「両親の認知症が進んでいく中で、財産管理や相続のことを考えると不安」「せっかく家族信託を検討しても、税金のことを考えると二の足を踏んでしまう」このような不安を抱える方は少なくありません。
家族信託は認知症対策として注目されていますが、「どんな税金がかかるのか」「相続税は増えてしまうのか」という疑問をお持ちの方も多いでしょう。実は、家族信託自体には節税効果はありませんが、正しい知識を持って活用することで、将来の資産管理と税務の両面で安心できる対策となります。
記事のポイントは以下の通りです。
- スタート時にかかるのは不動産にかかる登録免許税だけ
- 不動産の固定資産税は受託者が信託財産から支出する
- 信託契約終了時は信託契約の終了事由によって贈与税、相続税、非課税と課税関係が変わる
- 家族信託そのものでは、節税効果はない
- 家族信託を認知症対策として活用し、生前贈与、生命保険、試算組み換えなど他の対策とセットで行うことで節税効果が発揮する
この記事では、家族信託で発生する税金について、契約開始から終了までの流れに沿って、わかりやすく解説していきます。
目次
1.家族信託における税金の基本
認知症や要介護状態になった場合の財産管理に不安を感じている方が増えています。家族信託は、このような将来の不安に備えて、自分の財産を信頼できる家族に管理してもらう仕組みです。親(委託者)が持つ不動産や預貯金などの財産を、子ども(受託者)に信託し、管理・処分する権限を託す契約のことです。
例えば、認知症になっても家賃収入を確実に受け取れたり、必要に応じて不動産を売却できたりと、成年後見制度と異なり、家族が主体的に柔軟な財産管理が可能になります。
この家族信託は、財産の所有権を「受託者」に移転しながらも、その利益(受益権)は「委託者」が受け取れる仕組みです。一見すると財産の移転に見えますが、税務上は「財産の管理方法を変更しただけ」と考えられています。
そのため、家族信託を設定しても、原則として贈与税や不動産取得税は発生しません。これは、信託法上「受託者」は単なる名義人に過ぎず、実質的な財産権は「受益者」にあるためです。ただし、これは「自益信託」の場合であり、信託の設計方法によっては様々な税金が発生する可能性があります。
1-1.自益信託と他益信託の税金の違い
家族信託には、大きく分けて「自益信託」と「他益信託」の2種類があります。自益信託は、委託者本人が受益者となる方式で、他益信託は配偶者や子どもなど委託者以外の人が受益者となる方式です。この違いによって、発生する税金が大きく異なってきます。
①自益信託の場合の税務処理
自益信託では、委託者本人が受益者となるため、実質的な財産権の移転は発生しません。そのため、以下の税金は原則として発生しません。
- 贈与税:財産権の移転がないため非課税
- 不動産取得税:実質的な所有者の変更がないため非課税
- 相続税:委託者死亡時まで発生しない
ただし、信託財産の登記変更に伴う登録免許税(0.3~0.4%)は必要となります。また、信託財産から生じる収益に対する所得税や、不動産の固定資産税は通常通り課税されます。
②他益信託で注意すべき課税関係
他益信託では、委託者以外の人が受益者となるため、税務上は「利益の移転」があったとみなされ、以下の課税が発生する可能性があります。
- 受益権の評価額に応じた贈与税
- 受益者死亡時の相続税
- 信託終了時の贈与税または相続税
なお、信託開始時の受託者への不動産移転については、形式的な移転とみなされるため不動産取得税は非課税となります。このように、信託の設計によって税務上の取り扱いが大きく異なるため、専門家による適切なアドバイスが不可欠です。
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2.家族信託で発生する主な税金の種類
家族信託では、契約の開始から終了まで、様々なタイミングで税金が発生する可能性があります。ただし、これらの税金は信託の設計方法や財産の種類によって、発生する場合と発生しない場合があります。以下の表は、家族信託で発生する可能性のある主な税金をまとめたものです。この表を参考に、ご自身の状況に応じた税金の発生有無を確認してください。
