不動産の所有者が認知症になって意思能力が低下してしまうと、不動産の売却は行えません。たとえ取引しても無効になってしまうため、注意が必要です。
今回の記事のポイントは以下のとおりです。
- 認知症になって意思能力が低下すると、不動産を売却できない可能性がある
- 親が認知症になった場合は、成年後見制度や家族信託を活用することで不動産を売却できる
- 成年後見制度とは、認知症などで判断能力が低下した人が不利益を被らないように守るための制度のこと
- 成年後見制度では、居住用不動産を売却するには家庭裁判所の許可が必要
- 家族信託とは、自分の財産が管理できなくなる前に信頼できる家族に財産管理できる権限を与えておくこと
- 家族信託では、原則受託者の判断だけで不動産を売却できるが、身近な親族には不動産売却の話をしておくべき
本記事では、親が認知症になってしまった場合の不動産売却方法について解説します。売却する手順も紹介しているので、併せて参考にしてください。
目次
1.認知症の人は不動産の売買ができない可能性がある
認知症の人は、不動産の売却ができない可能性があります。原則、不動産の所有者本人がさまざまな事柄を判断して、どのような結果が生まれるのかを理解できない場合、不動産の売却ができません。そのため、認知症によって意思能力がないと判断されると、不動産の売買契約は無効になります。
第三条の二 法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。
参考: e-Gov法令検索/民法
ただし、認知症と診断されていても契約ができる意思能力があれば、不動産を売却できるケースもあります。判断のポイントは本人の意思能力です。
2.認知症で起こりうる不動産売却トラブル
不動産の所有者が認知症と診断されると、以下のようなトラブルが起こる可能性があります。
- 自宅を売却しても売却できない
- 周りの家族が本人をそそのかして不動産を売却してしまう
- 不動産を買わされてしまう
認知症になって意思能力が低下してしまうと、さまざまなトラブルが発生しやすくなります。ここでは、不動産売却の際に起こりうるトラブルについて解説します。
2-1.自宅を売却したくても売却できない
認知症を発症すると、自宅を売却したくてもできないケースがあります。先述したとおり、不動産の売却は所有者本人しかできません。例えば、親の介護費を工面するために自宅を売却したいと考える場合もあるでしょう。
しかし、所有者が認知症になって意思能力が低下すると、自宅を売却したいタイミングでの売却が難しくなってしまうのです。
2-2.周りの家族が本人をそそのかして不動産を売却してしまう
認知症を発症すると、周りの家族にそそのかされて不動産を売却してしまう可能性があります。例えば、本人が認知症になってしまったことを理由に、本人に不動産の売買契約書に捺印をさせ不動産を売却してしまうケースもあるでしょう。
認知症の方の周りの親族に相談せず、意思能力がない本人に不動産を売却させるとトラブルが発生し、民事訴訟に発展しかねません。そのため、本人の意思能力が低下した場合は、周りにそそのかしてしまう人がいないか、注意しておきましょう。
2-3.不動産を買わされてしまう
認知症になって意思能力が低下した場合、不動産を買わされてしまうケースがあります。例えば、認知症になって介護が必要な状態になると、十分な居住スペースやバリアフリーの環境が整った住宅がほしいと感じる人も多いでしょう。
しかし、本人が認知症になって意思能力が低下した状態では、不動産を購入することはできません。もし介護のために新しい住宅が必要な場合は、後ほど説明する成年後見制度の活用が必要です。
3.認知症の親の代わりに不動産を売却する方法
認知症の親の代わりに不動産を売却する方法は、以下の2通りです。
- 成年後見制度
- 家族信託
繰り返しになりますが、所有者が認知症になって意思能力が低下した場合、不動産売買の契約を結んでも無効です。そのため、不動産売買を行いたい場合は、制度を活用して正しい手順で売却しなければいけません。
ここでは、認知症の親の代わりに不動産を売却する方法を紹介します。
3-1.成年後見制度
