最近、家族信託の受託者になる50代~60代の方からのご相談が増えてきました。家族信託を活用し、ご家族で管理する一番のメリットは、両親に何かあったときに、お金についての心配を減らせることです。有事のときのために、事前に対策を打っておくことは、将来の安心につながります。
多くの場合、相談される方(子など)がご両親の財産管理をする「受託者」になる傾向があります。受託者は、信託契約に基づき、財産管理ができる反面、親といっても他人の財産を管理するわけですから、それ相応の責任が伴います。
今回の記事のポイントは下記のとおりです。
- 信託報酬の定め方は、家庭裁判所で定める成年後見人の報酬を参考にする。アパートなど収益物件を信託財産とする場合には管理会社の管理手数料を参考にするのも方法の一つ
- 信託報酬を設定することで、信託ではできない生前贈与の代わりに相続ギリギリまで相続税対策を行うことができる
- 受託者の報酬は、税務上“雑所得”になり、雑所得として給与所得者が20万円以上受領すると、受託者個人として確定申告をする必要がある
- 受託者責任の負担を受ける家族と受けない家族とではお互いの負担を理解するのは難しく、争族になってしまう原因にもなる
- 受託者には、①受託者の無限責任、②善管注意義務、③帳簿等の作成義務等、④分別管理義務、⑤信託事務の処理、⑥公平義務、⑦利益相反行為の制限等の各種義務が信託法上課せられる
- 受託者としてまだ任せるのが不安な場合には、追加信託や受益者代理人、信託監督人の活用なども検討材料
受託者の責任が大きい分、信託報酬を設定することでご家族が円満に財産管理をできることもあります。
今回は、受託者責任と信託報酬設定について詳しく解説していきます。
目次
1.家族信託のキーパーソン「受託者」とは何をする人?
家族信託を行うと、信託財産を信託契約で定めた通りに運用・管理することができ、それをメインで行うのが「受託者(財産管理を任された人)」です。受託者は、委託者(本人)より信託された信託財産について、財産の管理又は処分及びその他の信託の目的の達成のために必要な行為をする権限をもっています。
受託者が扱える権限は、信託契約で、制限を加えることもできます。例えば、「自宅の売却禁止」と入れると、自宅を売却する権限は持ちませんし、「売却するには長女の同意が必要になる」と契約に記すと、受託者一人では売却できないようにすることもできます。
つまり、定めた信託契約の内容に従って、受託者は財産管理を行っていきますので、ご家族の家族構成や今後どのように財産管理をしていきたいかを考えて上で、契約内容に組み込んでいく必要があります。
2.信託報酬を設定する際に検討すべき4つのポイント
2‐1.信託報酬額はいくらにすべきか?
受託者は家族信託で信託財産の管理を行います。その信託財産の管理などの対価として信託報酬を設定することで、受託者は信託財産の中から信託報酬を与えることがができます。
報酬の定め方としては、信託法上は報酬の制限の定めはないため、1~2万円など設定してもいいですし、月5000円と定めても構いません。管理する財産の額によって、報酬の目安を参考に家庭裁判所が定める成年後見報酬の目安を参考に、2~6万円として定めます。
アパートなど収益物件を信託財産とする場合によっては、アパートなどの不動産管理会社を参考に「賃料報酬の〇%」という定め方もできます。受託者は、不動産管理会社と同じように賃貸物件の管理や、賃貸借契約の締結・更新、賃料の請求、授受、物件の引き渡しなどをするために毎月に賃料収入の5~10%程度を信託報酬として定めることもあります。
ただし、報酬の額をあまりに大きくすると税務上みなし贈与などの税務署から贈与税を指摘されるリスクがあるため、多額の報酬を設定する際は、信託に詳しい税理士など専門家と相談しながら報酬を定めてください。
2‐2.生前贈与をしなくても、相続税対策になる
生前贈与は信託財産を無償で譲渡する行為であり、受益者の信託財産を減少させてしまうため、信託法上の受託者の管理責任の問題が生じます。ですから、信託財産から生前贈与することはできないと考えられます。