ただし、自益信託の場合は贈与税が発生せず、実質的な財産権の移転がないため、多くの税金が非課税となります。税金の発生は信託の設計方法によって大きく異なるため、専門家への相談が推奨されます。
3.具体例で理解する家族信託の税金
高齢の父親(70歳)が所有するアパートの管理を長男(45歳)に任せたいというケースを例に、発生する税金について解説します。父親は家賃収入を継続して得たいと考えており、自益信託を設定することにしました。
① 受益者(父)にかかる税金
受益者である父親に課税される税金は、信託契約書で定めることで、受託者である息子が信託財産から支払うことができます。具体的な支払い方法として以下の3つが挙げられます。
- 不動産に加えて金銭も信託財産とすることで、信託口座から直接支払いが可能
- 家賃収入を信託口座で管理し、そこから税金を支払う
- 確定申告は受託者が受益者に代わって行うことができる
これにより、父親が認知症になった場合でも、適切な税務処理が可能となります。これにより、父親が認知症になった場合でも、適切な税務処理が可能となります。
では、具体的にどのような税金が発生するのか見ていきましょう。
贈与税
自益信託の場合、父親が受益者となるため贈与税は発生しません。ただし、将来母親を受益者に加える場合は、その時点で贈与税が発生する可能性があります。
相続税
父親(受益者)が死亡した時点で、信託財産を引き継ぐ次の受益者に相続税が課税されます。税額は通常の相続と同様に計算されます。
譲渡所得税
アパートを売却した場合や、受益権を第三者に売却した場合に発生します。これらの税金も信託財産から支払うことができます。
所得税・住民税
アパートの家賃収入に対して、従来通り父親に課税されます。アパートの家賃収入に対して、従来通り父親に課税されます。信託設定前後で変更はありませんが、支払いは信託口座から行うことができます。
② 受託者(息子)にかかる税金
受託者である息子は、信託財産の名義人となるため、いくつかの税金の納税義務者となります。ただし、実質的な負担は信託財産から行われ、息子個人の財産から支払う必要はありません。
登録免許税
不動産を持つ場合には信託登記を行う必要があり、その際に登録免許税が発生します。
信託開始時:不動産の固定資産評価額×0.3%(土地)、0.4%(建物)
信託終了時:原則として抹消登記(1,000円)と所有権移転登記(評価額×2%)
固定資産税
アパートの固定資産税は名義人である息子(受託者)に課税され、納税通知書は受託者に送付されます。ただし、実際の支払いは信託財産から行います。
譲渡所得税
信託開始時:非課税(形式的な名義変更のため)
信託終了時:原則として課税(ただし、父親に戻す場合や相続の場合は非課税)
このように、自益信託では受益者である父親に実質的な税負担が集中し、受託者である息子の税負担は限定的となります。
4.家族信託開始時にかかる税金
前章で見てきた父親のアパート管理のケースを例に、家族信託開始時に発生する税金について詳しく解説します。自益信託の場合、開始時の税負担は比較的軽いのが特徴です。
4-1.不動産の登録免許税:0.3~0.4%
不動産を信託財産とする場合、委託者から受託者(息子)への所有権移転登記が必要となります。この登記に伴い、以下の登録免許税が発生します。
土地=固定資産税評価額×0.3%(令和9年3月31日まで、以後は0.4%)
建物=固定資産税評価額×0.4%
なお、預貯金や株式などの金融資産のみを信託する場合は、登記が不要なため登録免許税は発生しません。
4‐2.不動産取得税:非課税
通常、不動産の所有権移転では固定資産評価額の3~4%の不動産取得税が課税されますが、家族信託の場合は非課税となります。これは、受託者への所有権移転が形式的なものに過ぎず、実質的な財産権は受益者(父)に残されているためです。この考え方は地方税法第73条の7においても明確に規定されており、信託による不動産の移転は実質的な所有権の移転とはみなされないことが法的にも認められています。
