本人が認知症になって自身の財産管理ができなくなるリスクに備えて、家族など信頼できる方に財産管理を託すのが家族信託です。こうした財産管理を他人に託す方法は家族信託以外にも複数存在するため、メリットやデメリットなど家族信託の制度の仕組みを理解する必要があります。
今回の記事のポイントは以下のとおりです。
- 家族信託とは、委託者が自身の財産管理を受託者に託し、設定した信託の目的にしたがって財産を受益者のために管理する制度である
- 家族信託は成年後見制度と比べて、柔軟に財産の管理・運用方法を設計できる反面、本人の身上保護には使えない、本人が認知症になったあとでは信託契約を結べないというデメリットがある
- 親族間で争いがある場合や受託者を任せられるような信頼できる親族がいない場合、すでに生前贈与を済ませている場合などでは、家族信託を結ぶ必要はない
- 認知症による資産凍結の回避や孫世代まで相続の仕方を指定したい場合、障がいのある子の生活を保障したい場合などが、家族信託の活用例として挙げられる
- 家族信託を始めるためには、決定した信託契約の内容にもとづいて信託契約書の作成や信託口口座の開設、信託財産の名義変更等を行う必要がある
- 家族信託にかかる費用として信託契約の公正証書化や専門家への報酬のほか、信託登記にかかる登録免許税など家族信託に関する税金が挙げられる
- 家族信託に関連したサービスを銀行が提供しているが、信託契約にもとづく家族信託とは仕組みが異なるので注意
今回は、メリットやデメリット、手続きや費用、活用例など家族信託の概要について解説します。
目次
1.家族信託とは
家族信託とは財産管理を家族など信頼できる方に託すことです。家族信託は「信託」のひとつの形態です。今、”認知症による資産凍結”を防ぐ対策として注目されています。
1‐1.家族信託が注目される理由は?
核家族化が進み少子高齢化が問題となるなど、時代の流れとともに家族の在り方にも変化が生じてきています。その変化に応じる形で、家族信託への注目が高まっているのです。
ここでは、家族信託が注目されるに至った3つの理由を解説します。
高齢化に伴う認知症の増加
家族信託が注目される理由のひとつとして、まず、高齢化とそれに伴う認知症の増加が挙げられます。年齢が上がるにつれ認知症になるリスクは上昇します。親の認知症が悪化した場合、子は親のお金を通帳から下ろせなかったり、不動産の名義変更もできなかったりする可能性があります。
2025年には高齢者の約5人に1人が認知症になると推計されています。そのため、判断能力のある段階から、何らかの相続対策を施す必要があります。家族信託はこうしたニーズに応えた制度だといえるでしょう。
家族信託を活用することで、家族だけでの財産管理ができるようになる反面、すでに認知症を患っている方とは信託契約が結べないというデメリットがあるなど一長一短があるため注意が必要です。
元気なうちに資産承継できる
身体が元気なうちに資産を承継できるのが、家族信託ならではのメリットです。同様に将来万が一の事態に備えて、本人が亡くなったあとの資産承継先を決めることができる制度として、遺言があります。
ただし、遺言の効力が発生するのは、本人が亡くなった後になる点に注意が必要です。本人が生きているうちは資産を管理させ、承継させられません。少し不安に思われる方もいらっしゃるかもしれません。
一方の家族信託であれば、より財産管理の自由度が高いため、希望に沿った財産管理と資産継承ができる可能性が高まります。
成年後見制度と比べ柔軟な財産管理が可能
成年後見制度を利用すれば、認知症になり資産凍結した場合でも、成年後見人が本人の代わりに財産管理や契約をすることができます。しかし、成年後見制度は本人の身上保護など財産管理の目的が制限されているため、家庭裁判所の継続的な監督を受ける、手続が煩雑、家族だけの意思で財産を動かせない、後見人への蕉風がかかるというデメリットがあります。
家族信託は成年後見制度と比べて財産管理を柔軟に行えるため、認知症対策として注目されています。一方、家族信託にもすでに認知症を患っている方とは信託契約が結べないというデメリットがあるなど一長一短があるため注意が必要です。しかし、本人が元気なうちに家族信託を利用することにより、成年後見制度を使わずに家族信託により家族だけの財産管理ができるようになります。
なお、家族信託と成年後見制度の違いや、認知症でも信託契約ができるかの判断基準のポイントについては次の記事が参考となりますので、確認してみてください。
1-2.家族信託の仕組み
高齢の親の財産管理を行うための家族信託では、親(委託者)が所有する財産(信託財産)を、信頼できる子などの家族(受託者)に託して、親(受益者)のために財産管理をしてもらうとすることが一般的です
このような一般的な家族信託では、下記のような当事者関係となります。
- 委託者 財産管理を託す親
- 受託者 財産管理を担う子
- 受益者 信託財産から利益を受ける親
委託者と受託者間の信託契約の中で、どの財産を受託者に管理させるのか、管理対象とする財産(信託財産)を決めます。
例えば、信託財産として金銭を設定した場合、信託財産である金銭を受託者(子)は委託者(親)の日常生活費、医療や介護費用などを、受託者(子)自宅の管理をし、、施設入所するなど必要に応じて売却することもできます。その売却によって得られた金銭は受益者(親)のものとして信託財産として管理し続けます。アパートや貸しビルなどの収益不動産を信託財産として場合も同様に、受託者(子)が管理し、家賃収入なども収益は受益者(親)のものとして管理することができるのです。
このように家族信託をすることによって、信託契約で定めた信託財産について、受託者(子)が受益者(親)に代わって、親のために信託契約で定めた権限を持って財産管理をすることができます。不動産や預貯金等の名義は受託者である受託者(子)の名義で管理しますが、あくまで受益者(親)の財産の管理であるため、税務上、贈与とみなされることなく、信託された財産を管理できるのです。
管理している受託者の口座から引き出して支払います。さらに、自宅を信託財産として場合には、のほかい、アパートや貸ビルなどの収益物件を信託した場合、その物件の管理や運営は受託者(子)が担当し、物件から得られる家賃などの収入は信託財産として管理し、その収益は受益者(親)に渡ります。
通常の財産は財産管理者と権利者が所有者という形で一致しているため、所有者が認知症になると資産凍結という問題が発生します。家族信託では、財産管理・処分をする受託者と実際に収益を得る受益者という形で、管理処分者(受託者)と収益と権利者(受益者)を分けることで、受益者が認知症になり判断能力が亡くなった場合でも、信託財産は受託者の名義で管理できるため、受託者の判断で管理運用が継続できるのです。
1-3.家族信託の当事者
家族信託では、財産管理を託す”委託者”、財産管理を託された”受託者”、信託財産から生じる利益を受け取る”受益者”が当事者となります。
委託者
委託者とは、自分の財産管理や処分を任せる本人そのものです。
