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すでに高齢社会に突入している我が国では、高齢者に絡む様々な問題が起きています。
いわゆる「元気なお年寄り」もいらっしゃる一方で、高齢化により判断能力が衰えてしまった人を狙った詐欺事件も頻繁に起きているのが現状です。支援が必要な高齢者を社会的に守り、援助していくシステムに「成年後見制度」がありますが、この制度利用には医師の診断書が必要になります。
医師の診断書は家庭裁判所で成年後見等の申し立てを行う際に必要な書類です。
今回のコラムのポイントは下記の通りです。
- 家庭裁判所の手続きにおいて必須である
- 本人の判断能力の低下度合いを判定する重要な資料となる
- 書式に改訂が加えられた
- 「本人情報シート」が新設された
- 診断書はかかりつけの医師に作成してもらうのが望ましい
成年後見制度における医師の診断書は重要な役割を持つものですので、何のために必要なのか、もらい方にコツはあるのかなど、このコラムで詳しく解説していきます。また最近、診断書の運用面で改正がありましたので、これも含めて一緒に見ていきます。
目次
1.成年後見人の申立に必要な診断書とは?
医師の診断書は成年後見制度を利用するために必ず必要になるもので、これがないと制度そのものの運用ができなくなるくらいの非常に重要なものです。
一般的に診断書といえば、その患者さんがどんな病気や疾患を患っているか、あるいはケガ等を受傷しているかを説明、証明する資料として知られています。現役で働かれている方は、勤めている会社に自分の病状を説明する資料として医師に書いてもらった経験がある人もいるかもしれませんね。
そのように、医師の診断書は第三者に患者さん本人の病状、症状を説明するための資料として機能するものです。
成年後見制度を利用するには、家庭裁判所に制度利用の必要性を認めてもらわなければなりませんから、その説明、証明のために医師の診断書が必須になるわけです。もし診断書がなければ、裁判所は本人の判断能力がどれくらい低下しているのか客観的に判断することができないので、申し立てをされても審理のしようがないわけですね。
2.なぜ必要?診断書が左右するもの
成年後見制度では、本人を支援する程度が軽いもの、中程度のもの、強いものの三種類があります。軽いものからそれぞれ「補助」「保佐」「後見」の順になります。
支援の度合いが軽ければその分本人の自主性が重んじられ、支援の度合いが強まれば本人の自主性はそれだけ制限されるけれども、その代わり本人の安全がより守られるような仕組みになっています。
簡単にですが、上記3つの種類をまとめてみましょう。
事理弁識能力というのは、つまり本人の判断能力のことです。判断能力が不十分、著しく不十分、欠くという順に能力の低下度合いが強まっていきます。
代理権というのは、本人に代わって支援者が行うことができる権限、同意権は本人が行った行為を有効なものとして支援者が追認する権限、取消権は本人が行った行為を支援者が取り消すことができる権限のことをいいます。
例えば代理権を見てみると、本人の自主性をできる限り尊重するため補助人と保佐人の代理権は家庭裁判所が認めたものしか許されていません。
しかし、本人が判断能力を欠く「後見」では、もはや本人は正常な判断能力が欠如しているため、支援者である後見人に全面的な代理権限が付与されます。ちなみに後見人に同意権が付与されないのは、前提として被後見人となる本人に正常な判断能力がないからです。
本人の判断はそもそも最初から有効でないという扱いになるので、それに同意する意味もないとされるからですね。
成年後見について詳しく見たい方はこちらからご確認ください。
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このように、「補助」「保佐」「後見」の3つのうち、どの類型に該当するかによって本人や支援者の立場は大きく変わります。どの類型になるかを最終的に判断するのは家庭裁判所ですが、その判断材料になる資料こそが医師の診断書というわけです。
診断書の重要性がお分かりいただけたでしょうか?
