認知症の親を介護施設に入所させる際、多くの家族が直面するのが費用の問題です。親の主な財産が自宅不動産のみという場合、「実家を売却して介護費用に充てよう」と考えるのは自然な発想です。
しかし、認知症により判断能力が低下した親の不動産を売却することは、法律上簡単ではありません。では、このような状況でどのように対応すべきなのでしょうか。
記事のポイントは以下のとおりです。
- 認知症発症後の不動産売買は法的に困難であり、早期の対策が不可欠です。
- 成年後見制度は有効な手段ですが、手続きの時間や柔軟性に課題があります。
- 認知症発症前の任意後見制度、生前贈与、家族信託などの対策が将来の不動産売買をスムーズにします。
- 認知症と不動産売買の問題は複雑であり、早めに専門家への相談が必要です。
本記事では、認知症の親の不動産売買を可能にする方法や利用できる制度、そして成年後見人選びの注意点について詳しく解説します。
目次
1.認知症になると不動産売買はできない
認知症の進行に伴い、法律上「不動産売買を判断する能力がない」と見なされる場合があります。これにより、介護費用や施設入居費用の捻出を目的とした実家や不動産の売却が困難になり、資金面で苦慮する事態に陥ることがあります。
不動産売買のプロセスは長期に及ぶため、契約開始時に判断能力があっても、契約完了時には認知症の進行により判断能力を失っていると判断され、最終的に売買が不可能になるケースも存在します。
不動産売買の際には、意思能力の確認が行われるのは、以下のタイミングです。
- 売買契約締結時: 不動産会社(宅地建物取引士)が確認
- 決済・引渡し時: 司法書士が確認
それぞれのタイミングで判断能力がないと判断された場合、不動産売買が難しくなります。
ただし、「認知症 = 不動産売買不可能」というわけではありません。認知症の症状は個人差が大きく、軽度の場合は売買が可能な場合もあります。そのため、早期の対応と専門家への相談が重要となります。
2.親が認知症でも不動産売却可能かの判断基準
親が認知症になった場合でも、不動産売却が可能かどうかを判断するには、以下の基準を考慮する必要があります。
2-1.親の認知症の程度
認知症の症状には個人差があり、その程度によって不動産売却の可能性が変わってきます。一般的に、司法書士または不動産会社によって以下の点が確認できれば、売却が可能と判断されることが多いです。
ただし、これらの判断は専門家によって行われる必要があります。
2-2.不動産の名義は誰のものか
親が認知症でも不動産売却が可能かどうかを判断する際、まず確認すべき重要な点は不動産の名義です。売却した不動産について、認知症になった方以外が所有しているものであれば、問題なく手続きを進めることができるからです。
実際の所有者を特定するために、登記簿謄本(登記事項証明書)で不動産の名義を確認できます。法務局で取得可能で、所有者の氏名・住所などの情報が記載されています。手数料は1通600円です。
3.家族が代理で不動産売買できる?
認知症の親が所有する不動産を家族が代理で売買することは、原則として不可能です。不動産の売却権限は所有者にのみ帰属するため、たとえ家族であっても、所有者の明確な同意なしに売却することはできません。
認知症が進行し、本人の意思能力が低下または喪失した場合、さらに複雑な状況となります。意思能力を欠いた状態では、本人が売却に同意する能力も失われているため、家族が本人の意思を推測して売却を進めることは法的に認められません。
このような状況下で不動産売買を行おうとすると、以下のような問題が生じる可能性があります。
- 売買契約が無効となるリスク
- 他の親族からの異議申し立て
- 法的トラブルや訴訟に発展する可能性
ご家族が代理で不動産売却を進めたい場合、事前に任意後見制度や家族信託を利用して対策を講じているか、認知症後でも成年後見制度の利用すれば売買を行うことができます。
4.認知症発症後の不動産売買は「成年後見」しかない
認知症を発症した親の不動産を売却するには、成年後見制度の利用が不可欠です。この制度は、判断能力が不十分な方の権利を守り、法律行為を支援するためのものです。
成年後見制度を通じて選任された成年後見人が、本人に代わって不動産売買の手続きを進めることができます。ただし、成年後見人の選任には家庭裁判所への申立てが必要で、審判を経て正式に選任されます。
成年後見人は、本人の財産管理と身上監護を行う権限を持ちますが、不動産売却には家庭裁判所の許可が必要となる場合があります。特に居住用不動産の売却には、原則として許可が必要です。