成年後見制度とは、認知症などによって判断能力が低下した人が不利益を被らないように守る制度のことです。本人に代わって財産管理を行ったり、契約行為の支援をしたりします。
また、成年後見制度は法定後見制度と任意後見制度の2つに分類されます。法定後見制度は判断能力が低下した段階で、家庭裁判所に後見人を選んでもらう制度のことです。一方、任意後見制度は判断能力があるうちに本人が後見人を選任します。
ここでは、不動産を売却する方法として成年後見制度を活用した場合のメリットやデメリットを解説します。
3-1-1.成年後見制度のメリット
不動産を売却する際に成年後見制度を活用するメリットは、主に以下のとおりです。
- 本人が不利益を被らないように守ることができる
- 本人の判断能力が低下した状態でも、契約や手続きを行える
- 本人の財産を適切に管理できるため、詐欺や使い込みを回避できる
- 本人が不利益を被る契約をした場合、その契約を無効にできる
- 相続が発生した場合、財産を把握できる
成年後見制度を活用すれば、本人が認知症になった場合でも不利益を被らないように財産を守れます。また、意思能力が低下した場合は、代わりに手続きや契約を行えるのもメリットといえるでしょう。
3-1-2.成年後見制度のデメリット
不動産を売却する際に成年後見制度を活用するデメリットは、主に以下のとおりです。
- 法定後見制度と任意後見制度のどちらを選んだ場合でも、手続きに手間と費用が発生する
- 親族が後見人に選任された場合は、大きな負担がのしかかる
- 相続対策ができない可能性が高い
- 本人が亡くなるまで制度を利用し続けなければいけない
成年後見制度は、意思能力が低下した本人を守るための制度であるため、さまざまな手間が生じます。また、財産を保護することを前提としていることから、投資のようなリスクある行動は禁止されています。成年後見制度のデメリットも把握したうえで、制度の活用を検討しましょう。
なお、成年後見制度のデメリットについては、以下の記事で詳しく解説しています。併せて参考にしてください。
3-2.家族信託
家族信託とは、自分の財産を管理できなくなったときのために、家族に自分の財産を管理する権限を与えておく制度のことです。財産管理を委託する「委託者」・財産の管理を任される「受託者」間の契約で行われます。
ここでは、不動産を売却する方法として家族信託を選んだ場合のメリットやデメリットを見ていきましょう。
3-2-1.家族信託のメリット
不動産を売却する際に家族信託を活用するメリットは、以下のとおりです。
- 受託者の判断で家族信託された不動産や金銭の処分や管理ができる
- 家族信託した財産から本人の生活費や介護費用を賄える
- 委託者と受益者が同じであれば、贈与税、不動産取得税は発生しない
- 遺言と同じように本人が亡くなった後の資産継承先を決められる
家族信託は、成年後見制度より柔軟性があります。そのため、契約内容を自由に設定できたり、ニーズに合わせて運用できたりするでしょう。
3-2-2.家族信託のデメリット
不動産を売却する際に家族信託を活用するデメリットは、以下のとおりです。
- 意思能力が低下した後は契約できない
- 委託者の身の回りの生活までは保護できない
- 受託者は信頼できる家族でなければいけない
家族信託は受託者が委託者に代わって財産を管理できるようになる一方、その分大きな負担が発生します。すべての財産を管理できるわけではない点にも注意しましょう。
なお、家族信託のメリット・デメリットは、以下の記事で詳しく解説しています。併せて参考にしてください。
また、弊社司法書士・行政書士事務所リーガルエステートでは、ご家族ごとにどのような形で成年後見や任意後見、家族信託を設計し、活用すればいいのか、無料相談をさせていただいております。成年後見制度の利用方法や家族信託、任意後見契約書の作成、その後の運用の相談などトータルでサポートさせていただきますので、お気軽にお問合せください。
4.成年後見制度で不動産を売却する手続きの流れ
成年後見制度で不動産を売却する際の手続きの流れは、以下のとおりです。
- 成年後見制度開始の審判申立て
- 成年後見人の選任
- 媒介契約の締結
- 自宅などの居住用不動産については家庭裁判所の許可を得る
