不備が見つかった場合は、家庭裁判所に報告し、必要な措置を取る役割も担います。
任意後見人の利益相反行為と緊急事態の対応
任意後見監督人は、特定の状況下で本人や任意後見人の代理を担当することもあります。一例として、任意後見人と任意後見対象者が同じ家族で、その家庭で相続が発生した場合を考えてみましょう。このケースでは、相続に関する手続きで利益相反の可能性が高まります。そのような状況で、任意後見監督人は後見対象者の代理として相続手続きに関わることがあります。
また、急な病気や事故で任意後見人が職務を果たせなくなった場合にも、任意後見監督人が一時的にその職務を引き継ぐことがあります。
なお、弊社司法書士・行政書士事務所リーガルエステートでは、ご家族ごとにどのような形で任意後見を設計し、活用すればいいのか、無料相談をさせていただいております。任意後見契約書の作成、その後の運用の相談などトータルでサポートさせていただきますので、お気軽にお問合せください。
5.任意後見制度の手続きの流れ
任意後見制度利用にあたっては、本人が元気なときにする「任意後見契約手続き」と、判断能力喪失後の「任意後見監督人選任手続き」が必要です。
以下、まずは、任意後見契約の手続きの流れを解説します。
5-1.任意後見契約の手続き
任意後見契約をする際の手続きの流れは、次の通りです。
- 任意後見人受任者を決める
- 任意後見契約の内容を決める
- 任意後見契約を公正証書で作成する
- 法務局で任意後見受任者の登記がされる
以下、任意後見契約の手続きの流れを説明します。
任意後見人受任者を決める
任意後見制度は、自分の判断能力が低下した際に備え、財産管理や身上監護に関する任務を担当してくれる人を事前に選ぶ制度です。このように事前に選ばれた人を「任意後見受任者」と称します。
任意後見受任者が将来的に大切な財産管理や身上監護の役割を果たすことから、その人が十分に信頼できるかどうかが最重要です。任意後見受任者として選べる人物は制限されていないため、身近な家族や友人だけでなく、弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門家も選ぶことができます。
任意後見契約の内容を決める
任意後見受任者が決定された後のステップとして、どのような支援をどの範囲で受けるのかを決めていきます。この際に考慮するべきは、現在および将来的なライフスタイル、健康状態、財産状況などを基にしたライフプランです。
身上監護の方針
例として、自分が高齢になったり健康状態が優れなくなったりした場合に、「在宅ケアを重視する」や「特定の施設での生活を希望する」といったケア計画を明文化することが有用です。また、特定の病院で治療を受けたいといった医療に関する希望も、この時点で明確にしておきましょう。
財産の管理の方針と任せる範囲
土地や建物、貯金、株式、その他の資産に関しては、どのように処理または活用するかを詳細に指定します。これには財産の売却、賃貸、寄付など、多岐にわたる選択肢が考慮される場合があります。
任意後見人の権限、経費や報酬
任意後見人への報酬や、必要な経費の支払い方法も契約で定めます。さらに、任意後見人が行う具体的な業務(代理権)の範囲も詳細に規定することで、後のトラブルを避けることができます。
任意後見契約公正証書作成に必要な書類を収集する
公正証書作成にあたっては、下記の書類が必要です。場合によっては、公証役場から追加で書類を求められることがあるため、事前に公証役場に確認しておきましょう。
- 任意後見契約の契約書案
- 本人の戸籍謄本、住民票、現住所と住民票住所が異なる場合は、現住所を書いたメモ、印鑑証明書、実印、身分証明書
- 任意後見受任者の住民票、印鑑証明書、実印、身分証明書
※各書類は発行から3ヶ月以内のもの
任意後見契約を公正証書で作成する
任意後見契約は委任者となる本人が、自身の判断能力が低下する前に、受任者となる者との間で締結しなければなりません。将来、判断能力が落ちた時にどのような手助けをしてもらいたいのかを考え、これを受任者が適切に実行できるように代理権を付与する形で、契約書のひな型を作成します。
任意後見契約は公正証書の形で作成することが義務づけられているので、契約書の文案が整ったら公証役場に相談して公正証書化します。任意後見契約は公証人の嘱託によって東京法務局に対して登記がなされますが、この段階ではまだ任意後見契約の効力は発生していない状態です。
法務局で任意後見受任者の登記がされる
任意後見契約が成立した後の手続きとして、公証人が法務局に対して任意後見登記を申請します。この申請は一般的に2〜3週間程度で完了し、結果として「登記事項証明書」が発行されます。