認知症発症後の不動産売買は通常の売買よりも時間と労力を要しますが、この方法によって本人の権利を守りつつ、必要な財産処分を行うことが可能となります。
成年後見制度のメリット・デメリット
成年後見制度は認知症発症後の不動産売買において重要な役割を果たしますが、この制度にはメリットとデメリットがあります。以下に主な点を挙げます。
成年後見制度を活用するメリット
成年後見制度を利用することで、意思能力がない、あるいは疑わしいとされる場合でも不動産売却が可能になります。また、原則として本人の利益につながる行為のみ可能なため、財産を守ることができます。
- 法的保護:本人の権利と財産を法的に保護し、不当な取引や搾取から守ることができます。
- 専門的管理:成年後見人が財産管理を行うことで、適切かつ専門的な資産運用が可能になります。
- 取引の安全性:成年後見人を通じた取引は法的に有効であり、取引の安全性が確保されます。
- 生活支援:財産管理だけでなく、本人の生活全般をサポートすることができます。
成年後見制度を活用するデメリット
成年後見制度を利用するには、家庭裁判所への申し立てが必要です。数週間から2カ月程度の日数がかかる点に注意しておきましょう。
また、家庭裁判所で成年後見制度の開始が決まったときには、原則として取り消せません。不動産の売却のためだけに成年後見人を立てるということはできないので注意が必要です。
- 手続きの複雑さ:申立てから成年後見人の選任まで、時間と労力がかかります。
- 費用負担:申立て費用、後見人への報酬など、一定の費用が発生します。
- 本人の自由制限:財産処分の自由が制限され、本人の意思が反映されにくくなる可能性があります。
- プライバシーの問題:財産状況が公開されるため、プライバシーが守られにくくなります。
- 柔軟性の欠如:一度選任されると、本人の判断能力が回復しても制度の解除が難しい場合があります。
成年後見人を選任した場合の注意点
認知症の親の不動産売買を行うために成年後見人を選任する場合、以下の点に注意が必要です。
1) 売却許可が得られない可能性がある
成年後見人や裁判所が売却を許可しない場合があります。特に居住用不動産の場合、「相応の理由」が必要となります。成年後見制度の目的は被後見人の財産を守ることであるため、単に不動産を現金化することは簡単には認められません。
不動産を売却してもその代金が入るので財産は減らないように思えますが、成年後見制度では異なる見方をします。不動産を流動性の高い現金に変えることは「財産を減らしやすい状態にする」と捉えられる傾向があります。
また、売却の必要性を判断する際、成年後見人や裁判所は「家族」の都合をほとんど考慮しません。これは家族にとって厳しい点となります。
売却が認められる「相応の理由」の例
・預貯金がほとんどなく、不動産売却しか介護費用を捻出する手段がない
・被後見人の生活や健康維持のために、より適した住環境への移転が必要
売却が認められにくい「相応の理由」の例
・空き家の管理が困難
・将来の相続トラブル防止のため
・手続きに時間がかかる
2) 手続きに時間がかかる
成年後見人の選任から実際に不動産売買契約を締結できるまでに、通常3〜6ヶ月程度の時間を要します。この期間中に不動産市場の状況が変化し、好条件での売却機会を逃す可能性があります。
3) 継続的に専門家への報酬支払がある
専門家(弁護士・司法書士など)が成年後見人に選任された場合、毎月の報酬支払いが必要となります。一般的に月額3〜5万円程度の費用が発生し、これは被後見人が亡くなるまで継続します。不動産売却後も成年後見人を解任することはできないため、長期的な費用負担を考慮する必要があります。
5.認知症発症前の不動産売却対策
認知症発症前に不動産売却の対策を講じることは非常に重要です。親が判断能力を有している間に適切な措置を取ることで、将来的な不動産売買に関する以下のような問題を回避できる可能性が高まります。
- 不動産売却の遅延や困難さの回避
- 家族間のトラブルや意見の相違の防止
- 本人の意思を尊重した資産管理の実現
- 介護費用や施設入居費用の円滑な捻出
- 相続時の複雑な手続きの簡素化
親が判断能力を失ってしまった後では選択肢が限られますが、判断能力のあるうちに対策を講じることで、より柔軟な対応が可能になります。
ここでは、主な対策方法として「任意後見制度」「生前贈与」「家族信託」について説明します。これらの方法を活用することで、将来的な不動産売却をスムーズに進めることができます。
① 任意後見制度
任意後見制度は、将来の認知症に備えて、判断能力が低下する前に自ら選んだ後見人と契約を結ぶ制度です。不動産売買に関しては、契約内容に財産管理や不動産処分の権限を含めることで、認知症発症後も本人の意思を尊重した不動産売却が可能になります。