- 買主との売買契約の締結
- 決済及び引渡し
それぞれの手続きについて詳しく解説します。
4-1.成年後見制度開始の審判申立て
まず、成年後見制度開始の審判申立てを行いましょう。申立てには、以下のような書類が必要です。
- 成年後見申立書類一式
- 本人に関する資料
- 戸籍謄本
- 後見登記されていないことの証明書
- 診断書
成年後見申立書類一式は家庭裁判所によって様式や名称が異なるため、必ず管轄する家庭裁判所に問い合わせてください。本人に関する資料は、本人の健康状態や財産、収支を証明するための書類です。必要に応じて給与明細や納税通知書などを準備しましょう。
また、成年後見制度開始の申立てを行う場合は、以下のような費用が発生します。
- 申立て費用:800円
- 郵便切手:約3500円
- 登記費用:2600円
必要な書類や費用を準備したら、本人が住んでいる地域を管轄している家庭裁判所に審判の申立てを行いましょう。
4-2.成年後見人の選任
成年後見制度開始の申立てを行ったら、成年後見人の選定をします。家庭裁判所が申立人や後見人候補者と面談を行い、どの人物が適任かを判断します。
しかし、さまざまな事情により、弁護士や司法書士といった第三者が選定される場合もある点に注意が必要です。特に、申立てや後見人候補について、親族からの反対意見がある場合や資産が多岐にわたる場合には、候補者以外の人物が選ばれる可能性が高まります。
4-3.媒介契約の締結
成年後見人が決まったら不動産会社を選定して、媒介契約の締結を行いましょう。媒介契約とは、不動産の売買契約を成功させるために、不動産会社に間に入ってもらう契約のことです。
不動産に関する専門知識のない人が買主を探したり、売却の手続きを1人で行ったりするのはハードルが高いでしょう。そこで、不動産会社に仲介してもらえるように媒介契約を結べば、売却のハードルは下がります。
ただし、そのためにはまず信頼できる不動産会社を探さなくてはいけません。親身になって相談に乗ってくれる不動産会社を選ぶといいでしょう。
4-4.自宅などの居住用不動産については家庭裁判所の許可を得る
売却する不動産が自宅などの本人の居住用不動産である場合は、家庭裁判所の許可を得る必要があります。もし、家庭裁判所の許可を得ずに居住用不動産を売却したときは、その取引が無効になるため注意しましょう。
居住用不動産とは、本人が所有している不動産のうち、現在居住している不動産のほか、過去に居住していた不動産、将来居住する予定のある不動産を指します。 一度も居住したことがなく、居住する予定のない不動産は含まれません。
アパートや駐車場など、本人が居住用として使っていない不動産を売却する場合は、家庭裁判所の許可は必要ありません。しかし、生活費や介護費用の確保といった正当な理由は必要とされるため、家庭裁判所に事前に相談するのがおすすめです。
4-5.買主との売買契約の締結
家庭裁判所と相談し問題がなければ、買主と売買契約の締結を行いましょう。売買契約は原則、成年後見人と買主が仲介業者である不動産会社に集まり、契約内容を確認します。そのうえで問題がなければ署名捺印を行い、契約が成立する仕組みです。
なお、自宅など居住用の不動産を売却する場合、「家庭裁判所の許可が下りれば契約の効力が発生する」といった条件が付くケースもあります。
家庭裁判所の許可が必要なケースでは、速やかに前項で説明した居住用不動産処分許可の申し立てをして、家庭裁判所の許可書を得る必要があります。
4-6.決済及び引渡し
売買契約の締結が完了したら、売却代金の決済を行って引渡しをします。通常、決済は成年後見人・買主・不動産会社・司法書士が集まって行われます。そして、決済当日には、司法書士が法務局に所有権移転登記の申請書類を提出する流れです。
5.家族信託で不動産を売却する手順
家族信託を活用して不動産を売却する手順は、以下のとおりです。
- 家族信託契約書の作成
- 不動産の信託登記手続き
- 金銭管理用信託口座の開設
- 媒介契約の締結
- 買主との売買契約の締結
- 決済及び引渡し
それぞれの手順について詳しく解説します。
5-1.家族信託契約書の作成