登記事項証明書には、任意後見人の名前やその代理権の詳細が明示されています。この証明書は、任意後見人が今後、公的機関や金融機関で必要な手続きを取る際に重要な書類となります。
任意後見契約後すぐに、証明書が必要になるわけではありませんが、きちんと任意後見が登記されているか内容の確認をしておきましょう。登記事項証明書は、最寄りの法務局の本局で入手することができます。
5-2.任意後見監督人選任申立の手続き
将来、本人の判断能力が低下した時に、家庭裁判所に任意後見監督人選任の申立を行います。問題が無ければ、家庭裁判所は任意後見監督人を別途選任して、任意後見契約の効力が発動し、任意後見人は契約に従って委任事務をこなしていくことになります。
任意後見監督人選任申立の手続きの流れは下記のとおりです。
- 申立人と管轄する家庭裁判所を確認する
- 必要書類を収集し、任意後見監督人選任申立書を提出する
- 家庭裁判所に申立書類を提出する
- 家庭裁判所で申立人と任意後見受任者の面接をする
- 家庭裁判所で本人の調査と精神鑑定を受ける
- 家庭裁判所から親族への照会書が送付される
- 任意後見監督人選任後に任意後見人の仕事が開始する
以下、任意後見監督人選任申立の手続きの流れを説明します。
申立人と管轄する家庭裁判所を確認する
申立をする前に、まずは、誰が申立人となるのか、管轄する家庭裁判所はどこなのかを確認します。
申立人
任意後見監督人の選任申立ができるのは、以下の人です。
- 本人
- 配偶者
- 4親等以内の親族
- 任意後見受任者
任意後見契約によって、任意後見人に申立義務を課した場合は、即時に申立を行う必要があります。原則として、申立人が本人以外の場合は、その本人の同意が必須です。本人の同意が必要なのは、任意後見契約自体が本人の意思によって作成されているからです。ただし、本人が判断能力を喪失しているなどの理由で意思表示が困難な場合は、本人の同意は不要となります。
管轄する家庭裁判所
本人の住民票上の所在地を管轄する家庭裁判所に申立をします。通常は本人の住民票に記載されている住所が基準となりますが、特殊な状況(例えば、病院への入院)で居住地が異なる場合は、居住地を管轄する家庭裁判所となります。
必要書類を収集し、任意後見監督人選任申立書を提出する
任意後見監督人選任申立ての手続書類を作成します。必要書類としては、家庭裁判所でもらう申立手続書類一式と役所や法務局で収集する本人に関する書類があります。そして、書類一式を管轄の家庭裁判所に提出します。
家庭裁判所でもらう申立手続書類一式
家庭裁判所からもらう申立手続書類一式に、必要な事項を記入の上、準備します。
- 申立書
- 申立事情説明書
- 診断書
- 本人情報シート
- 任意後見受任者事情説明書
- 親族関係図
- 収支予定表
- 財産目録
本人・任意後見受任者に関する書類
法務局や役所で取得し、準備します。
- 任意後見契約公正証書の写し
- 本人の戸籍謄本
- 本人の住民票または戸籍の附票
- 本人の後見登記事項証明書
- 本人の成年被後見人等の登記がされていないことの証明書
- 任意後見受任者の住民票または戸籍の附票
- 本人の財産に関する書類
家庭裁判所で申立人と任意後見受任者の面接をする
家庭裁判所は申立人と任意後見受任者に対して直接面接を行います。この調査の日程は裁判所の担当者から連絡されます。もし指定された日時に都合が悪い場合は、家庭裁判所に連絡し、日程を調整します。
申立人に対する調査では、申立書を基に、申立の経緯、本人の財産や生活状況、親族の意向などが確認されます。また、 任意後見受任者に対する調査では、「任意後見受任者事情説明書」に基づいて、受任者としての適格性が評価されます。
家庭裁判所で本人の調査と精神鑑定を受ける
家庭裁判所は本人の意思と心身の状態を評価するための調査を行います。本人が施設や病院に入っている場合、裁判所の担当者がその場所で面接調査を行います。診断書の記載により本人の状況によっては、調査が省略されることもあります。
また、必要に応じて、本人の判断能力を評価するための精神鑑定が行われることがあります。鑑定費用は通常5万円から10万円で、申立人が事前に裁判所に納付する必要があります。
家庭裁判所から親族への照会書が送付される
本人の親族に対しては、必要があれば意向確認のための照会書が送付されます。ただし、本人と親族との関係性によっては、この手続きが省略される場合もあります。
任意後見監督人選任後に任意後見人の仕事が開始する
最終的には、申立書類や調査結果を総合的に審理した上で、任意後見監督人の選任が必要と判断された場合、審判書が郵送されます。任意後見監督人がこの審判書を受け取ると、正式に職務が始まります。
誰を任意後見監督人にするかという選任については、家庭裁判所の裁量に委ねられており、候補者をたてても、審査の結果、不適任と認められる場合には、別の者が選任される可能性があります。
