家族信託を行うにあたり、「遺留分対策」についてよく質問をいただきます。
例えば、父の死後、母のお世話をしているAさんが母の認知症対策のために家族信託を検討しています。しかし、Aさんには、素行の悪い弟がおり、母もAさんも弟に財産の管理、運営の権利も相続財産も渡したくないと考えています。
その場合、信託契約上では、全財産を「信託財産」として、その財産すべてをAさんに帰属させることも可能ですが、別の論点として、民法で定める遺留分侵害額請求の対象になるのか、ならないのかといった問題がでてきます。
今回の記事のポイントは下記の通りです。
- 家族信託は「みなし相続財産」と判断されるため、民法上は相続財産ではないが、相続税法上は相続財産とされる
- 家族信託は遺留分侵害額請求が認められる可能性がある
- 家族信託だけでは遺留分対策とはならないことに注意が必要
- 生命保険や10年以上の長期にわたる生前贈与など遺留分対策として認められている方法を併用した検討をしていくと効果的
目次
1.家族信託をした信託財産は相続財産に含まれる?含まれない?
遺留分とは、相続人が最低限の相続財産を保証される権利のことをいいます。
相続においては、基本的に相続人の意思が最優先されるため、遺言等でその意思を確認することができれば、自由に相続分の配分を決めることができます。しかし、これは相続財産の範囲に限ります。
家族信託とは、生前に指定の財産を「信託財産」と設定し、受託者が財産管理していく制度です。受益権として、家族信託をした本人(委託者)は利益を受ける権利を持っているものの、信託した財産(信託財産)が相続財産に含まれないのであれば、そもそも、遺留分問題も考える必要はありません。
では、果たして信託財産は相続財産に含まれるのでしょうか?
遺留分に関する基礎を知りたい場合は、下記のコラムを見てみてください。
1‐1.生命保険受取金と受益権はいずれも、みなし相続財産
突然ですが、「みなし相続財産」という言葉を聞いたことがありますか?
みなし相続財産とは、「相続開始時点で被相続人が不動産、預貯金などのように財産として所有していないが、相続を原因として相続人が受け取ることになった財産」のことを言います。結論からいうと、生命保険は「みなし相続財産」です。
死亡を契機とする保険は、被保険者(=被相続人)が支払っていたものではありますが、保険会社に請求し、そのまま受取人(相続人)の固有財産となります。ですから、相続開始時、相続人の財産と判断されません。
しかし、死亡を起因とするの財産の取得は、生命保険については相続税法第3条で相続又は遺贈により取得したものと考え、みなし相続財産として相続税の課税対象となり、それは以下の条文で定められています。
相続税法
(相続又は遺贈により取得したものとみなす場合)
第三条 次の各号のいずれかに該当する場合においては、当該各号に掲げる者が、当該各号に掲げる財産を相続又は遺贈により取得したものとみなす。この場合において、その者が相続人(相続を放棄した者及び相続権を失つた者を含まない。第十五条、第十六条、第十九条の二第一項、第十九条の三第一項、第十九条の四第一項及び第六十三条の場合並びに「第十五条第二項に規定する相続人の数」という場合を除き、以下同じ。)であるときは当該財産を相続により取得したものとみなし、その者が相続人以外の者であるときは当該財産を遺贈により取得したものとみなす。
一 被相続人の死亡により相続人その他の者が生命保険契約(保険業法(平成七年法律第百五号)第二条第三項(定義)に規定する生命保険会社と締結した保険契約(これに類する共済に係る契約を含む。以下同じ。)その他の政令で定める契約をいう。以下同じ。)の保険金(共済金を含む。以下同じ。)又は損害保険契約(同条第四項に規定する損害保険会社と締結した保険契約その他の政令で定める契約をいう。以下同じ。)の保険金(偶然な事故に基因する死亡に伴い支払われるものに限る。)を取得した場合においては、~~以下省略
これは、家族信託も同様です。信託については相続税法第9条の2で下記のように規定されています。
相続税法
(贈与又は遺贈により取得したものとみなす信託に関する権利)
第九条の二
4 受益者等の存する信託が終了した場合において、適正な対価を負担せずに当該信託の残余財産の給付を受けるべき、又は帰属すべき者となる者があるときは、当該給付を受けるべき、又は帰属すべき者となつた時において、当該信託の残余財産の給付を受けるべき、又は帰属すべき者となつた者は、当該信託の残余財産(当該信託の終了の直前においてその者が当該信託の受益者等であつた場合には、当該受益者等として有していた当該信託に関する権利に相当するものを除く。)を当該信託の受益者等から贈与(当該受益者等の死亡に基因して当該信託が終了した場合には、遺贈)により取得したものとみなす。
ですから、家族信託は、民法上は相続財産に含まれず、いずれも遺産分割協議をする必要がありません。しかし、相続税法上はみなし相続財産となるので、信託財産を含めて相続税を計算するのです。
1‐2.みなし相続財産である生命保険と家族信託は遺留分の対象になる?
