家族信託を始めるには「信託契約書」の作成が必要です。「資格が必要なのでは?」と心配される方も多いですが、自分の家族のために作成する場合は、特別な資格は必要ありません。
ただし、契約書の条項を一から考えるのは専門家でも簡単ではありません。そこで、基本的なひな形を参考に作成する方法をご紹介します。
記事のポイントは下記のとおりです。
- 信託契約書作成の前に、下記の6つの項目を家族で話し合いましょう。
①目的、②信託財産の追加、③受託者の権限、④当事者、⑤終了時期、⑥帰属先 - 雛形を使って契約書を作成するのも1つの方法。雛形は個別事例での契約書であるため、実際の作成では家族ごとの状況によって契約書のアレンジが必要。
- 下記のような方は、信託契約書の組成を専門家に任せることをお勧めします。
①相続税のかかる方、②収益物件のある方、③不動産売却を予定している方、④銀行からの融資を検討している方、⑤家族間の調整がまとまらない方
この記事では、家族信託契約書の作り方のポイントと、専門家に相談すべきケースを解説します。契約書のひな形もご用意していますので、ぜひ参考にしてください。
目次
1.家族信託契約書作成前の準備と心構え
親の認知症に備えた財産管理でお悩みではありませんか?家族信託は、そんなご家族の不安を解決する方法の一つです。
1-1.家族信託とは
家族信託は、親が認知症になったり判断能力が低下しても、子供が親の財産を適切に管理・運用できる制度です。最大の特徴は、各家族の状況やニーズに合わせて柔軟に設計できること。そのため、年々利用者が増加しています。
1-2.契約書作成前の心構え
家族信託契約書を作成する前に、以下の3つの心構えが大切です。
家族での十分な話し合い
家族信託を始める前に、まず家族全員での話し合いが不可欠です。誰が財産を管理するのか、どんな場面で財産を使うのか、将来どのように運用していくのかなど、具体的なイメージを家族で共有しましょう。
特に認知症対策として始める場合は、本人の意思を尊重しながら、将来の生活設計について十分に話し合うことが大切です。
長期的な視点での検討
家族信託は、短いもので1-2年、長いものでは10年以上続く長期の取り決めです。その間に、家族の状況や社会情勢が大きく変化する可能性があります。例えば、管理者として指定した家族の転勤や病気、不動産価値の変動、税制改正など、様々な変化が起こりえます。
そのため、将来起こりうる変化を想定しながら、柔軟に対応できる仕組みを考えることが重要です。特に不動産の管理や売却、新たな投資を検討する場合は、より慎重な計画が必要になります。
継続的な管理の準備
家族信託を始めたら、その後の継続的な管理が重要になります。契約書の内容通りに財産管理ができているか法務面での確認に加えて、信託財産に関する税金の申告手続き、さらに信託口座の入出金管理など、様々な実務もあるので事前の心構えが必要でしょう。
家族信託を始めるには何が必要?
「どこから始めればいいのか分からない」「家族との話し合いの進め方が不安?」といった疑問にお答えします。
2.家族信託契約書の6つの必須事項
家族信託契約書の作成には、6つの重要な検討事項があります。これらの項目は、将来の財産管理や相続を見据えて、慎重に決定する必要があります。
「目的」「信託財産」「受託者の権限」「関係者の選定」「信託期間」「終了時の帰属先」の6項目について、ご家族でしっかりと話し合いながら家族信託を進めていきましょう。
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❶ 家族信託の目的
家族信託を利用しようと考えるとき、「誰に任せるか」「どの財産を任せるのか」ということが先行して考えられますが、実際は「何のために行うのか」が非常に重要です。
主な目的として、認知症対策、生前の財産管理対策、遺産分割対策、共有財産対策、数次相続対策の5つがあります。
多くの場合、認知症になった際の不動産売却や預貯金管理のために活用されますが、これらの目的は組み合わせることも可能です。例えば、認知症対策として始めても、不動産が共有名義だと分かり、共有財産対策も同時に行うケースもあります。
目的によって契約内容が大きく変わるため、家族で十分に話し合って決めることが重要です。
❷ 信託財産
信託財産とは、家族信託契約で管理・運用する対象となる財産のことです。委託者の財産は「信託財産」と「その他の財産」に分かれ、受託者は信託財産のみを管理できます。
不動産や預貯金、有価証券など、様々な財産を信託することが可能です。特に不動産を信託する場合は、固定資産税や修繕費用などの管理費用も考慮が必要です。そのため、不動産だけでなく、その管理に必要な金銭も合わせて信託財産とすることが推奨されます。