6.任意後見人制度の利用にかかる費用
実際に任意後見制度を利用したいと思った時に、気がかりの一つは費用のことでしょう。事前にどのくらいの費用がかかるかをあらかじめ確認しておけば、安心して手続きを進めることができると思います。
ここからは、任意後見制度を利用するにあたって、かかってくるであろう費用を大きく4つに分けて見ていきます。
6-1.任意後見契約時にかかる費用
任意後見契約公正証書の作成手数料費用
まず、任意後見人を定める任意後見契約を結ぶ際には、必ず公証役場での公正証書によって契約を結ぶ必要があります。この公正証書を作成する際には手数料がかかってきます。
手数料は下記の通りです。
- 公証役場の手数料:11,000円
- 法務局に納める印紙代:2,600円
- 法務局への登記嘱託料:1,400円
- 書留郵便料:540円
- 正本謄本の作成手数料:1枚250円
- 専門家への支払報酬:10万円前後(手続きを弁護士や司法書士に依頼する場合)
専門家には依頼せずに自分で手続きをする場合は約2万円の費用が必要です。
一方、弁護士や司法書士に手続きを依頼する場合は、15万円前後の費用がかかることが多いようです。
6-2.任意後見監督人選任申立時にかかる費用
任意後見契約締結後、判断能力が低下して実際に任意後見を開始する場合、本人や配偶者、任意後見人になる人などが任意後見監督人の選任申立てを行います。
この手続きの際、以下の費用が必要になります。
- 申立手数料:800円
- 後見登記手数料:1,400円
- 郵便切手代:3,000~5,000円程度
- 診断書の作成料:数千円程度
- 本人の戸籍謄本、住民票または戸籍附票の発行費用:1通につき数百円程度
鑑定が行われる場合
また、裁判所が必要と判断した場合には鑑定を行うための費用(5~10万円程度)が発生するので、その金額も見込んでおくとより安心でしょう。
専門家に任意後見監督人選任手続の代行を依頼した場合には20万円前後の費用の支払が必要となります。
6-3.任意後見人、任意後見監督人への報酬
任意後見監督人選任の申し立てが終わり、後見業務が開始したら任意後見人、任意後見監督人への報酬の支払いが必要になってきます。
任意後見人の報酬
任意後見人に対する報酬は、任意後見契約を結ぶ段階で、報酬を支払うのか、支払うのであれば報酬額をいくらにするのかを決めます。報酬を無しにすることもできますし、一定の対価を支払うこともできます。
要は相手方が納得すれば、無償でも有償でも良いということです。親族が任意後見人となる場合は無償とすることも多いですが、親族以外の資格者などを受任者とする場合はそれなりの報酬を与えなければ受任してくれないでしょう。
任意後見監督人の報酬
任意後見人を監督する任意後見監督人(家庭裁判所が司法書士、弁護士など資格者を任意後見監督人として選任することが多い)に対する報酬については、家庭裁判所が諸事情を考慮して決定することになりますので、任意後見人の報酬は無償と契約で定めたとしても、任意後見監督人の報酬は発生するので注意が必要です。
東京・横浜家庭裁判所での2023年9月時点での取り扱いでは、任意後見制度の場合の報酬は下記のようになっております。目安としてご覧ください。
報 酬 | |||
条 件 | 報酬月額(税込) | ||
基本報酬 | 管理財産額(預貯金及び有価証券等の流動資産の合計) | 5千万円以下 | 1万1千円~2万2千円 |
5千万円超 | 2万7千500円~3万3千円 |
参考:東京家庭裁判所後見センター 「申立てにかかる費用(成年後見・保佐・補助)
7.任意後見制度をやめる手続き
任意後見制度は、特定の状況や事情によってはやめる、すなわち、解除することが必要となる場面もあります。解除にあたっては、任意後見監督人選任前と選任後とでは手続きの内容が異なります。選任後は実際の任意後見人による財産管理がスタートしており、やめるための手続きの要件が厳しくなっています。
7-1.任意後見監督人選任前に解除する場合
任意後見監督人が選任される前ならば、本人や任意後見受任者は公証人の認証を受けた書面を用いて、いつでも自由に契約を解除することができます。
合意による解除
後見人と本人が共に契約を終了したい場合、公証人の認証を受けた書面でその旨を明記し、双方が署名・捺印をします。その後、該当書面を添えて後見終了の登記を申請します。この認証の際には手数料5,500円が必要です。
一方的な解除
解除を希望する一方が、公証人の認証を受けた解除通知書を相手方へ内容証明郵便で送付します。通知が相手方に到達したことを確認後、後見終了の登記を申請します。解除の理由の詳細な記載は不要ですが、公証人の認証には手数料5,500円がかかります。
7-2.任意後見監督人選任後にやめる場合