委託者が定めた信託契約の内容に従い、受託者は財産管理を行う義務が生じます。委託者と受託者との間の信託契約に伴い、財産的な権利は受益権として受益者が有することになります。そのため、高齢の親の財産管理を行うための家族信託では、委託者と受益者が同一人(自益信託:委託者=受益者)とすることが一般的です。そのため、委託者のみで考えるケースは少ないです。
信託契約後における、信託関係の権利と義務関係は、受託者と受益者との間で形成していきます。そのため、ある意味、委託者は信託契約後は財産を拠出後は抜け殻的な存在となります。
実務ではあまり活用するケースは少ないですが、例えば、障害がある子供(受益者)のために親(委託者)が生前から財産の一部を信頼できる親族(受託者)に託す家族信託(他益信託:委託者≠受益者)もあります。
この他益信託のケースでは、信託財産を任せる委託者は親、受託者は親族、受益者は障害がある子という形になり、信託財産から利益を受ける受益権は受益者である障害がある子が有し、親は信託をした委託者として残ります。そのため、財産拠出をした委託者という地位から、信託財産が受益者のために適切に運用されているか見守るため、受託者の信託処理の状況の報告を求める権利(信託法36)や受益者との合意による受託者の解任権(信託法58)など、信託に関して一定の権利を有します。
受託者
受託者は、委託者から財産の管理や処分を託された人です。
委託者から財産を託された受託者には、信託契約の中で定めた内容に従い信託財産の管理や処分など、信託の目的を達成するために必要な権限が与えらます。不動産の売却や購入、銀行からの借り入れ等はそうした権限のひとつです。
こうした権限が与えられる代わりに、受託者には次のような義務が課せられています。
信託事務遂行義務……委託者の意図にもとづいて信託事務の処理を行うべき
善管注意義務……受託者が信託事務を行う際、善良な管理者に要求される程度に注意をもって行うべき
忠実義務……法令や信託契約で定められた信託目的にしたがって受益者のために信託事務の処理を行うべき
公平義務……すべての受益者のために公平に職務を行うべき
分別管理義務……信託財産と受託者自身の財産を一定の方法で分別して管理すべき
信託事務処理者の監督義務……信託事務を委託した第三者に対し信託の目的達成のために適切な監督を行うべき
受託者はこうした義務に違反し信託財産に損失や変更が生じた場合、損失補てん責任または原状回復責任を負うことになります。
受益者
信託財産から生じる利益を受ける人のことです。
受託者は信託契約の内容に従い、信託財産の管理を行い、受益者の生活費、医療費などを支出します。また、賃貸アパートなどを信託財産とした場合は、受益者のためにアパートを受益者のために管理修繕し、賃料の一部を受益者に交付します。このように、信託財産を受益者のために管理運用し、受益者の利益に適うよう受託者は財産管理を行っていきます。
受益者はこのような財産的権利である受益権のほかに、委託者と同様に受託者の財産管理状況の報告を求める権利や受託者の解任など、信託に関する監督権を有します。
1-4.銀行の家族信託や民事信託との違い
家族信託を含めた信託は、信託法によって定められる仕組みです。平成18年(2006年)に信託法が改正され、一般のご家庭でも利用できるようになりました。
信託とは、お金や不動産など資産を所有している方(委託者)から資産を委託される方(受託者)に資産の所有権を移転し、受託者は信託契約や遺言等で定められた信託目的にしたがって資産から利益を受ける方(受益者)のために資産の管理を行う制度です。
信託法の改正により、信託の目的や誰を受託者にするか等の信託行為は、信託契約か遺言、一定の方式による意思表示によることと定められました。
信託には、家族ではなく信託銀行や信託会社が受託者となって営利目的で財産管理を行う信託商品や投資信託等の「商事信託」と、受託者が営利を目的としないで財産管理を引き受ける「民事信託」の2種類があります。
「民事信託」は財産管理を託す受託者は家族に限られません。しかし、家族内で財産を託すことが多いので「家族信託」とも呼ばれています。
なお、民事信託や銀行の家族信託と家族信託の違いについては、次の記事が参考となりますので、確認してみてください。
2.家族信託のメリット
家族信託を本格的に検討しようとする場合は、しっかりとメリットとデメリットを見極めて決定することが大切です。先の章でも触れたとおり、成年後見制度などの一見似ている制度との違いを理解しておかないと、いざという時にトラブルが発生してしまう可能性があります。
以下の8つのメリットの内容を理解し、将来に備えた選択をするための検討材料としてみてください。
- 財産管理が委託者の判断能力に左右されない
- 遺言代わりの効力を持つ
- 不動産共有による親族間のリスクを回避できる
- 成年後見人制度より柔軟な財産管理が実現できる
- 遺族の負担を軽減できる
- 倒産隔離機能がある
- 二次相続について指定できる
- 遺産相続における順位付けができる
2-1.財産管理が委託者の判断能力に左右されない
高齢者の認知症が珍しいものではなくなっている現代では、親が認知症にかかってしまい財産が凍結してしまうという問題が増加しています。財産の管理能力が低下していると判断されてしまうと、所有している不動産を売却することができないほか、預貯金も引き出せなくなってしまうのが事実です。認知症により財産が凍結してしまいます。
資産凍結後の対策である成年後見制度では本人の判断能力が衰えてしまった後に、後見人が財産管理を担うことができます。しかし、判断力が低下していると判断される前には財産管理がおこなえないため、本人の意向が反映されにくい一面があるのです。
その点家族信託であれば、委託者の判断能力にかかわらず、前もって受託者による自由度が高い財産管理が可能となるのが大きなメリットだといえるでしょう。
2-2.遺言の代わりの効力を持つ
家族信託には、遺言の代わりとして活用できる効力があります。残された親族に本人の資産承継先の意向を伝える遺言は広く知られていますが、実際に遺言を残すには厳格な手続きを踏まなければなりません。
遺言に法的な効力をもたせるためには、民法で定められている方式や作成方法に沿ったものにする必要があります。一方の家族信託は特別法である信託法に基づいており、遺言のような複雑なルールなしに死後の相続について取り決めることができます。
特別法は民法よりも優先されるものであるため、無理に遺言を残さなくても家族信託で本人の意向を伝えられるのがメリットです。
2-3.不動産共有による親族間のリスクを回避できる
家族信託は、兄弟姉妹など親族で1つの不動産を共有する形で譲り受けたケースで、リスク回避の役割を果たします。高齢者同士が共有で不動産を所有している場合に問題となるのが、そのなかの誰かが意思決定能力を失ってしまった場合です。
全員の同意がないと不動産の運営や修繕、売却などができないため、高齢者が不動産を共有する際にはリスクを把握しておく必要があります。そのような状況で家族信託があれば、特定の1人の代表者に決定権を集められます。
代表者が収益不動産の経営をして得た財産は、その他の親族も受け取ることが可能です。このように親族間のリスク回避のためにも、家族信託が活用できます。
2-4.成年後見人制度より柔軟な財産管理が実現できる