一方で、信託財産として指定されていない「その他の財産」は、民法の一般原則に従うため、受託者は管理することができないという点です。その他の財産の管理が必要な場合は、任意後見制度の利用や遺言書の作成、生命保険の活用など、別途対策を検討する必要があります。
❸ 家族信託で何をするのか(受託者の権限)
受託者の権限は、家族信託の目的に応じて具体的に定める必要があります。不動産については、管理修繕、賃貸、売買、建替え、測量・分筆、担保設定などの権限を設定できます。金銭については、生活費の支払い、施設費用の支払い、ローンの返済などが含まれます。
ただし、これらの権限には大きな責任が伴います。家族とはいえ、他人の財産を管理することになるため、権限の範囲は慎重に検討する必要があります。必要な権限を過不足なく設定することが、円滑な信託運営のポイントとなります。
❹ 家族信託の関係者の選定
家族信託の主な関係者は、財産を託す「委託者」、財産を管理する「受託者」、利益を受ける「受益者」の3者です。特に受託者は重要な役割を担うため、信頼できる人物を選ぶ必要があります。
また、受益者の利益を保護するために、信託監督人や受益者代理人を置くことも検討します。これらの人選は、家族構成や目的、信託期間などを考慮して慎重に行う必要があります。適切な人選が、家族信託の成功を左右する重要な要素となります。
➎ 家族信託期間の設定
信託期間は、家族信託の重要な要素の一つです。一般的には「委託者の死亡まで」とすることが多いですが、状況に応じて柔軟に設定できます。例えば、認知症の母親のために父親と子供で信託を設定する場合、「父親及び母親の死亡まで」とすることも可能です。
ただし、あまりに長期の信託期間を設定すると、家族状況の変化や社会情勢の変化に対応できなくなる可能性があります。将来の変化も考慮に入れ、適切な期間を設定することが重要です。
❻ 財産の帰属先
信託終了時の財産の帰属先は、将来の相続を見据えて慎重に決める必要があります。信託財産は契約書で指定した帰属権利者のものとなりますが、その他の財産との公平な分配も考慮が必要です。
特に相続人が複数いる場合は、信託財産とその他の財産の配分バランスを考えることで、将来の争いを防ぐことができます。相続を見据えた家族信託の設計は専門的な知識が必要なため、専門家への相談をお勧めします。
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3.家族信託契約書の具体的な作成手順
3-1.事例:認知症対策として金銭と自宅を管理したい
今回は、下記のようなご家族を例にして家族信託契約書の書き方を解説していきます。
自宅を所有している父朗さん(父・87歳)は、妻を亡くしており、子供が二人います。長男の一朗さん(長男・64歳)と長女の花子さん(長女・60歳)です。
父朗さんは、最近物忘れが多くなってきたので、この先きちんと財産を管理していけるか不安に感じています。自分の財産管理は、長男の一朗さんに任せたいと考えています。
また、父朗さんは、5年前くらいに、長男の一朗さんに対して、一朗さんの自宅を建てるための資金を提供しました。そのため、自分が亡き後は、自分の自宅と預貯金は花子さんへ残したいと考えています。一朗さんと花子さんも、この点については納得済みです。
3‐2.6つの必須事項を話し合ってみると…
佐藤父朗家では、ご家族で話し合った結果、以下の通りに必須事項を考えました。
①家族信託の目的
「父朗さんの認知症対策」「生前の財産対策」「遺産分割対策」
②信託財産
信託財産には「自宅と金銭500万円」を入れ、それ以外の金銭については父朗さんが管理するようにしました。
③家族信託を使って何をするのか(受託者の権限)
自宅については家族で話し合った結果、認知症になった場合も一朗さんが父朗さんの面倒を見るということで「自宅の管理及び日々の金銭管理を任せる」という記載になりました。
④家族信託の当事者を決める
管理を息子に任せ、息子がもし何らかの要因で父朗さんより先に亡くなったりした場合に管理する人がいなくなったら困るということで、妹の花子さんが受託者の後継となる契約を結ぶことになりました。
⑤いつまで家族信託を続けるのかを決める
ご本人の希望を考慮して「父朗さん他界時」及び「父朗さんと一朗さんが話し合って終わると決めた時」と設定しました。
⑥信託が終了した時の財産の帰属先を決める
父朗さんは自分が持つ自宅や預貯金は花子さんに渡したいと考えているため、「全ての信託財産を花子さんに承継させる」と表記しました。それ以外の財産については別途定める必要がありますが、長男である一朗さんに渡したいという意向があります。
3-3.実際に家族信託を作ってみると、こうなる
検討事項の結果を踏まえると、下記のような信託組成図となります。
【信託の組成】
委託者:父朗
受託者:一朗、後継受託者:花子
信託財産:自宅、現金500万