まず、家族信託契約書を作成しましょう。「受託者や受益者を誰にするか」「どのような目的で財産を管理・運用するか」などを決めて、契約書に記載していきます。家族信託契約書を作成する方法は、当事者間の契約で作成する私文書と、公証役場で作成する公正証書の2つがあります。
将来的に家族間で揉め事が発生しそうにない場合は、私文書で作成しても問題はないかもしれません。しかし、不動産売却など第三者との取引のため家族信託契約書を第三者に提示する必要がある、親族の誰かが信託契約をすることについて不満がある、金融機関で家族信託に対応した預金口座(信託口口座)を作成したいといった場合には、公正証書で作成しておくほうが安心です。
5-2.不動産の信託登記手続き
次に、不動産の信託登記手続きを行いましょう。家族信託で必要な登記は、所有権移転登記と信託登記の2種類です。登記簿上は受託者が不動産を所有することになるため、所有権移転登記が必要となります。
また、信託登記は信託法によって義務化されているため、必ず行わなければいけない手続きです。なお、信託登記の手続きは、司法書士にまとめて依頼するのが一般的です。
5-3.金銭管理用信託口座の開設
次に、金銭管理用信託口座を開設しましょう。金銭管理用信託口座は、信託した不動産から生じる利益や経費などを管理・運用するための口座です。使用する口座は受託者個人の口座、もしくは信託口口座を利用します。
また、必要に応じて火災保険料や賃料振込口座の変更手続きを行いましょう。固定資産税も金銭管理用信託口座から支払えるように手続きをしておきます。
5-4.媒介契約の締結
そして、媒介契約の締結を行います。先述したとおり、媒介契約とは不動産の売買契約を成功させるために、不動産会社に仲介してもらう契約のことです。不動産会社と媒介契約を結べば、ほぼ市場の相場で売れる可能性があります。
ただし、不動産の市場価格を知るためには、複数の不動産会社に査定依頼をしなければいけません。信頼できる不動産会社を見つけることで、スムーズに不動産を売却できるでしょう。
5-5.買主との売買契約の締結
買主が決まったら、売買契約を締結します。受託者の判断だけで売買契約を結べます。ただし、委託者や親族からの理解を得てから手続きを進めるのが賢明です。
契約が完了した後に身内でトラブルが発生して契約が解除になってしまうと、手付金の倍の金額を支払わなければいけません。そのため、できれば親族からの許可を得てから契約するといいでしょう。
また、家族信託契約書の中で、受託者の判断だけではなく、不動産を売却するために第三者の同意が必要な定めを設けていた場合には、第三者の同意を得る必要があります。
5-6.決済及び引渡し
買主から売却代金を受領したら、不動産を引渡します。このとき、家族信託に関する手続きを行った司法書士に必要書類を確認してもらい、名義人の変更手続きを行ってもらいましょう。また、不動産を信託状態から普通の不動産に戻す信託抹消の手続きも実施します。
なお、家族信託で不動産を売却する方法は、以下の記事で詳しく解説しています。併せて参考にしてください。
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7.まとめ
本記事では、親が認知症になった場合の不動産売却について解説しました。内容をまとめると以下のようになります。
- 認知症になって意思能力が低下すると、不動産を売却できない可能性がある
- 親が認知症になった場合は、成年後見制度や家族信託を活用することで不動産を売却できる
- 成年後見制度とは、認知症などで判断能力が低下した人が不利益を被らないように守るための制度のこと
- 成年後見制度では、居住用不動産を売却するには家庭裁判所の許可が必要
- 家族信託とは、自分の財産が管理できなくなる前に信頼できる家族に財産管理できる権限を与えておくこと
- 家族信託では、原則受託者の判断だけで不動産を売却できるが、身近な親族には不動産売却の話をしておくべき
成年後見制度や家族信託を活用する場合は専門知識を必要とするため、司法書士に依頼するのがおすすめです。弊社では、どのような形で手続きを進めればいいのか、トータル的なサポートを行っていますので、ぜひお気軽にご相談ください。