3.成年後見制度の診断書が2019年4月から改訂されました
非常に重要な役目を持つ診断書ですが、近年この書式に改訂が加えられ、また「本人情報シート」という新しいツールも導入されました。基本的には本人の意思をより尊重できるようにする目的があるようですが、この項では実際にどんな点が改訂されたのか詳しく見ていきます。
3-1.診断書本体の書式の改訂
まず診断書本体の書式の改訂についてですが、本人の判断能力について、意思決定支援の考え方を踏まえた表現に変更され、チェックボックスの順番も変更になりました。
【従前の書式】
□自己の財産を管理・処分することができない。
□自己の財産を管理・処分するには,常に援助が必要である。
□自己の財産を管理・処分するには,援助が必要な場合がある。
□自己の財産を単独で管理・処分することができる。
変更内容はこの通りです。
【変更後の書式】
□契約等の意味・内容を自ら理解し,判断することができる。
□支援を受けなければ,契約等の意味・内容を自ら理解し,判断することが難しい場合がある。
□支援を受けなければ,契約等の意味・内容を自ら理解し,判断することができない。
□支援を受けても,契約等の意味・内容を自ら理解し,判断することができない。
(厚生労働省公式HP「01 成年後見制度における診断書の書式(運用開始)」より抜粋)
従前の書式では、上から後見相当、補佐相当、補助相当、制度の対象外の順番になっていると考えてください。変更後の書式ではそれが逆になり、表現も変わっているのが分かりますね。
もう一つ、診断書本体の改訂で医師の判断の根拠がより明確化されました。従前の書式では、判断の根拠については自由記載の形をとり、例えば認知症患者さんの判断能力検査として長谷川式認知症スケール等を使用した旨やその結果などを記載していました。
(厚生労働省公式HP「01 成年後見制度における診断書の書式(運用開始)」より抜粋)
改訂によって完全な自由記載から固定の質問項目に変わり、①見当識の障害の有無、②他人との意思疎通の障害の有無③理解力・判断力の障害の有無④記憶力の障害の有無について、それぞれどのような状態かチェックするようになりました。また、⑤項目目としてその他の根拠を医師が自由に記載できるようになっています。
3-2.「本人情報シート」の導入
次は新設された「本人情報シート」というツールに関してです。これがどういうものかというと、本人の日常生活を身近で観察できる福祉関係者が職務上の立場から見て、本人の生活状況等をまとめることができる書面資料です。
(厚生労働省公式HP「01 成年後見制度における診断書の書式(運用開始)」より抜粋)
このシートは、主には医師に診断書を作成してもらう際、参考にしてもらう目的がありますが、その他にも複数の場面での活用が想定されています。
例えば、家庭裁判所でも審理の際に資料として用いることが想定されていますし、他にも地域の福祉関係の中核機関で相談する際や、後見制度開始後に福祉関係者や医療関係者などのチームによる支援を受ける際などに活用されることが想定されています。
ちなみに、本人情報シートは本人やその家族が普段お世話になっている福祉担当者にお願いして作成してもらうことになります。
なお、弊社司法書士・行政書士事務所リーガルエステートでは、ご家族ごとにどのような形で成年後見制度を利用すればいいのか、無料相談をさせていただいております。お気軽にお問合せください。
4.診断書のもらい方にコツはある?
成年後見制度を利用するために作成する診断書は、できれば普段からお世話になっているかかりつけの医師に作成をお願いするのが理想です。普段から本人の状態をよく見ている医師であれば、すでに総合的な所見を持ち合わせているので、より正確な診断書をより早く作成することができます。
かかりつけの医師がいない場合は、精神科の医師を訪ねて事情を説明し、診断書作成を依頼するのがベストでしょう。普段本人の生活状況を把握していなくとも、必要な検査と医師の経験・知見を基に正確な診断書を作成してもらえます。
ただ、かかりつけ医の場合はすでに持っている所見から1回程度の診察で診断書を作成できると考えられますが、かかりつけ医でない場合は概ね一か月程度かけて数回の診察・検査を元に診断書を作成することになるでしょう。
かかりつけ医でない場合は時間的にロスが出ると考えておきましょう。
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5.診断書の作成を断られたら
成年後見制度を利用するための医師の診断書は、一般的な診断書とは異なる性質をもつものです。裁判所の手続きに大きく影響を及ぼすことになる重要な資料ですから、診断書作成にあたっては医師側のプレッシャーも大きくなります。
精神科の医師であればそれほど影響はないと思いますが、内科系の医師で認知症などの診断にあまり慣れていない場合、診断書の作成を断ることもあります。その場合は、事情を説明した上で裁判所が公開している診断書の書式を持参して医師に示してあげてください。
医師側は「自分の診断書に何を求められているのか」が分かりづらいことを理由に断ることがあるので、診断書書式を実際に見せることで「何を記述すればよいのか」を分かるようにすれば良いのです。「これなら書ける」と医師に思ってもらえれば、断られることはないでしょう。
6.まとめ
今回の記事では、成年後見制度の利用に察して求められる医師の診断書について、その目的や準備の仕方、書式の改正点などについて見てきました。
本章の内容をまとめてみましょう。
- 家庭裁判所の手続きにおいて必須である
- 本人の判断能力の低下度合いを判定する重要な資料となる
- 書式に改訂が加えられた
- 「本人情報シート」が新設された
- 診断書はかかりつけの医師に作成してもらうのが望ましい
診断書は本人の判断能力の衰え度合いがどのくらいなのかを判定し、裁判所の判断を決定づける重要な資料となるものです。ちなみに「本人情報シート」は必ず作成しなければならないということはありませんので、なくても申し立て自体は可能です。
ただせっかく作られたツールですし、医師の診断を手助けする役目もあるので、可能であれば利用することをお勧めします。当事務所では成年後見制度の利用についても支援経験が豊富です。分からないことがあればいつでもお気軽にご相談くださいね。