家族信託・民事信託を行うことによって、親が所有する自宅、アパート、金融資産などを受託者である子が管理できるようになります。
最近受ける相談のなかで、生産緑地に義務付けられる「農地として管理をし続けなければならない」という営農義務が解除される2022年問題の対策として、親が所有する生産緑地を信託したいといった相談を受けることが多くなってきました。
生産緑地を含む農地については、農地法という法律に規制があるため、必ずしも農地を信託できるとは限りません。
今回の記事で伝えるポイントは下記のとおりです。
- 農地を農地の状態のまま、家族信託・民事信託することは難しい
- 農地を信託財産とするには、前提として農地から宅地への転用していく必要がある
- 宅地転用の可否は、市街化区域と市街化調整区域かどうかを確認する
- 市街化区域は市街化を促進する地域なので、宅地転用が認められやすい
- 農地の信託契約をする場合には宅地転用と同時又は(農業委員会の許可等を条件とする)条件付信託契約を締結する
農地を信託財産とするための考え方と方法について、今回の記事でお伝えします。
目次
1.農地を農地の状態のまま信託することはできない
農地については、農地法という法律で規制があります。
現在の利用状況が農地の場合には、農地法の適用を受け、農業委員会の許可又は届出(以下、「農業員会の許可等」といいます。)がないと信託をすることができません。(農地法3、5等)。農地を信託するには、農業委員会の許可等が必要であり、農業委員会の許可等は信託契約の効力発生要件です。
農地を農地の状態のまま、家族信託・民事信託する場合には農地法3条の許可が必要となります。そして、信託の受託者となることができるのは、農業協同組合など一定の法人に限定されており、子など家族を受託者とする信託では、許可等を得ることは難しく、結果、信託を行うことはできません。
どうしても、農地を農地のままで、子が管理し、承継できるような仕組みを作りたいということであれば、家族信託・民事信託をせずに、任意後見・成年後見や遺言で対応するなど他の仕組みで代用せざるを得ません。
任意後見・成年後見や遺言制度については、下記の記事で詳しく解説していますので、確認してみてください。
2.農地の判断は土地の利用状況でみる
家族信託・民事信託をすすめるにあたって、土地が農地法の適用を受けるかどうかのポイントは、登記簿上の地目ではなく、現在の土地の利用状況です。
現在の土地の利用状況が、農地でなければ農地法の適用は受けないので、家族信託・民事信託を進めていくことができます。ですが、現在の利用状況が畑、田などの農地であれば農地法の適用を受けることになるので農地を信託するにあたって農業委員会の許可等が必要となります。
2-1.現在の利用状況が宅地でも、登記簿上の地目が農地の場合は?
「農地を宅地に転用したが、地目変更登記をせずにいた」といた相談をよく受けることがありますが、登記簿上の地目が畑、田など農地であっても、現在の土地の利用状況が農地でなければ、農地法の適用は受けないので、家族信託・民事信託をすることができます。
ただし、登記簿上の地目が農地である以上は、法務局の判断は登記簿上の地目を基準とするため、信託契約にもとづく信託登記手続きにおいて、法務局で信託登記申請を受理してもらえません。
そのため、事前に地目変更登記の手続きをし、地目を農地以外へ変更後、信託契約に基づく受託者への信託登記手続きを行うことになります。
現在の利用状況が農地以外でだったとしても、事前に土地の現在の利用状況と登記簿上の地目が農地になっていないかなどの確認が必要です。
3.農地を信託するには、前提として宅地転用が必要
現在の土地の利用状況が農地である場合には、これまで述べた通り、家族信託・民事信託をすることはできません。そのため、農地を信託するには、前提として農地から宅地に転用する必要があります。宅地化する前提であれば、家族信託・民事信託をすることができます。
そのため、現時点で農地から宅地へと転用計画を実施していくのであれば、農地法に基づきによる農業委員会の許可等の手続きを経た上で、家族信託・民事信託を進めていくことはできます。
しかし、現在の土地の利用状況が農地のままでは信託をすることはできません。“生産緑地の営農義務を解除されたときに活用できるようにするため”という理由で、今の時点から信託をすることもできないのです。
