相続が起きると、被相続人が残した大きな遺産は承継する権利のある人に所有権が移ります。我が国の法制度に照らし、相続人となれる人は一定の親族に限定され、それ以外の人は遺言等で指示がなければ基本的に遺産を手にすることはできません。
しかし現実には、法律の規定が不公平な事実を生むケースも多く、以前から問題を指摘されていました。
この度の相続法(民法)改正でこの点が取り上げられ、例えば長男のお嫁さんによる被相続人の介護など、法律上の相続人になれないためにこれまで報われなかった人の労が、今後は報われることになりました。
今回の記事では、民法改正によりこれまでの扱いがどのように変わったのか解説します。最初に、これまでの制度ではどのような不公平が生じていたのか見てみましょう。
目次
1.「介護したんだから…」相続トラブルになりやすい介護問題
法改正前に問題が指摘されていたのが「寄与分」という制度で、被相続人の財産の維持や増加に貢献した相続人の行為について、寄与した分(貢献した分)を相続分に上乗せして計算できるようにするものです。
寄与分は相続人だけが主張でき、それ以外の人は主張できません。
それでよく問題になっていたのは、現実のケースによくある、長男のお嫁さんによる被相続人の介護という貢献です。実際には長男でなく次男でも三男でもいいのですが、被相続人の子の配偶者というのは法律上相続人となることができません。
民法で規定されている法定相続人を見てみましょう。
①被相続人の配偶者
②第一順位:被相続人の子(代襲相続人含む)
③第二順位:被相続人の直系尊属
④第三順位:被相続人の兄弟姉妹(代襲相続人含む)
第一順位の「子」、例えば長男が被相続人の生前に介護をして寄与すれば寄与分を主張できますが、現実にはそのお嫁さんが介護に務めることも多いですね。
しかしそのお嫁さんは上記相続人に含まれないので、一生懸命介護に努めたとしても寄与分を主張することはできません。
これが不公平だということで、今般の法改正でその労が報われる道が開けたのです。
2.相続法改正で「特別寄与料」制度が新設された
今般の民法改正では、長男のお嫁さんに代表される、従来の寄与分制度の対象外となっていた一定の親族について、介護などに代表される貢献を特別な寄与と捉え、その寄与に対して特別寄与料の請求権が認められました。
大きなポイントは二つあります。
2-1.特別寄与料は寄与を主張できる者の範囲が拡大
従来の寄与分は相続人のみが主張できるものでしたが、特別寄与料は寄与を主張できる者の範囲が拡大しています。特別寄与料を主張できるのは相続人以外の一定の親族で、6親等内の血族と、3親等内の姻族が対象です。
長男のお嫁さんなど、被相続人の子の配偶者は1親等の姻族ですので、範囲に含まれることから特別寄与料を主張できることになります。
2-2.特別寄与料は固有の権利として主張できること
長男のお嫁さんに財産を残すには従来から遺言を残すなど一定の方法はありました。しかしその配慮がなければ、介護をしたお嫁さん本人の固有の権利として主張することはできなかったのです。
2019年7月相続法改正による特別寄与料の新設によって、遺言書などの配慮がなくても特別寄与者固有の権利として主張していくことが可能になりました。
3.特別寄与料が認められるのはどのような貢献か?
特別寄与料が認められるのは、被相続人に対して無償で療養看護やその他の労務の提供をし、それによって被相続人の財産の維持や増加に貢献した場合に限られます。
ここでのポイントは二つあります。
一つは介護等の労務の提供が無償であることが必要です。
実際には完全に無償でなくとも“ほぼ”無償であるものも含まれてきますが、適正な対価を頂いて介護を行ったような場合は特別寄与料を請求できません。
二つ目は提供する労務の種類です。
療養看護とは病気の世話や介護などを指しますが、「その他の労務」もOKですので、例えば被相続人が事業を行っていたような場合に、その事業に無償で労務を提供したような場合も特別寄与料を主張できることになります。
ちなみに、従来からあった寄与分の制度では、「被相続人の事業に対する財産上の給付」も対象に入りますが、特別寄与料の方では故人の事業に対する財産上の給付は対象外となり、労務の提供だけが対象になるなどの違いがあります。
このように、無償でなされた一定の労務の提供が特別寄与料の対象になります。
例えば長男のお嫁さんが無償で被相続人の介護に努めた場合、それによって被相続人は介護事業者の利用をせずに済みますから、その分財産の低下を免れ、維持することができると考えます。
そのため特別寄与料の対象となってくるわけです。
4.特別寄与料の金額と請求手続き
特別寄与料は自動的に認められるわけではなく、特別寄与者が自ら主張し、請求する必要があります。請求相手は相続人で、複数の相続人がいる場合はそれぞれの相続人が自身の相続分に応じて特別寄与料の価額を負担します。
問題は特別寄与料をいくら請求できるのかですが、実は寄与分と同じく具体的な算定ルールは法律で規定されていません。上限については、遺産の価額から遺贈の価額を控除した額を超えない範囲という決まりがあるので、その範囲で特別寄与者と相続人間で話し合って決めるということになります。
ただ、この問題は金銭的利害が衝突するものですので、特別寄与者はできるだけ大きな額を認めてもらいたいでしょうし、相続人はできるだけ小さい額しか認めたくないでしょう。