生命保険と遺留分
この点、生命保険については、みなし相続財産は原則として遺留分侵害請求の対象とはなりません。ここで、参考となるべき最高裁の判例があります。
被相続人を保険契約者及び被保険者とし,共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は,民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないが,保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率,保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して,保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,特別受益に準じて持戻しの対象となる。
引用:最高裁判所HP
上記のとおり、遺言で定めた財産と異なり、生命保険金は受取人固有の財産であり、原則、遺産分割、遺留分侵害額請求の対象とならないのです。(最判平成16年10月29日)。
ですから、死亡保険金を除いた相続財産に対して、遺留分を請求することになります。しかし、例えば相続財産のほとんどを死亡保険として特定の相続人に渡すといった到底是認することができない著しい不公平がある場合は、遺留分侵害額請求の対象になるので、やり過ぎは注意です。
相続対策としての生命保険の活用方法については、下記の記事で解説していますので確認してみてくださいね。
家族信託と遺留分
家族信託については、結論から言うと、明確な最高裁の判例があるわけではありませんが、遺留分侵害額請求の対象になると考えておくべきです。しかし、生命保険におけるみなし相続財産の考え方と同様に「遺留分の対象にはならない」というように考えることもできます。
これは「東京地裁平成30年9月12日判決」が参考になるのでチェックが必要です。弁護士の遠藤先生の記事が分かりやすくまとまっているので、興味がある方は以下からチェックしてみてください。
》信託契約の一部を公序良俗に反して無効とする判決 ~平成30年9月12日東京地裁判決の意義 ~
今回のコラムにおいて見ておきたいのは、東京地裁判決のポイントは下記の部分です。
本件信託のうち、経済的利益の分配が想定されない不動産(自宅・山林等)を目的財産に含めた部分は、遺留分制度を潜脱する意図で信託制度を利用したものであって、公序良俗に反して無効であるというべきである。
注目すべきは「遺留分制度を潜脱する意図の信託制度利用は、公序良俗違反で一部無効」としている部分です。相続財産にあたる、あたらないとは別に、遺留分制度の潜脱を裁判所が理由にしている、という点です。
生命保険でも、最高裁の平成16年判決では、やり過ぎ(到底是認できない)は相続財産への持ち戻しの対象となる結果、遺留分請求の対象となると言ってます。
なお、弊社司法書士・行政書士事務所リーガルエステートでは、ご家族ごとにどのような形で家族信託を設計し、信託契約書を作成すればよいのか、無料相談をさせていただいております。遺留分対策を考慮した家族信託の仕組みをはじめ、信託契約書の作成、信託登記手続き、信託口口座の開設、その後の相談などトータルでサポートさせていただきますので、お気軽にお問合せください。
2.全ての財産を信託財産とするのは遺留分対策上リスクがある
家族間の関係が悪い状況で、遺留分侵害額請求がされる可能性が高い場合は、特に遺留分対策を考えて信託財産を設定する必要があります。なぜなら、2019年7月1日相続法改正後の相続において、遺留分侵害請求をされる場合には金銭で支払う必要がでてきました。
例えば、父が亡き後、母に遺産を相続させ、母が亡くなった場合は、残った財産を長男へ相続させたいといったとき活用する後継ぎ遺贈型の連続型信託を行う場合など、2019年の相続法改正以前と以後とで対策方法が異なってきます。
ほとんどの財産を信託財産にした場合、改正以前は、遺留分減殺請求を受けた場合には、遺留分に相当する第二受益者(例でいうと母)が有する受益権を渡せばよく、金銭を支払う必要はなかったのですが、改正後は、第二受益者は、遺留分侵害額請求に対して支払う金銭を調達する必要が出てきてしまいます。
もし、改正後に遺留分の対価として改正前と同様に受益権を一部渡して解決する場合には「代物弁済」という形をとる必要がでてきてしまいます。その場合、遺留分の金額と代物弁済のための受益権の譲渡益(※1)が発生する場合には、譲渡所得税が課税されます。
※1 譲渡益…株式や不動産の、取得時の価格と売却時の価格の差から得られる譲渡益をいいます。
このように2019年の相続法改正後は、第二受益者の手元に資金がない場合には、信託財産を受託者が一部売却した上で、第二受益者に遺留分侵害額請求に対して支払う金銭を用意し、第二受益者に金銭の払い戻しをしなければならなくなるので、当初考えていた家族信託を利用した財産管理を行えなくなる可能性があるため注意が必要です。遺留分と代物弁済に伴う譲渡所得税の考え方については、 下記の記事で詳しく解説していますのでこちらを確認してみてください。
このように、信託だけでは遺留分対策とはならないことに注意する必要があります。
ここまで説明してきた生命保険や相続法改正後の10年以上の長期にわたる生前贈与など遺留分対策として認められている方法を併用して対応方法を検討してみてください。
以下、参考になるコラムを記載しておくので、気になるコラムがあればチェックしてくださいね。
3.どんな形で家族信託の仕組みをつくることができるか、無料相談受付中
当サイトでは、どんな形で預金や不動産を家族だけで管理できる仕組みを作ることができるか、無料相談が可能です。累計4000件を超える相続・家族信託相談実績をもとに、専門の司法書士・行政書士がご連絡いたします。
遺留分対策を考慮した家族信託、任意後見、生前贈与の活用など、ご家族にとってどんな対策が必要か、何ができるのかをご説明いたします。自分の家族の場合は何が必要なのか気になるという方は、ぜひこちらから無料相談をお試しください。
4.まとめ
- 家族信託は「みなし相続財産」と判断されるため、民法上は相続財産ではないが、相続税法上は相続財産とされる
- 生命保険と同様、家族信託は遺留分侵害額請求が認められる可能性がある
- 家族信託だけでは遺留分対策とはならないことに注意が必要
- 生命保険や10年以上の長期にわたる生前贈与など遺留分対策として認められている方法を併用した検討をしていくと効果的
家族信託は、委託者と受託者の2人がいれば契約できる制度です。ですから、あまり仲が良くないご家族間であれば、その方に家族信託を活用したことを言わずに、特定の子だけが財産管理をして相続するという考え方も出てくるでしょう。
しかし、ご家族で円満に相続が実現できるのは、ご両親が生前に承継方法をご家族と一緒に考えられる今しかありません。家族信託を契機に専門家を交えながら家族会議を開き、ご家族全員が納得いくような相続をしていくことをオススメします。