なにかと成年後見人制度との類似点が強調される家族信託ですが、実際にはより柔軟な財産管理が可能になる点がメリットといえます。そもそも成年後見制度は、本人が意思決定能力を失ってしまった後にも、その財産を保護し支援するのが目的です。
そのため成年後見人はあくまで本人の財産を代わりに管理し、判断力が低下してしまった後でも生活を続けるための支出のみが許されています。反対に家族信託では、財産の管理方法を信託契約のなかで自由に決定可能です。
たとえば、不動産の購入や株式投資などのリスクを伴う資産運営は、家族信託でのみ許されています。
2-5.遺族の負担を軽減できる
親族が死亡した際には、各種手続きや残された財産の相続問題などさまざまな処理が必要とされます。とくに遺言などで財産の継承者が詳しく定められていない場合は、遺産分割協議でトラブルが起きてしまう恐れがあるでしょう。
遺産分割協議自体も継承権のある全員が参加できなければ、話し合いを進められないのが注意点です。認知症などを患っている相続人がいる場合は、話し合いのために成年後見人を立てなければなりません。
そこで遺言の代わりとして用いることができる家族信託をうまく活用すれば、相続問題をスムーズに解決できます。本人が元気なうちに家族信託を活用し資産承継方針を決めることができれば、遺族の負担は大幅に減らせるでしょう。
2-6.倒産隔離機能がある
家族信託によって定められた信託財産は、破産時にも差し押さえの対象にならない「倒産隔離機能」を備えています。倒産隔離機能は、親である委託者の破産のみならず受託者が破産するはめになった際にも有効です。
信託財産が差し押さえの対象から外されるのは、受託者の固有財産ではないと判断されるためです。しかし、家族信託で受益権を得ている受益者は、財産の差し押さえに該当してしまうことがあります。
委託者が受益者である旨を明確に信託契約で定めている場合は、委託者の破産や債務で受益権が差し押さえられてしまう点に注意しましょう。
2-7.二次相続について指定できる
受益者連続型信託を活用すれば、子どもや配偶者への相続だけではなく、孫やひ孫といった複数世代にわたる相続先を定めることができます。強い効力をもっている遺言であっても、二次相続人以降の相続には関与できません。遺言や生前贈与では、財産を受け取った人が亡くなった後に、誰が財産を受け取るかまでは関与できないのが一般的です。
家族信託ではより自由に相続についての指定「受益者連続型信託」が可能であるため、本人の希望が叶えやすいという一面があります。直径家族を中心に相続をしたいと考えている場合や、配偶者から子ども、孫世代へと財産を確実に相続させたい場合にも役立つでしょう。
2-8.事業承継対策でも活用できる
金銭や不動産以外の財産を信託財産とすることができるのが、家族信託のメリットの一つです。例えば、会社の創業オーナーが有する自社株式を信託財産とすることで、株式の承継や事業継承の計画を具体的に行うことができます。現在の経営者である委託者が自身の株式を受託者へ信託することで、たとえ委託者が認知症等の理由で意思疎通が困難になった場合でも、受託者が経営の決定権を持ち続けることができます。
また、受益者は子とし、オーナー自身を委託者兼受託者とする自己信託という方法も可能なため、自分が元気なうちは自分で管理し、適宜のタイミングで子供に譲るということも選択可能です。このスキームは贈与税がかかりますが、株価評価が安ければ、有効な対策です。
また、紹介した「受益者連続型信託」を利用することで、将来の世代、例えば孫世代を含むような長期的な株式の継承計画も検討することができます。
委託者と受託者を現在のオーナーにし、
例えば、先代が元気なうちは自ら受託者として会社経営を経営を行うというような自己信託遺産相続の順位付けは、事業継承を考えている場合にも有効に活用できる場合があります。
たとえば、株価がタイミングをみて自己信託をおこなえば、贈与税をかけずにまたは税金を抑えて子ども世代への株式贈与が可能です。
家族信託のより詳しいメリット・デメリットは、以下の記事でも解説しています。
3.家族信託のデメリット
ここまでは家族信託の利点について解説してきましたが、実際に利用を検討する際にはデメリットを知っていることも重要です。家族信託のデメリットは、次のとおりです。
- 身上監護には成年後見制度の利用が必要
- 受託者を選ぶ際にもめる可能性がある
- 直接的な節税効果は得られない
- 家族信託した収益不動産の損益通算が禁止されている
- 遺留分侵害額請求の対象になり得る
- 両親や祖父母の同意が得られない可能性がある
- 受託者による信託財産の不適切な利用の危険性がある
- .家族信託には本人の判断能力がないとできない
- 家族信託では「相続空き家特例」が適用対象外
- 家族信託の制度は新しいため、運用が変わる可能性がある
デメリットをしっかりと把握したうえで、家族信託をうまく活用するようにしましょう。
3-1.身上監護には成年後見制度の利用が必要
家族信託はあくまで財産管理に関する取り決めであるため、身上監護(介護や医療に関する契約など」には成年後見制度を併用する必要があります。信託契約のなかで身上監護の費用を信託財産から支払うという内容は記載できますが、受託者としてできることは信託財産である金銭を介護費用として支出することです。親が認知症になってしまった場合などに代わりに病院への入院・施設入居の手続きをすることはできません。
親と遠く離れて住んでいる場合や、身近な親族がいない場合で、入院の手続きをしなければならないときなどは、家族信託だけでは十分なケアができなくなってしまうでしょう。結局は身上監護のために任意後見契約を結ぶ必要があり、二度手間だと感じてしまうかもしれません。
財産管理だけではなく身の回りのケアまで担う場合は、忘れずに任意後見制度を家族信託と併用するのをおすすめします。
3-2.受託者を選ぶ際にもめる可能性がある
家族信託では本人名義の財産が、受託者名義とされるケースが多々あります。そのため、誰が受託者に選ばれるかで親族間がギクシャクしてしまう恐れがあるでしょう。
受託者ばかりにメリットが大きい内容であると、不公平感が生まれトラブルの元となる可能性があり注意が必要です。受託者とそうでない人への相続内容は、できるだけバランスを取って定めておくのがよいでしょう。
親族という身近な相手であるからこそ、お互いが納得して相続問題に向き合う必要がります。
3-3.直接的な節税効果は得られない
家族信託をしても直接的な節税効果は得られません。
家族信託をしても、信託財産の収益については、受益者に税金がかかってしまうため、節税効果はないのです。ただし、生前に委託者が受益者として設定されている場合は、家族信託をしても不動産を登記する際の登録免許税以外の税金はかかりません。
ただし、家族信託をすることによって、本人の判断能力が亡くなった後は、財産管理ができるという効果を活用して、相続ギリギリまで、資産の運用ができるようになります。その結果、相続税対策としての不動産の建築、購入、売却なども相続発生まで行い続けることができます。また、受託者に信託報酬を支払うことにより信託財産も減らすことができるので、信託財産の資産額を合法的に減らすことができます。