この制度の特徴は、本人が信頼する人を後見人に選べること、後見人の権限を細かく設定できることです。例えば、「不動産売却は介護費用が必要な場合のみ」といった条件を付けることもできます。
ただし、任意後見制度には注意点もあります。契約締結後すぐには効力が発生せず、本人の判断能力低下時に家庭裁判所が任意後見監督人を選任して初めて効力が生じます。また、任意後見人の不正を防ぐため、任意後見監督人による監督が必要となり、その分の費用がかかります。
任意後見制度は、本人の意思を最大限尊重できる反面、手続きや費用面での負担があります。不動産売買を含む将来の財産管理について、自分の意思を反映させたい場合に適した制度といえるでしょう。
② 生前贈与
生前贈与は、認知症になる前に不動産を家族などに贈与することで、将来の不動産売却をスムーズにする方法です。贈与を受けた家族が所有者となるため、認知症発症後でも自由に売却できます。
この方法のメリットは、相続税の節税効果があること、認知症発症後の複雑な手続きを回避できることです。年間110万円までの贈与であれば贈与税は非課税となり、計画的に行えば税負担を抑えられます。また、不動産を子どもに贈与し、親が住み続ける場合は「配偶者居住権」を設定することで、親の居住権を守りつつ贈与することも可能です。
ただし、贈与税が発生する可能性があります。また、一度贈与すると取り消しが難しいこと、親の生活基盤を失う可能性があることなどです。特に、親の介護費用や生活費の捻出が難しくなる可能性があるため、慎重な検討が必要です。
③ 家族信託
家族信託は、認知症に備えて不動産などの財産を信頼できる家族に託す仕組みです。委託者(親)が受託者(子など)に財産管理を任せ、その利益を受益者(親自身や他の家族)が受け取ります。不動産売買に関しては、信託契約で不動産処分の権限を受託者に与えることで、認知症発症後も柔軟な対応が可能になります。
家族信託の大きな特徴は、成年後見制度と比べて柔軟な財産管理ができることです。例えば、「介護費用が必要な場合は不動産を売却し、余剰金は孫の教育資金に充てる」といった細かい指示も可能です。また、信託財産は受託者の個人財産とは別に管理されるため、受託者の破産や相続の影響を受けにくいというメリットもあります。
ただし、家族信託にも課題があります。信託契約の作成には専門的な知識が必要で、費用もかかります。また、受託者の不正を防ぐ仕組みが必要で、信託監督人を置くなどの対策が求められます。さらに、受託者と他の家族との間で意見の相違が生じる可能性もあります。
家族信託は、認知症対策として有効な手段ですが、家族間の信頼関係が不可欠です。専門家のサポートを受けながら、家族で十分に話し合って進めることが重要です。
6.親が認知症になると起こる不動産売買トラブルとは?
認知症の親が関わる不動産売買では、様々なトラブルが発生する可能性があります。主なトラブルとその詳細について解説します。
6-1.介護費用捻出のための不動産売却
介護費用を工面するために、子どもが親の不動産を勝手に売却するケースがあります。しかし、これは法的に問題があります。
- 不動産の売却権限は所有者である親のみにあります。
- 親に意思能力がない場合、子どもが代理で売却することはできません。
- 無断で売却すると、契約が無効になる可能性があります。
- 他の相続人とのトラブルに発展する恐れがあります。
適切な対応としては、成年後見制度を利用するか、事前に家族信託などの対策を講じておくことが重要です。
6-2.認知症の親に不動産を購入させる
親の資産で不動産を購入させるケースも問題があります。
- 認知症で意思能力がない親との契約は無効となる可能性があります。
- 親の財産を不当に使用したとして、他の親族からの訴訟リスクがあります。
- 介護目的であっても、正当な手続きを経ずに行うと違法行為とみなされる可能性があります。
7.動画視聴|実家売却するには?
8.まとめ
- 認知症発症後の不動産売買は法的に困難であり、早期の対策が不可欠です。
- 成年後見制度は有効な手段ですが、手続きの時間や柔軟性に課題があります。
- 認知症発症前の任意後見制度、生前贈与、家族信託などの対策が将来の不動産売買をスムーズにします。
- 認知症と不動産売買の問題は複雑であり、早めに専門家への相談が必要です。
ここまでご紹介した通り、認知症を発症していたとしても、その度合いや状況によっては不動産売却を行うことができます。ただ、状況をしっかりと把握する必要があるので、専門家と相談しながら進めていくことをお勧めします。