ですから、特別寄与料を請求する立場としては、相手に認めてもらいやすいように証拠を確保してそろえておくことが望まれます。例えば介護の場合は介護日誌をつけておき、出費については領収書を整理して数値化できるようにしておくなどの準備が必要になります。
実務ではこの証拠の確保が非常に大切になるので、心配な方は早めに専門家に相談して個別ケースで有効な証拠集めの方法を確認しておくことをお勧めします。
特別寄与料を請求しても相手方がそれを認めてくれない場合、あるいは協議自体を拒むような場合は当事者同士での解決はできませんので、家庭裁判所に協議に代わる処分を請求することができます。
裁判所が特別寄与料の請求の可否や金額について決定してくれますが、この請求には期限があるので注意が必要です。
当事者の協議による場合は期限はありませんが、協議が整わない場合において家庭裁判所に協議に代わる処分を求める際は、特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6か月、または相続開始から1年内にする必要があり、期限が経過すると家庭裁判所に対する処分の請求はできなくなります。特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6か月、または相続開始から1年たつと家庭裁判所に対する処分の請求はできなくなります。
相手が特別寄与料を認めなかった時に家庭裁判所に申し立てを行えるよう、上記期限内に余裕をもって相手方となる相続人に請求手続きを行う必要があります。
ちなみに、特別寄与料にかかる改正はすでに施行されており、2019年の7月1日以降に発生した相続事案について適用があります。これ以降に発生した相続事案については、従来よりも広範囲の親族が特別寄与料として寄与分を主張できることになります。
5.生前の対策方法について
貢献が報われず不公平が生じる問題に対しては、被相続人となる人が生前に工夫することでトラブルを避けることができます。一定の貢献をした人が不公平感を感じることが問題なわけですから、何らかの方法でその貢献に対して報いてやることができればいいわけです。
そのためにはいくつか方法がありますので、以下で見てみます。
5-1.遺言で遺贈を行う
法定相続人以外の人物にも、遺言で遺贈を行うことによって財産を残すことができます。
ただし、相続人の遺留分を害する遺贈をした場合は遺留分侵害請求の対象になりトラブルになる恐れがありますから、遺留分への配慮が求められます。
遺贈には包括遺贈と特定遺贈がありますが、受遺者に借金など債務の相続負担が生じないことや、面倒な遺産分割協議への参加義務も生じない特定遺贈がお勧めです。
遺言の書き方については、下記の記事で詳しく解説しています。
5-2.生命保険を活用する
被相続人が加入する生命保険で、貢献してくれた人を保険金の受取人にする方法もあります。この場合、長男のお嫁さんなどは相続人以外となるので、生命保険金の非課税枠(500万円×法定相続人の数)は利用できません。
また保険金は相続税の課税対象になりますが、税額の二割加算ルールが適用になる点も注意が必要です。
生命保険の効果的な活用方法は、下記のblogをご覧になってください。
5-3.生前贈与
純粋に労務に報いるために生前贈与を行うこともできます。この場合は贈与税に注意が必要です。
年間110万円までの非課税枠を有効に利用しましょう。
生前贈与に関して詳しくは、こちらをご覧ください。非課税枠や定期贈与等注意すべき内容が多く書かれています。
5-4.養子縁組
養子縁組を行って対象者を養子にするという方法もあります。養子にすれば法律上の子として扱われますので、相続人となる権利を有することになります。
相続人の人数が増えることから、他の相続人の反発を招くこともありますので、事案に応じた配慮が必要です。
養子縁組に関して、詳しく記載されているblogをご確認の上、ご自身にあっているかご検討ください。
以上代表的な方法を挙げましたが、どの方法を用いるとしても個別のケースに応じてトラブルの要因にならないように配慮が必要ですので、被相続人となる方は相続事案に詳しい法律の専門家に相談しながら進めるようにしてください。
6.動画で解説|特別寄与分って何?
6.まとめ
今回の記事では民法の相続法改正点の一つ「特別寄与料」を取り上げて詳しく見てきました。
従来の寄与分制度で救済されなかった対象者が、固有の権利として寄与分の請求が可能になります。特別寄与料についてポイントを確認してみると以下のようにまとめることができます。
- 長男のお嫁さんなど相続人以外の一定の親族による介護等の労が報われるようになった
- 対象は無償による療養看護と労務の提供である
- 請求は相続人に対して特別寄与者が自ら行わなければならない
- 特別寄与料の算定のために証拠集めが重要になる
- 家庭裁判所に処分を求めるには期限がある
また、介護の問題については、親の介護をだれが負担するのか、老人ホーム・介護施設はどうするのかということを事前に家族で話し合っておくことで、この寄与分請求の問題を事前に防ぐことができます。家族の希望する条件に適した老人ホーム、介護施設選びのポイントについては選ぶ際には下記サイトが参考になりますので、確認してみてください。
参考HP:老人ホーム・
寄与分請求の問題とならないよう、事前に専門家と相談しながら対策を検討しておきましょう。