ですが、信託契約の中で信託報酬を設定すれば、受託者に信託財産から支払うことができます。ですから結果として、信託財産を合法的に減らすことができるのです。このようにすれば、生前贈与と同じように相続財産を減らし、相続税対策として活用することができます。
つまり、贈与という方法ととらずに、受益者が判断能力を喪失した場合でも信託財産を減少させ、親から子へ財産を移動させる効果があることか相続税対策としても利用することができます。
2‐3.受託者報酬は税務上、雑所得となる
信託報酬を設定した場合に、受け取る受託者の報酬は、税務上“雑所得”になると考えられています。そのため、所得として給与所得者が20万円以上受領すると、受託者個人として確定申告をする必要があります。
>>国税庁HP:No.1900 給与所得者で確定申告が必要な人
そのため、信託報酬の金額は、20万円以上になると確定申告があることを考慮して、決めていくことが必要です。
4‐4.受託者に信託報酬を与えることが争族対策回避につながることも
これまで見てきた通り、受託者は財産管理を担う責任を負います。そして、さらに言えば、成年後見制度の代用として家族信託を活用していることが多いため、実質上、受託者が身上監護の負担を負っていることがほとんどです。
しかしながら、受託者ではない他の家族にとってみれば、介護がどれくらい負担になるかというのは、実際にその立場に置かれた当事者にしか理解できないことが非常に多いです。また、介護や責任を負っていることが認められない、という怒りから争族問題へとつながるケースを過去に何件も見てきました。
ですから、負担や責任を負っていることから考えて、受託者に信託報酬を設定するということも選択肢の一つです。
ただし、報酬を設定する際は、当事者からはなかなか話を切り出すことが難しいことも多いので、我々の事務所では、あえて専門家から受託者は責任があり、実際には、介護の負担なども負うことから、報酬を設定するのも選択肢という事をアドバイスしています。そうすることで、介護や受託者としての責任の負担が少ないご家族にも、責任を負う家族の負担が多いという事を理解してもらうというケースもありました。
実際に報酬を設定する際は、法務・税務も関連する点が多いため、信託に詳しい専門家と相談しながら報酬設定を検討してみてください。
なお、弊社司法書士・行政書士事務所リーガルエステートでは、家族信託の受託者への報酬設定等、家族信託の組成について無料相談をさせていただいております。法務はもちろんのこと税務の点では提携の税理士と連携を取りながらトータルでサポートさせていただきますので、お気軽にお問合せください。
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3.受託者が信託財産の管理者として負う7つの責任
受託者は、信託財産について、受益者のために重要な財産管理を行うことができます。一方で、受託者としての各種義務が信託法上課せられます。
3‐1.受託者の無限責任
受託者は、信託された信託財産について「無限責任」を負います。
例えば、信託不動産の事故(例 建物の倒壊)等により第三者に損害を与えた場合、損害賠償のリスクがありますが、受託者は預かっている信託財産で弁済しきれないとき、受託者の権限で委託者・受益者のための借り入れした債務を返済できない場合は、受託者個人の財産で支払う責任を負います。
3‐2.善管注意義務
受託者の業務を行うにあたって、受託者は「善管注意義務」を負います。これは取引通念上客観的に要求される十分な注意義務であり、自身の財産に対する管理よりも注意レベルが高いものです。
もし万が一この注意義務を怠ったことにより信託にかかる各種の契約の履行ができなくなる等した場合には、民法上過失があるとみなされ、状況に応じて損害賠償や契約解除をされる可能性があります。ただし、信託契約の定めによって責任を軽減することもできますので、状況に応じて管理者として責任を重くするか、軽減するか検討します。
3‐3.帳簿等の作成義務等
受託者は、信託事務に関する計算並びに信託財産の状況を明らかにするため、信託財産に係る帳簿その他の書類を作成し、毎年1回、貸借対照表、損益計算書その他書類を作成しなければなりません。また、受益者から閲覧又は請求があれば、一定の場合を除き応じる義務があります。