3-1.将来の宅地転用を見込む場合には条件付信託契約を結ぶ
農地を信託財産とするためには、農業委員会の許可等の手続きを経るまでは、農地部分についての信託契約の効力が生じません。そのため、農地については、農業委員会の許可等を得ることを条件とする条件付信託契約を締結します。
契約時点では、農地の信託契約の効力は生じないため、受託者の財産管理はスタートしません。なお、信託契約の対象として農地以外の金銭、不動産などを併せて信託財産とした場合には、農地以外の部分については契約時点から効力を発生させることも可能です。あくまで、農地だけが効力が生じないということに注意をしてください。
農地については、将来、宅地転用を行うタイミングで農地法の許可等を得ることにより初めて信託がスタートします。
4.宅地転用の可否は、市街化区域と市街化調整区域の区分けがポイント
宅地に転用すれば信託を家族信託・民事信託をすることはできると伝えましたが、一点気を付けなければいけないのは、すべての土地を農地から宅地に転用できるわけではないということです。
都市の健全な発展と秩序ある整備、つまり、快適な街づくりを行うための事項を定めた「都市計画法」という法律があり、都市計画方法に基づいて、行政により都市計画区域が定められています。都市計画区域は、市街化区域、市街化調整区域に区分されます(「線引き」とも言われます)。
家族信託・民事信託を検討する際に確認しておくべき要素として、信託を検討する農地が市街化区域に属するのか、市街化調整区域に属するのか確認をしておく必要があります。
市街化区域
既に市街地を形成している区域及び概ね10年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域。農地を宅地に転用して住宅やアパートを建てることができるエリアです。
市街化調整区域
市街化を抑制する地域。原則として、住宅やアパートを建てることは難しいエリアです。つまり、農地を宅地に転用し、住宅を建築するためには許可が必要です。例えば、世帯の構成員が分家し、自宅を建築するのにあたり、市街化区域内に土地を保有していないなど一定の条件を満たさない限り、許可を得ることはできません。
信託を検討している農地が市街化区域に該当するのであれば、基本的には農地から宅地への転用ができるため、農業委員会の手続きを経て宅地転用と同時並行で信託契約を進めることができますが、市街化調整区域に該当する場合には、宅地転用が認められないことが多いため、信託契約を進めていくことはできません。
5.農地を宅地に転用し、家族信託・民事信託するための方法
農地を宅地に転用するためには、農業委員会の許可等の手続きが必要です。
その方法は、下記の通り、二つあります。
信託契約前に農地の所有者本人(財産管理を託す“委託者”)が、宅地に転用する「農地法4条の転用」と、先に信託契約に伴い農地の所有権を受託者(子)に農地の権利を移動させ、その後に受託者が宅地に転用するという「農地法5条転用」の方法です。
農地法第4条転用は、主体者である本人が親のまま変わらない場合に活用します。ですから、農業委員会の許可等を得た後、農地所有者である親本人が農地から宅地への転用と建物建築(宅地にする場合、建物建築が必要条件です)を行います。
農地から宅地への地目変更登記のタイミングは建物完成時となるため、建物完成後に初めて信託契約を行い、受託者に財産管理を任せる形になります。そのため、建物完成時迄は親本人の判断能力が求められることになるため、親の認知症対策としては活用できません。
農地法5条転用の場合は、農業委員会の許可等を得た後に信託契約を行い、受託者に農地の所有権が移転します。そのため、農地転用、そして建物建築を行っていくのは受託者です。
認知症対策として農地転用、建物建設まで当初から全ての手続きを受託者が一貫して行うことができるため、認知症対策として家族信託・民事信託を活用する場合には、農地法第5条転用の方法を採用すべきです。
農地について、信託契約や遺言で相続させる場合の注意点については、下記の記事でも詳しく解説していますので確認してみてください。
5.将来の宅地転用を目的に農地を信託財産として家族信託・民事信託を活用した事例
5-1.事例 高齢の親が所有する農地の宅地開発をしていきたい