このように家族信託により直接的ではなく、本人の判断能力喪失後も資産管理ができるという利点を活かし相続ギリギリまで相続対策ができるという間接的な効果を得ることができます。
3-4.家族信託した収益不動産の損益通算が禁止されている
アパート等の収益不動産を持っている際、家族信託を利用する場合、損益通算の禁止に注意が必要です。
家族信託を組んだ場合、個人所得と家族信託内の不動産の所得は通算できなくなる制約が生じます。これは家族信託を利用しない通常のケースには適用されません。
租税特別措置法によれば、家族信託の中の不動産からの赤字は、税務的に存在しなかったものとみなされます。
具体的には、信託契約により賃貸不動産(家族信託内の不動産)を含む信託財産を設定した場合、税務上、その不動産からの所得は委託者(親)に属することになります。しかし、家族信託内の不動産の賃貸ビジネスが赤字となっても、それを委託者の他の所得や別の不動産の所得とは通算することはできません。
例として、家族信託内の不動産が-100万円の赤字、委託者の他の所得が200万円の黒字だった場合、家族信託内の赤字は無視され、委託者の200万円の所得がそのまま課税対象となります。
通常、個人が青色申告をしている際、赤字分を「純損失の繰越控除」として翌年以後3年間、後に発生する所得と相殺することが可能です。しかし、家族信託の場合、その赤字は認められず、翌年への繰越もできない制約があります。
3-5.遺留分侵害額請求の対象になるかもしれない
家族信託は遺言の代わりとしても活用できるとご紹介しましたが、遺留分を侵害するような財産分与をした場合、遺留分侵害請求の対象になり得ます。遺留分とは、法定相続人に最低限保障された相続財産のことです。
家族信託契約によって決めた後継者に財産権(受益権)を承継するにあたって、遺留分を持つ相続人がいる場合に、遺留分相当額を請求される可能性があります。しかし、遺留分侵害とは本来遺言や遺産分割協議での財産の分け方に問題がある場合を指すため、それに当たらない家族信託が遺留分侵害にあたるかは意見が異なり、最高裁の判例がないためまだ結論は出ていません。
3-6.両親や祖父母の同意が得られない可能性がある
遺言に比べると2007年に新しく登場した家族信託はまだまだ認知度が低いため、親族の反対にあってしまう可能性があります。遺言や生前贈与は本人が亡くなったり、贈与をしたりといったわかりやすい形で財産の名義が変わるのが特徴です。
一方で家族信託は本人の財産を受託者名義で管理するため、本人や周囲の人々が抵抗感を感じる傾向があります。制度が分かりづらい点、財産名義が受託者に変わる点などに疑問を持つ人がいると、家族信託を結ぶ同意が得られないこともあるでしょう。
家族信託に関してさらなる知識を補完したい場合は、以下の記事も参考にしてみてください。
3-7.受託者による信託財産の不適切な利用の危険性がある
受託者は、信託契約に従い、委託者の財産を広範囲で管理・運用する権限を有しています。しかし、その正確な財産の管理や運用の責任も同時に持っています。この状況は、受託者が独自の判断で信託財産を操作するリスクを持っていることを意味します。
信託法には、受託者が誠実な管理者としての役割を果たす「善管注意義務(信託法29条)」や、個人の財産と信託財産をきちんと区別して管理する「分別管理義務(信託法34条)」が明記されています。それにもかかわらず、受託者は委託者の財産に直接アクセスできる立場にあり、不正利用する危険性も完全に排除できないのです。
したがって、受託者が信託契約に違反した場合の手段や処置に関しても、信託契約で具体的に明記しておくべきです。
公正証書を用いて契約することにより、契約違反に強力に立ち向かうことができます。
家族信託は「信じる家族に委託する」というコンセプトで進められますが、未来の問題や争いを避け、委託者の価値ある財産を確実に守るための対策の構築が求められます。
3‐8.家族信託には本人の判断能力がないとできない
家族信託の際、契約内容では受託者が財産をどのように取り扱い、本人の利益のためにどう行動するかが明示されます。だが、この契約を結ぶタイミングは任意ではなく、適切な状況下での手続きが求められます。
成年後見制度は、本人が判断能力を持たない状態でも進行できる対策です。それに対して、家族信託の契約時に委託者の判断能力が疑われる場合、その契約は効力を持ちません。
家族信託に不満がある一部の家族が信託契約に対する不満を示し、委託者の判断能力が契約時に欠けていたという立場をとる事例があります。そのようなリスクがあるときは、契約時に、専門家の意見や診断書を取得しておく。加えて、委託者の意思を筆記、音声、動画等で明確に記録として残しておく、信託契約の際、公正証書を用いるなどの対策を検討しておきべきです。
3‐9.家族信託では「相続空き家特例」が適用対象外
2022年12月20日の東京国税局の公式文書回答によれば、家族信託が終了した後の不動産は、「相続空き家特例」の適用対象外であることが確認されました。
「相続空き家特例」とは、故人の所有していた空き家を相続または遺贈で取得し、その後、売却に至るまでの間に耐震改修や解体を実施した際、売却利益のうち3,000万円を控除可能な仕組みを指します。
だが、受益者が亡くなったことで終了した家族信託から帰属する不動産は、「相続や遺贈による取得」とみなされないため、この特例は適用されないという結論が示されました。
もし相続を受けて空き家となる可能性があるのならば、それに備えた方法を模索するべきです。特例の適用条件には、「昭和56年5月31日以前の一戸建て」といった具体的な基準が存在します。このような基準に該当しない物件であれば、家族信託を選択しても大きな支障はありません。
国税庁HP:信託契約における残余財産の帰属権利者として取得した土地等の譲渡に係る租税特別措置法第35条第3項に規定する被相続人の居住用財産に係る譲渡所得の特別控除の特例の適用可否について
3‐10.家族信託の制度は新しいため、運用が変わる可能性がある
家族信託の制度は新しく、まだ確定していない判例や税務指針が存在します。これにより、今後法務や税務の扱いが予想外に変わるリスクがあります。
家族信託の認知度は徐々に高まってきていますが、豊富な経験を持つ専門家はまだ少ないのが現状です。多くの弁護士や司法書士が家族信託の相談を受け付けているものの、詳細な助言が期待できるわけではありません。専門家を選ぶ際は慎重になることが求められます。
家族信託を取り扱うには、法的・税務的背景に対する深い理解が不可欠です。そのため、確かな知識と実績を備えた専門家の選択が重要です。
私たちの事務所、リーガルエステートでは、350件以上の家族信託の経験と日々の情報更新を活かし、家族信託の正確なアドバイスを提供しています。税務の面では、提携する税理士と協力し、お客様のニーズに合わせた最適な対策を検討します。法務・税務の両面から、最も適切な生前対策をご提案します。無料のご相談も受け付けておりますので、何かご不明点やご質問があれば、お気軽にお問い合わせください。
4.家族信託が必要ないケース
家族信託が必要ないケースとして、次の事例が考えられます。
4‐1.親族関係で争いがあるケース