信託の終了事由:父の死亡
信託財産の承継先:花子さん(花子さんが先に死亡した場合の予備:一朗さん)
4.【ダウンロード可能】信託契約書ひな形をもとに解説
それでは、信託契約書案を作成してみましょう。今回のケースを信託契約書案にした場合は下記のとおりです。末尾に契約書のダウンロードURLを記載しておきますので、じっくり確認したい方はURLよりダウンロードしてみてください。
ここまで、信託契約書案の作成方法についてお伝えしてきました。この後、公証役場で契約書を公正証書化する、不動産の名義変更を行うなど各種手続きを行っていく必要があります。詳細は下記の記事で詳しく解説していますので、確認してみてください。
信託契約書をWordでダウンロードしたい人はこちらから
5.家族信託の自己作成のリスクと対策
ここまで、基本的な信託契約書の作成方法について解説してきました。
「何となく分かった気はするけれど、実際のところ、本当に自分で作成して大丈夫なの?」「自分で作成して、将来揉めたりすることはないの?」そんなふうに不安に思われる方もいらっしゃるでしょう。ここから自分で作るリスクについて解説をしていきます。
5‐1.本来支払う必要がない贈与税が課税されてしまう
みなし贈与が発生するかも
家族信託は、その信託法上、財産管理を託す委託者と、信託契約により権利を取得する受益者を同一人に設定します。
例えば、父親の財産管理を子に任せるケースの場合、「委託者(父)=受益者(父)」という形で契約書を作成するのです。
受益者は、家族信託で信託した財産に関する権利をもっています。そのため、信託財産である金銭を活用して受託者から「生活費の支出」「施設費用の支払い」「信託財産である自宅の利用」「アパートなどの収益物件から発生する家賃」などの信託財産から生じる利益を受けることができます。利益を受ける人は変わらないので、贈与税などの税務の負担はありません。
しかし、もし、「委託者(父)≠受益者(父)」の場合。
例えば、生前から障害のある妻のために子に財産管理を託すケースが挙げられるでしょう。
この場合、財産の利益を受ける人が所有者から母に移行しています。ですから、受益権の価格(信託財産の価格)に対して贈与税が課税されることになるのです。
例えば、自宅(3000万円)と金銭(3000万円)を信託財産として場合には、6000万円を贈与したものとみなされ贈与税(要件によって異なりますが、2500万円~2900万円)が課税されることになるのです。
上記のようなケースだと、受益者を安易に委託者以外の第三者に設定してしまいがちです。その場合は、税務上みなし贈与とならないような仕組みづくりが必要なのです。
損益通算ができないので、支払う税金が増える
たとえば、自営業の事業主が事業とは別に不動産から所得を得ている場合、確定申告の際に自営業による事業所得と不動産所得とを合算して所得を計上できます。不動産所得で赤字が計上されている場合には事業所得の黒字と合算することができ、結果的に所得が低くなり支払う所得税も少なくなります。
これが損益通算です。
ただし、不動産を信託した場合。
その受益者は、租税特別措置法41条の4の2により不動産所得で赤字が計上されていても、所得税の計算では赤字はなかったものとみなされます。このため信託財産以外に所得がある場合に、その所得と信託不動産の損益通算はできませんし、純損失の繰越控除もできません。
このことは、信託契約を複数作成し、信託契約ごとに不動産を分けている場合も同様です。
そのため、家族信託をしても税務上不利益がないかをきちんと検証する必要があります。
5‐2.信託口口座をつくってもらえない
家族信託において、契約書作成と同時に託された金銭を管理するための「口座の準備」が必要です。信託契約をしても、親(委託者)個人のままの預貯金口座では、管理をすることができません。信託契約で通帳番号を特定してもあくまで名義人は委託者のままですから、委託者本人以外の手続きができないのです。
ですから、家族信託契約後に、金銭を管理するために「受託者名義の信託金銭管理用口座」を開設しておく必要があります。
しかし、ここで注意すべき点は、信託用管理口座(信託口口座)開設にあたって、金融機関独自の事前の審査があることです。契約書をチェックして、法的に問題ないか銀行側のチェックがあります。
ですから、突然窓口に行って口座を作ってほしいと言っても対応してもらえない可能性があるのです。また、金融機関によっては、司法書士などの専門家が作成に関与した信託契約書でなければ受け付けてくれないというところもあります。
家族信託での金銭の管理口座については、別の記事で詳しく解説していますので参考にしてみてください。
5‐3.ひとつの条項がないだけで、不動産の売却や処分ができない