後見が開始した後での解除は、正当な理由が存在する場合に限り、家庭裁判所の許可を取得することで解除が可能です。この段階での解除は、本人の保護のために厳格に審査されます。
正当な事由としては、任意後見人の健康問題、引っ越しにより本人と任意後見人の距離の増加などが考えられます。家庭裁判所の許可を得た後、任意後見開始前の解除と同様の手続きで任意後見契約を解除します。
7‐3.任意後見解除後の終了登記の手続き
任意後見契約が解除された後、法務局での任意後見終了登記の手続きが必須となります。
任意後見終了登記の申請先
任意後見の終了登記は、東京法務局後見登録課のみが対応しており、窓口での直接申請もしくは郵送での申請が必要です。郵送で申請する場合、確実に届いたことの記録が残る方法を選択することをお勧めします。終了登記にかかる手数料はかかりません。
8.任意後見制度以外でできる財産管理対策として家族信託がある
近年、高齢社会が進行する中で、認知機能の低下や財産管理の問題が増えてきました。そこで、元気な時に対策がとれる任意後見制度の他に、家族信託という財産管理手段が注目されています。
8‐1.任意後見と家族信託の違い
任意後見制度と家族信託は、元気な時に信頼できる人に財産管理を任せるという面では共通しますが、根本的な違いがあります。それぞれの特性を理解し、最適な選択をするためには、その違いをしっかり把握する必要があります。
任意後見制度
任意後見制度は、本人が判断能力を失ってしまった際に、あらかじめ指定しておいた任意後見人が財産管理や日常生活に関する手続きを代行できます。しかし、制度を利用するために契約と任意後見監督人選任の手続が必要であり、任意後見監督人による監督を受けるなど、制約があります。
それでも、任意後見制度には、「身上監護」として、日常生活に必要な手続きや介護サービスの利用など、多岐にわたる支援が可能であるというメリットがあります。
家族信託
一方で、家族信託は、生前から信頼できる人(受託者)に財産管理を依頼する制度です。この制度の利点は、認知能力が低下した場合や、万が一の死亡後も、事前に設定した信託に従って一貫して財産を管理できるという点です。これにより、緊急時でも迅速に財産管理ができるメリットがあります。ただし、家族信託では日常生活のサポートや介護サービス、いわゆる「身上監護」には対応していません。
このように、任意後見制度と家族信託は各々異なる特徴と機能を持っています。その違いを理解した上で、自分自身や家族の状況に最も適した選択をすることが重要です。
8‐2.任意後見と家族信託の併用もできる
任意後見制度と家族信託は、それぞれ異なる点がありますが、両方を組み合わせて使用することで、さらなる安心と効果的なサポートを受けることができます。
家族信託では、財産管理の柔軟性を持つ一方で、身上監護のサポートが受けられないため、例えば介護サービスの契約や日常生活の支援が必要となる場面では、任意後見制度のサポートが求められます。
逆に、任意後見制度では、家庭裁判所の審判を受ける過程が必要な場合があり、財産管理のスピード感が求められる場面での対応が難しくなることがあります。そんな時、家族信託のシステムを併用することで、迅速な対応が可能となります。
これらの制度を併用することで、判断能力が低下した場面や、突発的な事態にもしっかりと備えることができるのです。
9.動画概説|任意後見制度
10.まとめ
今回の記事では任意後見制度についての大枠を捉え、制度の概要や任意後人となれる人、注意点や手続き方法などを見てきました。以下で任意後見制度のポイントを押さえましょう。
- 任意後見の事務は「契約」によって取り決める
- 本人の判断能力がしっかりしている段階で契約しなければならない
- 任意後見契約書は公正証書で作成しなければならない
- 実際に効力を発動させるためには家庭裁判所に申立てが必要
- 任意後見人は親族でもなることができ、報酬の取り決めは任意である
- 任意後見人とは別に、家庭裁判所で任意後見監督人が選任され、その報酬が必要となる
- 任意後見制度のほかに、家族だけで管理ができる家族信託という制度もある
実際に任意後見制度を利用するには、本人が望む支援を適切に受けることができるように、不備の無い契約としなければなりません。その作成実務は遺言書の作成等よりもはるかに難しく、素人の方が自分達だけで進めてしまうと必要な行為について代理権がなく手続きができないなど、思わぬ不備が生じることもあります。
任意後見監督人が選任されることから、監督人に対する報告などが必要なため、家族のみの柔軟な財産管理はできません。そのため、家族信託も検討する必要があります。任意後見制度を活用するのか、家族信託を活用するのか、両者を併用するのか、法律の専門家と相談しながら進めてみてください。