まず親族関係で争いがあるケースです。家族間でトラブルを抱えていたり、家族信託の利用に関して事前に説明できなかったりする場合には、家族信託を行うのが困難かもしれません。
4‐2.受託者候補者がいないケース
受託者を任せられるような信頼できる親族がいないケースも考えられます。受託者に与えられる権限は多いため、財産管理を任せられるほど信頼できるような方でないといけません。このような場合、家庭裁判所の審理を介する成年後見制度を活用するといいでしょう。
4‐3.財産や身上保護など検討が必要なケース
このほか次の場合には、家族信託を利用する必要はないでしょう。
- 不動産を売却する予定がない場合
- 介護施設や医療施設などに多くのお金を支払う予定がない場合
- 生前贈与などで受託者にさせることを希望する親族に対してすでに財産譲渡や名義変更が完了している場合
- 資産よりも身上保護などを優先してほしい場合
- 農地など信託できない財産が多い場合
なお、家族信託が必要ないケースについては次の記事で詳しく解説していますので、確認してみてください。
5.家族信託が活用すべきケース
家族信託を活用することが勧められるケースとして、次の4つが挙げられます。
5-1.認知症による資産凍結の回避
まず、認知症になって財産が凍結されてしまうリスクを回避することが考えられるでしょう。
認知症になってしまうと、本人名義の銀行口座の開設や不動産の管理もできなくなってしまいます。また認知症が発覚すると、すべての金融機関で口座が凍結される可能性があります。子であっても、認知症になった親に代わって財産管理や不動産の管理処分ができません。
家族信託は、認知症に備えて財産管理や不動産の名義変更などを受託者に託す制度なので、仮に委託者が認知症になったとしても、受託者は開設した信託口座でのお金の管理のほか、不動産の売買契約や賃貸契約を結ぶことが可能です。
5-2.配偶者や孫世代までの相続方法の指定
本人が亡くなったのちに自身の財産を相続する相手を決める方法のなかで、遺言は一般的な方法です。配偶者に自宅を相続させたり、長男に事業承継させたりする旨を遺言に記載します。
ただし遺言では、ある方が亡くなった際の財産の承継先しか決められません。たとえば、長男が亡くなったのちに、誰に事業承継させるかを決めることはできないのです。
こうした、一次相続での相続人が亡くなった際に財産を誰に承継させるかという「二次相続」を指定できるのが家族信託です。委託者が信託契約を終了させる時期やそれまでの信託財産の承継先を選べますので、長男が亡くなった際の財産の承継先や、さらに次の世代の承継先を決めることが可能です。
5-3.障がいのある子の生活の保障
家族信託は、本人が認知症になって受託者に自身の財産管理を託す際のみに活用されるのではありません。知的障害など重い障がいを持つ子がいる場合にも、家族信託を活用することが可能です。
本人が先に死んでしまうと障がいをもつ子が残されてしまい、身上保護ができなくなります。最悪の場合、その子の生活が破綻するリスクがあるでしょう。
そのため、障がいのある子の生活を保障するために、受託者に自身の財産を託し、受益者をその子に設定することで、信託財産からの収入を受け取ることが可能です。
ただし、こうした福祉型信託を利用する場合には、一般的に受託者としてほかの親族が選ばれるので、受託者が不正を行わないよう信託監督人をつけ財産が正しく活用されているかを監督してもらう必要があります。
5-4.将来的な親の居住用不動産の売却
親が認知症などで意思決定ができなくなってしまった場合に、居住していた不動産をどう処理するかで問題となってしまうケースがあります。そこで家族信託を活用すれば、万が一の事態に備えて親の居住用不動産を売却可能です。
家族信託で「不動産の売買に関する項目」を定めていれば、親が認知症になった際にも一般のケースとほぼ変わりなく手続きを進められます。ただし、受託者を売主として売却をしなければならない点には注意しましょう。
6.家族信託を利用する前に決めておきたいこと
家族信託を利用する際には、次の4つのポイントを整理しておく必要があります。
- 信託財産
- 受託者
- 信託目的
- 信託監督人・受益者代理人
大切な家族のために準備をする家族信託、トラブルを防ぐために事前によく話し合い取り決めをすることが重要です。
6-1.信託財産
保有している財産の全てを信託財産とする必要はありません。現金や株式、不動産など信託の目的に沿って信託財産の範囲を定めるようにしましょう。
また、信託財産は財産として価値のあるものに限られます。生活保護受給権や年金受給権、債務などは信託することができません。
6-2.受託者
受託者は、家族信託において重要な役割を果たすことになる人物です。誰が受託者になるかは、とくに慎重に話し合って決める必要があるでしょう。
受託者が知識豊富で判断力があることも重要ですが、どれだけ委託者の意向を反映させてあげたいという思いがあるかが大切です。信託財産が大きいケースでは、信託監督人や受益者代理人を立てることを検討してもよいでしょう。
後継受託者も検討する
家族信託に関する受託者が突然その役割を果たせなくなるリスクはいつも潜在しています。そこで、信託の計画段階で、次の後継受託者を決めておくことが必要です。
もし後継受託者が指定されていないと、受託者が急逝した時などに信託資産の管理が中断される危険性が生じます。これを避け、信託資産を円滑に継承するため、初めから次の受託者を設定しておくことが、委託者と受益者の利益を最大限に保護する鍵となります。
6-3.信託目的
家族信託を利用し、どのような利益を得たいかをしっかりと事前に確認しておくことは重要です。委託者が将来介護が必要になってしまった場合に備えるなど、目的をもって財産を管理することで、進むべき方向が定まります。
また、家族間で信託目的に関する同意を忘れずに得るようにしましょう。
6-4.信託監督人・受益者代理人
信託監督人とは、受益者のために信託事務が問題なく遂行されているか監督する人物です。家族信託は身内で取り決める契約であるため、外部からは内容が把握しにくいというデメリットがあります。
また、受益者代理人は、裁判上でも裁判外でも、受益者の行為の権限を代行できます。これは、認知症や深刻な知的障害で自分の権利を行使できない受益者のために特に役立ちます。受益者代理人は、受託者の監視役としてだけでなく、状況に応じて受託者の解任など、受益者の権限を代行することが可能です。
第三者の視点で改めて状況をチェックしてもらう機会をもつことは、財産を正しく管理するための助けとなるでしょう。
7.家族信託の手続きの流れ
家族信託に関する基本的な知識を得られたところで、手続きの流れをおさらいしておきましょう。
- 家族間で家族信託について話し合う
- 信託契約の内容を決める
- 家族信託の契約書を作成する
- 信託専用の口座を開設する
- 信託登記をおこなう
- 家族信託管理・運用を開始する
各プロセスで気を付けたいポイントについても解説します。
7-1.家族間で家族信託について話し合う
身近な家族で準備する家族信託だからこそ、わだかまりのないようにしっかりと話し合い、内容に関して納得してから進める必要があります。とくに受託者ばかりにメリットが偏ってしまうと、親族間のトラブルにつながりかねません。