3‐4.分別管理義務
受託者は、信託財産と受託者個人の財産、他の信託契約で受託している財産を分別して管理(不動産については登記をする、金銭については契約ごとに管理用口座を分けるなど)しなければなりません。
3‐5.信託事務の処理
受託者は自ら信託事務を行うことが原則です。信託契約で定めた内容に基づき、信託事務の処理を第三者に委託することができます。
3‐6.公平義務
受益者が2人以上いる信託契約では、受託者は受益者のために公平にその職務を行わなければなりません。受益者のうち、一方から信託金融資産の一部の払い戻し請求を受けた場合など、他の受益者がいる場合には、他の受益者に同様に払い戻しをする、又は払い戻し資金を確保しておくなど公平に取り扱う必要があります。
3‐7.利益相反行為の制限
受託者は信託財産について管理や売却することができる権限をもっていることから、自身の判断で信託財産を自分の利益のために処分することができてしまいます。そのため、信託法第31条において利益相反行為を制限しています。
ただし、あらかじめ利益相反行為をすることを契約の内容で認めている場合や、受益者(本人)の承認を得たときなどは例外的に認められています。
例えば、
・信託財産を受託者個人が購入する
・受託者が父と母それぞれから信託を受けている場合であって父の信託財産の一部を母の信託財産に移してしまう
・受託者が会社の代表取締役として、信託財産を会社名義で購入する
・受託者個人やその家族が負う債務について信託不動産を担保に抵当権を設定する
といった内容が挙げられます。
4.受託者を任せられる人がいない場合の対処法
前述のように受託者の権限や扱うことを説明すると難しく感じるかもしれません。最初は慣れないこともあるでしょうから、ご両親がお元気なうちに一緒に財産管理をし、追加信託という方法で徐々に管理を任せていく財産を増やしていくと効果的でしょう。
また、家族信託には、ほか、受託者が財産管理を適正に行えているか監督する権限をもつ「信託監督人」や「受益者代理人」などを置くこともできます。家族内で協力して、財産管理を行うことができるようになるので、一案として信託契約設計時に加えることも検討しましょう。
詳しくはこちらの記事をご参照ください。
それでも、もし、適任者が家族内にいない場合、暫定的な手段として、法人を新規に設立(依頼者が資産管理会社を所有していれば、その法人を活用することも検討材料です)して、受託者にすることもできます。
その場合、法人管理コストがかかりますが、収益物件を信託財産とする場合には、そのコストを吸収することができるので検討してみてもいいでしょう。
5.まとめ
- 信託報酬の定め方は、家庭裁判所で定める成年後見人の報酬を参考にする。アパートなど収益物件を信託財産とする場合には管理会社の管理手数料を参考にするのも方法の一つ
- 信託報酬を設定することで、信託ではできない生前贈与の代わりに相続ギリギリまで相続税対策を行うことができる
- 受託者の報酬は、税務上“雑所得”になり、雑所得として給与所得者が20万円以上受領すると、受託者個人として確定申告をする必要がある
- 受託者責任の負担を受ける家族と受けない家族とではお互いの負担を理解するのは難しく、争族になってしまう原因にもなる
- 受託者には、①受託者の無限責任、②善管注意義務、③帳簿等の作成義務等、④分別管理義務、⑤信託事務の処理、⑥公平義務、⑦利益相反行為の制限等の各種義務が信託法上課せられる
- 受託者としてまだ任せるのが不安な場合には、追加信託や受益者代理人、信託監督人の活用なども検討材料
受託者は、大きな権限がある分、責任重大です。両親のために、ひいてはご家族のために、責任をもって扱う分、時間・労力も多くかかります。
ですから、その負担を周りのご家族が理解して信託報酬を設定すると、円満な相続につながります。結果として、生前贈与になり相続税対策になりうることもあるので、ご家族との話し合いの中で、信託報酬を設定するかしないかというのも検討材料として入れてみてください。
ただ、ご家族によっては、信託報酬を設定しないほうがよいケースもありますので、専門家に相談しながら進めていくとよいでしょう。