現在、父母と同居する長男からの相談です。
市街化調整区域に該当していた父の畑が、来年、市街化調整区域から市街化区域に区分区域が変更されます。父は畑の他、自宅、アパートなど複数の財産を所有しています。市街化区域に変更された際には、父の相続対策のため、畑を事業所用地に転用し、介護施設に貸し出す建物を建築予定です。
しかし、父(84歳)は高齢であることもあり認知症の発症リスクがあり、区分区域が変更された時点において各種手続きができるかどうか不安があります。
5-2.何もしない場合
認知症など父の判断能力が喪失した場合には、農地の宅地転用など相続対策を継続することができなくなります。
成年後見制度を活用すると、専門家など第三者後見人がつく可能性があります。そして父の相続対策など、積極的な取引は成年後見制度では認められていないことから、宅地転用計画を進めることはできません。
成年(法定)後見制度を使った際のメリット・デメリットについて、下記の記事に詳しく書いてありますので、気になる方はご参照ください。
5-3.家族信託・民事信託を利用する場合
委託者(親)が、信頼できる家族(子)に、認知症になる前から信託財産として財産の管理を任せることができる仕組みです。親が認知症になった後も信託財産は凍結しない為、引き続き子供が相続対策を継続することはできます。
また、信託契約では親が亡くなった後の信託財産の帰属権利者を定めるので、遺言機能もあり相続手続きもスムーズに行うことができます。
今回は、宅地転用を検討している畑と建物建設に必要な金銭を信託財産とします。建築資金として融資を活用する場合には、受託者にローンの借入権限を付加します。
家族信託を活用した融資については、別の記事で詳しく解説していますので、下記を確認してみてください。
具体的な家族信託・民事信託のスキームは下記の通りです
① 畑が市街化調整区域の状態で、農地については条件付信託契約を締結する
委託者 父
受託者 長男
受益者 父
信託財産 建築資金(場合によってはローン借入権限を付加)
※畑(農地法所定の許可等を得ることを条件)
終了事由 父の死亡
帰属権利者 長男
※畑については、農業委員会の許可等を得る前のため、効力は生じていなく、信託契約時点では信託財産となっていません。当初は建築資金のみが信託財産となっています。
② 畑が市街化区域に該当後、農地法第5条の届出をし、農地転用の上、事業所を建築
委託者 父
受託者 長男
受益者 父
信託財産 事業所/畑→宅地(農地法第5条の届出を得ることで効力発生)
終了事由 父の死亡
帰属権利者 長男
このように農業委員会の許可等を取得することにより、畑を信託財産とすることができます。
受託者が信託財産として畑から宅地に転用し、建物を建築することで土地及び建物全てが信託財産となり、受託者である長男が宅地転用、建物建設、介護施設との契約のやり取りなどその後の手続きを全て行うことができるようになります。
6.まとめ
- 農地を農地の状態のまま、家族信託・民事信託することは難しい
- 農地を信託財産とするには、前提として農地から宅地への転用していく必要がある
- 宅地転用の可否は、市街化区域と市街化調整区域かどうかを確認する
- 市街化区域は市街化を促進する地域なので、宅地転用が認められやすい
- 農地の信託契約をする場合には宅地転用と同時又は(農業委員会の許可等を条件とする)条件付信託契約を締結する
将来、相続対策で農地を活用処分できるように家族信託・民事信託で対策をしたいという相談に対しては、対象となる農地が市街化区域で、現時点で農地法の手続きを経て農地から宅地へと転用計画をすすめるなど進めていくのであれば信託はできますが、現在の利用状況が農地のまま信託をすることはできないため、将来的な対策としての農地の信託は難しいと言わざるを得ません。
そのため、宅地転用予定の農地については、現時点では農業委員会の許可等条件とする信託契約を締結する、又は、信託はせずに、任意後見制度、遺言制度で対応するなど仕組みを検討する必要があります。
農地などは、農地法の取り扱いについても確認が必要です。どのような対策が必要かは、家族信託・民事信託のほか、農地の相続対策にも詳しい詳しい専門家と相談の上、生前対策の仕組みを作っていく必要があります。ご自分の家族でどのような対策が必要か、専門家を交えて設計してみてください。