最初の段階で疑問点を解決して進めることで、その後の財産管理をスムーズにおこなえます。
7-2.信託契約の内容を決める
家族信託の内容について話がまとまったら、次は信託契約の契約に移ります。家族信託は内容を自由に設計できますが、主に記しておきたい内容は以下のとおりです。
- 信託財産の範囲
- 信託の目的
- 財産の管理方法および処分権限の範囲
- 受託者
- 受益者
- 信託の終了事由
契約書自体は自分たちだけで作成することも可能ですが、正しい知識が欠けていると後々トラブルの元となりかねません。信託契約書の作成は、知識豊富な専門家に任せたほうが間違いなく手続きをスムーズに進められます。
7-3.家族信託の契約書を作成する
信託契約書はパソコンで作成することもできますが、先のトラブル回避を見据えて契約書を公正証書にしておいたほうが安全です。公正証書とは、検察官や裁判官、法務局長などの法律専門家によって作成された公文書です。
家族信託の利用に際して必ずしも契約書を公正証書にする必要はありません。しかし、長期にわたる契約期間で万が一の事態に備えるためには、契約違反行為を指摘できるようにしておくと安心です。
家族信託の契約書を公正証書にする流れは次のとおりです。
- 公証役場への面談予約
- 公証役場で公証人との面談する
- 公正証書の作成日を決定
- 公証役場で公正証書を作成
- 公正証書の正本・謄本の受け取り
7-4.信託専用の口座を開設する
家族信託を利用する際に、受託者は自身の財産とは別に信託財産を管理する必要があります。信託財産を管理するために、金銭管理用の口座を開設しましょう。
信託口口座を開設できる銀行は限られているため、事前にどの銀行を利用するか調査しておくと安心です。口座では預金の運用のほか、不動産の賃貸収入などで得た利益を管理します。
7-5.信託登記をおこなう
不動産が信託財産に含まれている場合は、名義人を委託者から受託者に変更する登記をしなければなりません。信託登記は法務局で手続き可能です。
自分たちだけで手配するのも可能ですが、書類が多く手続きが複雑になる可能性があります。登記手続きに不安がある場合は、確実に登記を進めるために専門家である行政書士に依頼をするのも手です。
7-6.家族信託管理・運用を開始する
家族信託の一連の手続きが終了したら、実際に信託財産の管理・運用の開始します。また、受託者には信託財産の管理をはじめとするいくつかの義務が生じるため、しっかりと法に則った対処を取る必要があります。
家族信託の手続きに関しては、以下の記事で詳しく解説しています。
8.家族信託の費用
家族信託にかかる費用として以下が挙げられます。
- 信託契約を公正証書化するための費用
- 不動産の信託登記にかかる登録免許税
- 家族信託を専門家に依頼した場合の報酬
- 家族信託に関係する税金
家族信託契約の公正証書を作成する費用の相場は3.3〜10万円です。また信託財産に不動産が含まれている場合には、不動産の所有権移転登記の申請時に法務局に登記免許税を納める必要があります。登録免許税は、原則、固定資産評価額の0.4%です。
家族信託の契約書を作成するのは簡単ではありません。家族信託を専門家へ依頼する場合には、専門家に報酬を支払う必要があります。コンサルティング報酬(信託財産評価の1.1%程度)、信託契約書作成報酬(11〜16.5万円)、信託登記報酬(11〜16.5万円)が、専門家に支払う報酬の相場と言われています。
登録免許税以外にも、家族信託の手続きに関わる税金がかかるケースがあります。財産管理を託す委託者と受益者を同一人とした場合の自益信託の場合、自分のための財産の利用にあたるので、贈与税はかかりません。もし、委託者以外の第三者が受益者となる他益信託の場合、信託財産の評価額に対して贈与税が課税されるので注意が必要です。
なお、家族信託の手続きにかかる費用や報酬については、次の記事が参考になりますので、確認してみてください。
9.家族信託を利用する際の6つの注意点
家族信託はルールを守って活用することで、信託財産の適切な保護・管理が可能になります。ただし、家族信託は比較的新しい制度であり、万全な制度とはいえない点には注意しましょう。
次の3つの注意点を事前に知っておけば、より慎重に家族信託の検討ができます。
- 成年後見制度の利用もセットで検討する
- 受託者の負担や責任が大きいことを理解しておく
- 一部の財産は家族信託できない
- 他益信託(みなし贈与税)扱いにならないようにする
- 金融機関の家族信託に関する対応が統一されていない
- 家族信託の初期費用が成年後見制度よりも高い
9-1.任意後見制度・遺言の利用もセットで検討する
認知症対策を目的に家族信託を活用したいと考えているケースでは、任意後見制度や遺言を併用することも検討しておきましょう。家族信託だけでは、入居契約等を代理するための身上監護権が含まれていません。
意思決定能力が低下してしまった親の代わりに、不動産を退去したり施設を契約することが認められないため、身の回りの世話が必要な場合は成年後見制度が欠かせません。また、家族信託で相続を定めた財産以外は結局遺産分割協議が必要となるため、遺言もセットで準備しておくとスムーズです。
9-2.受託者の負担や責任が大きいことを理解しておく
家族信託では受託者の名義で財産が管理されるため、一見メリットが大きいように思われますが、実際には果たすべき義務が多くあります。受託者がこなさなければならない負担や責任が大きいことを、他の家族も理解しておくとよいでしょう。
受託者が果たすべき義務の一例は、以下のとおりです。
受託者の負担と手続きの増加
受託者は信託財産の管理が求められ、成年後見制度ほど煩雑とはなりませんが、それでも財産管理業務などの負担を負います。信託帳簿、信託事務処理関連の書類、信託財産状況に関する文書など、様々な書類の作成・保管が必要です。受益者に対する年に一度の財産状況の報告や、3万円を超える収益があった場合の税務申告などが発生します。
受託者の責任
家族信託における受託者の役割は、単に財産を管理するだけでなく、第三者に対する損害の賠償責任や、財産で賄い切れない債務に対して個人財産を使って支払う義務など、無限責任を負います。言い換えれば、受託者はその財産に関して連帯保証人のような役割を持ちます。そのため、信託財産の運用や管理に関しては、高い責任感と注意が求められます。
9-3.一部の財産は家族信託できない
家族信託できる財産には金銭や不動産、有価証券などが挙げられますが、一方で預金財産や農地などは対象となりません。全ての財産を家族信託で取り扱おうとしている場合には、注意が必要です。
家族信託では取り扱える財産には一定の制約が存在します。成年後見制度では成年後見人が代理人として全財産を管理できますが、家族信託出は以下の財産を信託財産とすることができません。以下では、信託の際の注意点やその対応策を説明します。
預金口座
信託契約書に預金口座の番号を記載するだけでは、その口座を信託財産として指定することは困難です。預金口座の譲渡は基本的に許されていないため、名義変更も許可されていません。