信託財産である不動産を売却する際は、信託契約書と不動産の登記簿に書かれている内容がチェックされます。不動産を信託する場合は、信託契約書の記載にもとづいて、法務局で信託登記を行います。
信託契約書及び信託登記簿のなかで、不動産の売却に必要な権限が記載されていないと実際に書類を提示しても売却ができません。不動産を売却するとなると、売買契約を行うだけでなく、土地の測量や古屋の解体など売買に伴う様々な手続きが必要です。そして、信託契約で定めた内容に従い、不動産の信託登記に必要な事項を取捨選択して法務局で登記手続きを行う必要があります。
将来行われることを想定して具体的な権限を下記のような形で信託契約書及び登記簿に記載する必要があります。
受託者は、信託の目的に照らして相当と認めるときは、信託不動産を換価処分し、又は新たな土地・建物の購入、開発、建設、建替え、解体、土地の境界確定作業等を行うことができる。
なお、弊社司法書士・行政書士事務所リーガルエステートでは、これから親の認知症で家族信託を検討している方、家族信託契約書を作成していきたいと考えている方へ、今後どのように家族信託を活用して財産管理の仕組みをつくればいいのか、無料相談をさせていただいております。どのような対策が今ならできるのかアドバイスと手続きのサポートをさせていただきますので、お気軽にお問合せください。
実際の契約書の内容を見ていただくとわかるとおり、信託契約書を作成するにあたっては、法律面の他、税務面も注意しながら作成をする必要があり、高度な法的知識と税務知識が求められます。契約書作成自体は誰にでも作成できるのですが、法的・税務的な考慮が足りないと、契約書作成後に思わぬトラブルが発生する危険性があります。
6.専門家に信託契約書を依頼すべきケース
専門家の立場から申し上げると、下記のような方は、信託契約書の作成に高度な法的テクニックが必要となるため、専門家へご相談することをお勧めします。
① 相続税がかかるくらいの財産をお持ちの方
理由)財産の分配方法や債務控除の問題等も検討する必要があるため
② 収益物件、担保付不動産を信託財産としようとしている方
理由)第三者(賃貸会社や金融機関)に影響があるため
③ 将来不動産の売却を予定している方
理由)将来、受託者の権限で確実に売却できるような契約構成とする必要があるため
④ 将来の融資を検討している方
理由)金融機関と事前に慎重な調整をする必要があるため
⑤ 家族間で家族信託の内容を話し合った結果、ご家族間の意見調整がまとまらない方
理由)信託契約無効の申立てや遺留分侵害額請求権を行使される可能性があるため
7.専門家に依頼した場合の費用
上記の通り、司法書士に依頼するとなるといったい、どのくらいの費用がかかるのでしょうか。ご自身で契約書を作る場合でもかかる費用とかからない費用、それぞれで確認していきましょう。
自分で手続きをしてもかかる費用 | |
項 目 | 費用 (相場) |
信託契約書を公正証書化する際の費用 | 3.3~11万円 |
不動産の信託登記にかかる登録免許税 | 固定資産評価額の0.3~0.4% |
専門家への報酬 | |
項 目 | 報酬 (相場) |
コンサルティング報酬 | 信託財産評価の1.1%程度(最低33万円) |
信託契約書作成報酬 | 11~16.5万円 |
信託登記報酬 | 11~16.5万円 |
家族信託手続きの費用・報酬・相場について、詳しく知りたい方は以下の記事をチェックしてください。費用、報酬について、それぞれ詳しく解説しています。
8.まとめ
- 信託契約書作成の前に、下記の6つの項目を家族で話し合いましょう。
①目的、②信託財産の追加、③受託者の権限、④当事者、⑤終了時期、⑥帰属先 - 雛形を使って契約書を作成するのも1つの方法。雛形は個別事例での契約書であるため、実際の作成では家族ごとの状況によって契約書のアレンジが必要。
- 下記のような方は、信託契約書の組成を専門家に任せることをお勧めします。
①相続税のかかる方、②収益物件のある方、③不動産売却を予定している方、④銀行からの融資を検討している方、⑤家族間の調整がまとまらない方
家族信託と似た制度である成年後見や遺言と比べると、家族信託の歴史は浅く、実務が確立していない部分が多いです。正直なところ、私たち専門家も、新しい判例や通達、実務動向を追いながら、日々の業務に取り組んでいる状況です。
今回の記事でご紹介した雛形は、私たちの事務所でも活用しているものですが、依頼者の置かれた家族関係、資産構成によっても内容をカスタマイズしており、法務や税務実務の動向に基づき日々変更を加えています。大げさにいえば、2~3年後には、今回ご紹介した雛形も全く様変わりしていることも充分にありえます。
専門家に依頼をすれば、報酬を支払う必要がありますが、代わりに「安心」を買うことができます。みなさまのご家族の状況を鑑みつつ慎重にご検討ください。