そこで、信託することを望む金額を信託契約書で特定します。信託契約後に、委託者(親)の預金口座から引き出し、新たに受託者名義で開設した口座に移転させることで、金銭を管理できます。
年金
年金は受給者専有の権利であるため、直接受託者名義の信託用口座への指定は行えません。そのため、直接年金を管理することはできません。年金が振り込まれた後の金額を、受託者の口座に転送し、これを新たな信託資産(追加信託財産)として取り扱うことができます。
農地および借地権(土地の借地権)
農地の信託は、農業委員会の許可や届出が欠かせない一方、借地権に関しては土地の所有者からの承諾必要です。信託を行う前に、専門家との協議を経て、必要な手続きや許可を取得することが推奨されます。具体的には、農地を住宅地として活用する予定の場合は農業委員会への手続きや、借地権がある土地の所有者に対して信託の目的を伝え、承諾を取り付けることが必要です。
誤って信託できない財産を設定してしまうと、財産が正しく保護されないなどの事態が予測されます。対象となる財産の線引きが難しい場合は、専門家の助けを借りるのもよいでしょう。
9-4.他益信託(みなし贈与税)扱いにならないようにする
家族信託の多くは「委託者=受益者」の形態である「自益信託」ですが、「他益信託」、つまり委託者と受益者が異なる場合、贈与税の問題が生じる可能性があります。
信託財産から得られる利益が、委託者から別の受益者への贈与とみなされるからです。よく間違えるケースとしては、父を委託者とし、父の信託財産で母の生活費を給付したいという事例です。このようなケースの場合、父を委託者、父母を受益者とする信託契約が散見されます。
しかし、委託者が父、受益者が父母となっているため、母の受益者部分が他益信託となり贈与税が課税されてしまうのです。
また、初めは自益信託で始めた家族信託でも、後に信託財産の受益権を委託者外の者に移す契約を結ぶと、この新しい受益者に対して贈与税がかかる場合が考えられます。
贈与税は相続税に比べて税率が高く、控除の基準も厳しいので、税金の発生を適切に回避することが推奨されます。
このような理由から、家族信託の設立時には専門家の意見を求め、税金の問題もしっかりと検討することが求められます。
9-5. 金融機関の家族信託に関する対応が統一されていない
金融機関によって、家族信託の取り扱いは異なります。認知症による資産凍結対策として家族信託を設定したのに、一部の金融機関では信託された資金の管理口座の開設が難しい、あるいは融資などの特定のサービスを受けられない問題が生じることがあります。
受託者の居住地において、家族信託に対応している金融機関の有無を事前に確かめることが大切です。家族信託に熟知している専門家の紹介を受けるのも一つのアプローチ方法です。
家族信託と金融機関との関係性に関しての詳細は、以下のリンク先の記事で具体的に説明されています。興味のある方はこちらをご参照ください。
9-6. 家族信託の初期費用が成年後見制度よりも高い
家族信託を利用する際の初期費用が、成年後見制度と比較して高額となります。
特に、家族信託のアドバイスや登記の手続きを専門家にお願いすると、その費用が大きくなります。公証役場の手数料を含めると、信託財産の価格によっては数十万円~100万円を越えることも発生します。一方で、成年後見制度では、専門家が成年後見人が就任する場合に発生する年間で数十万円の報酬が家族信託にはない点が家族信託のメリットです。ただ、家族信託の初期費用は避けられません。
実のところ、専門家を介さずに手続きをすべて自分で行う方法もあります。しかし、信託法や相続税法、契約法などの多岐にわたる法律を踏まえての契約書作成や家族への説明、登記の手続きを通常の生活の中で進行させるのは難易度が高いでしょう。
費用が高いと感じるかもしれませんが、司法書士や行政書士との相談が多くの人には選ばれています。費用の詳細については、以下の記事で詳しく紹介していますので、併せてご参照ください。
10.認知症による資産凍結対策:家族信託以外の選択肢は?
家族信託は認知症による資産凍結対策の有力な方法として注目されていますが、それだけが唯一の方法ではありません。実際、家族信託には多くのメリットが存在する一方で、デメリットもあるため慎重に検討する必要があります。
家族の状況や考えによって、異なる制度やサービスが更に適切な場合も考えられます。それらの選択肢を把握し、家族信託との比較を行いながら最良の決断を下すことが大切です。
主な認知症対策としては、以下のオプションが挙げられます。
- 任意後見制度
- 代理人カード
- 生前贈与
- 金融機関などの家族信託サービス
- 成年後見制度
では、それぞれについて詳しく解説していきます。
10-1. 任意後見制度
任意後見制度は、認知症などのリスクを未然に防ぐために考慮すべき方法の一つです。この制度では、本人が元気なときに、将来、後見人になってもらいたい任意後見受任者との間で、やってもらいたいことを「任意後見契約」として事前に決定します。
この契約に基づき、将来的に認知症等で判断力が低下するなどして、独自の資産管理や契約の締結が難しくなった場合、家庭裁判所から任意後見監督人が選任され、任意後見人が本人の代わりに行動することが認められます。
家族信託では対応ができない、医療や介護に関わる契約の代行(身上監護)も、任意後見人は行うことができます。
法定後見制度との主な違いとして、任意後見制度では、知らない専門家が後見人に選ばれることはなく、任意後見業務の内容も柔軟に調整できます。ただし、任意後見監督人への報告や任意後見監督人への報酬支払いの義務など、負担が増す面もあるため、この制度を利用する際は慎重な検討が求められます。
10-2.代理人カード
金融機関が提供する代理人カードは、カードの持ち主が指名する代理人に、ATMなど特定の金融取引ができるサービスです。認知症のリスクが懸念される高齢の家族の預貯金管理には特に便利で、このカードを利用することで、日常の小さな取引や家計の管理をスムーズに進めることができます。暗証番号を忘れてしまった場合でも、代理人が代わりに操作することが可能となるのも魅力の一つです。
しかし、この代理人カードには明確な利点だけでなく、いくつかの注意点や欠点も存在します。例えば、代理人が口座の残高や取引の詳細を知ることになる点や、複数の金融機関で利用する場合には、それぞれで手続きが必要となるといった点があります。
特任認知症の進行に伴い、代理人カードの使用が制限される可能性もあるため、その点を考慮が必要があります。
10-3.生前贈与
生前贈与とは、本人が元気な間に自分の資産を他者に無償で移転することを指します。
財産管理対策としては、親が子供や孫に生前贈与により資産の一部を移し、贈与された財産から、親の日常の出費や介護の費用などに充てるという方法を利用できます。元気な時に財産が子などに移っていれば、親の認知症の状況にかかわらず、贈与された財産を子などの判断で利用できるようになります。
生前贈与には非課税枠があり、一年間の贈与額が110万円を下回る場合、受取人は贈与税の対象とならず、非課税で財産を受け取ることができます。
しかし、この制度を利用する際には注意が必要です。相続が開始される前の7年間に受け取った相続人への贈与額のうち、3年以内の財産が相続税課税対象となります。2023年度の税制改正により、3年から7年へと持ち戻し期間が延長される予定です。
さらに、贈与が受取人の結婚や生活支援を目的として行われた場合、それは「特別受益」として扱われ、相続時には相続分から控除される可能性が出てきます。このため、生前贈与を認知症による資産凍結対策の方法として単純に活用するのは慎重にすべきです。専門家と相談しながらすすめていきましょう。
10-4.金融機関などの家族信託サービス
信託契約にもとづく家族信託のほかに、銀行が取り扱う家族信託のサービスもあります。このサービスは、委託者が自身の財産を銀行に預け、委託者が亡くなると受託者である銀行が受取人である家族に対して金銭を支払うというものです。
銀行が取り扱う家族信託サービスのメリットとして、家族が亡くなった委託者のお金を相続後にすぐ受け取れることが挙げられます。
一方、家族信託と名前がついていても、金融機関が受託者として金銭を管理するサービスに過ぎません。家族信託のように委託者が不動産や事業の承継、二次相続などを指定できるような自由度のある相続方法ではないことが、銀行の家族信託サービスのデメリットとしてあげられます。
なお、銀行が取り扱う家族信託のサービスについては次の記事が参考になりますので、確認してみてください。
10-5.成年後見制度
認知症の進行やその他の要因で意思能力が低下すると、個人の資産管理や契約行為は難しくなります。特に、家族信託や関連する契約は、本人の判断能力が求められるものであり、判断能力が低下した後にこれらの手段を採ることはできません。このような状況において資産を管理する唯一の方法として「成年後見制度」が挙げられます。
具体的には、「法定後見」と呼ばれる成年後見制度が存在します。これは、意思能力の低下した人の支援を目的とした制度で、家庭裁判所において後見人の指定が行われるものです。家庭裁判所から選任された後見人は、本人の最善の利益を追求しながら、資産の管理や契約を代行します。
ただし、この制度には特有の制約も多いです。例えば、相続税対策としての財産の移転や不動産の購入は、成年後見制度を利用している間は許可されません。また、本人の不動産の売却など、大きな金額の取引には家庭裁判所の許可が求められるため、迅速な行動が制約されることも考慮されるべき点です。
さらに、専門家が成年後見人として選任された場合、その報酬の支払いが必要となります。そのため、事前に適切な対策を講じることが、将来的な資産の安全確保のためには必須となります。
成年後見制度は、資産の凍結を避けるための最後の手段として存在しますが、その活用を考
慮する前に、早期の対策と計画を進めていくべきです。
11.家族信託の相談先は?
家族信託を当事者だけで進めることも不可能ではありません。しっかりと事前調査をおこなえば、効力のある家族信託を設定できるでしょう。
しかし、正しく家族信託契約が結べていないと、いざというときになってトラブルが発生してしまう恐れがあります。家族信託の相談先としては、弁護士や司法書士などの士業または金融機関などが挙げられます。
とくに、家族信託を取り扱った経験のある専門家に任せると安心です。
12.家族信託を司法書士や行政書士に相談するメリット
ここまでご紹介したとおり、家族信託には知っておきたいポイントや注意点が数多くあります。当事者だけでそれらを完全に理解するのは、容易ではないかもしれません。
そこでノウハウを持った司法書士や行政書士に相談すれば、次のようなメリットを得られます。
- 信託内容について疑問を解決できる
- 契約書作成の支援をしてもらえる
- 遺留分の損害について知識を深められる
- トラブル時のサポートが期待できる
家族信託の内容をどのように設定するかは、財産を保護する目的やその範囲によって大きく異なります。家族ごとにケースが異なるため、事例を参考にしようとしても難しい可能性があるでしょう。
そのようなときに司法書士や行政書士に相談することで、自分たちに合った進め方のアドバイスをしてもらえます。信託内容について気になった点もその都度解決できるため、安心して進められるでしょう。
また、契約書の適法性や正当性、整合性を素人がチェックするのはなかなか大変です。弁護士や行政書士は法のエキスパートとして、契約書作成のサポートをしてくれます。
家族信託を利用する際に気を付けたいのが、遺留分の侵害です。正しい判断ができないと、せっかく家族信託を活用しても遺留分の侵害にまつわるトラブルに巻き込まれてしまう恐れがあります。
自己判断で進めてしまうのではなく、司法書士や行政書士の力を借りて、的確に進めるのも手です。最後に、これから先のトラブルに備える点でも専門家に相談するメリットがあります。
家族信託は締結してからも、長く継続するものです。そのなかで起こりうるトラブルにおいても、司法書士や行政書士の助言でスムーズに解決できる可能性があります。
なお、弊社司法書士・行政書士事務所リーガルエステートでは、これから親の認知症に備えて家族信託を検討している方へ、家族信託のメリットやデメリット、注意点を踏まえて今後どのように家族信託を活用して財産管理の仕組みをつくればいいのか無料相談をさせていただいております。どのような対策が今ならできるのかアドバイスと手続きのサポートをさせていただきますので、お気軽にお問合せください。
13.まとめ
今回は、家族信託のメリットやデメリット、手続きや費用、活用例など家族信託の概要について解説しました。内容をまとめてみましょう。
- 家族信託とは、委託者が自身の財産管理を受託者に託し、設定した信託の目的にしたがって財産を受益者のために管理する制度である
- 家族信託は成年後見制度と比べて、柔軟に財産の管理・運用方法を設計できる反面、本人の身上保護には使えない、本人が認知症になったあとでは信託契約を結べないというデメリットがある
- 親族間で争いがある場合や受託者を任せられるような信頼できる親族がいない場合、すでに生前贈与を済ませている場合などでは、家族信託を結ぶ必要はない
- 認知症による資産凍結の回避や孫世代まで相続の仕方を指定したい場合、障がいのある子の生活を保障したい場合などが、家族信託の活用例として挙げられる
- 家族信託を始めるためには、決定した信託契約の内容にもとづいて信託契約書の作成や信託口口座の開設、信託財産の名義変更等を行う必要がある
- 家族信託にかかる費用として信託契約の公正証書化や専門家への報酬のほか、信託登記にかかる登録免許税など家族信託に関する税金が挙げられる
- 家族信託に関連したサービスを銀行が提供しているが、信託契約にもとづく家族信託とは仕組みが異なるので注意
家族信託は、本人が認知症になって資産凍結になるリスクを回避するための制度です。家族信託には、自身の財産をどのような仕組みで家族に承継させるかを自由に決めることができる反面、自身の身上保護などには使えないことや、認知症になってからでは信託契約を結べないというデメリットもあります。
また、信頼の高い信託契約書を作成するためには、司法書士など専門家のサポートが不可欠です。家族間でトラブルに発展しないよう、まずは専門家に相談してみてはいかがでしょうか。