4-3.贈与税の課税判断のポイント
贈与税の課税は、信託の形態によって判断が分かれます。前述したとおり、委託者本人が受益者となる自益信託の場合は贈与税は非課税となり、委託者以外の人が受益者となる他益信託の場合は贈与税が課税されます。他益信託になってしまうケースとして多いのが以下のようなパターンです。
- 配偶者を受益者に加える場合
配偶者の介護費用を信託財産から支出したり、委託者が亡くなった後の配偶者の生活を保障したい場合 - 子どもを第二受益者に指定する場合
複数の子どもで受益権を分割をしたり、障害のある子どもに受益権を渡したい場合
このように、家族信託は将来の資産管理を見据えた柔軟な設計が可能ですが、税務面での影響を十分に考えた上で設計をする必要があります。
5.家族信託期間中の税金
信託契約がスタートした後に発生する税金としては、①固定資産税、②所得税、③譲渡所得税があります。信託期間中の税金は基本的に受益者に帰属しますが、実務的な支払いは信託財産から行うことで、認知症などのリスクにも対応できます。特に、確定申告などの税務手続きは受託者がサポートできる点が家族信託の大きなメリットとなっています。
5-1.固定資産税の支払い方法
固定資産税は、不動産の登記名義人である受託者(息子)に納税通知書が送付されます。実際の支払いは信託財産である信託口座から行うのが一般的で、受託者の個人財産から支払う必要はありません。ただし、納税通知書は受託者の自宅に送付されるため、適切な管理体制を整えることが重要です。
5-2.不動産所得にかかる所得税・住民税
アパートの賃貸収入に関する税金は、その収入を得る受益者である父親に課税されます。確定申告は受益者名義で実施し、税額計算は通常の不動産所得と同様の方法で行います。支払いについては信託財産から行うことが可能です。これにより、将来父親の判断能力が低下した場合でも、受託者である息子が適切に税務処理を行うことができます。
5-3.信託財産売却時の譲渡所得税
家族信託の大きな特徴として、受託者による不動産売却が可能です。売却時の譲渡所得は受益者である父親に帰属し、売却益に対する税金は受益者が申告することになります。税金の支払いは信託財産から行うことができ、売却代金も信託財産として管理されます。
6.家族信託終了時の税金
家族信託の終了時に発生する税金は、終了の原因や信託財産の帰属先によって大きく異なります。特に生前解約の場合は、贈与税の課税を考慮した慎重な判断が必要となります。
6-1.相続による終了時の税金
受益者である父親の死亡により信託が終了する場合、信託財産は相続財産として扱われます。この場合の税務上の取り扱いは以下の通りです。
相続税の課税
信託財産を取得する相続人(例:母親)に対して相続税が課税されます。税額は通常の相続と同様に計算され、配偶者控除などの特例も適用可能です。
登記費用と不動産取得税
相続人が信託財産を取得する際の登記費用については、信託登記抹消として不動産1件につき1,000円、所有権移転登記として固定資産評価額の0.4%が必要となります。なお、不動産取得税については、相続による取得として扱われるため非課税となります。
6-2.生前解約時の贈与税
受益者である父親の生存中に信託契約を終了する場合、信託財産の帰属先によって税務上の取り扱いが変わります。
受益者本人が取得する場合
実質的な財産移転がないため、贈与税は非課税となります。また、登録免許税と不動産取得税も非課税となります。これは、信託財産が元の所有者に戻るだけであり、実質的な経済的価値の移転がないためです。
第三者が取得する場合
受益者以外の者(例:子や孫)が信託財産を取得する場合は、信託財産の評価額に応じて贈与税が課税されます。また、登記費用として固定資産評価額の2%の登録免許税が必要となり、不動産取得税も固定資産評価額の3~4%が課税されます。
7.家族信託の節税効果
家族信託は財産管理の手法として優れた仕組みですが、単独での節税効果は限定的です。むしろ、適切な財産管理を通じて、他の相続対策を実行できる環境を整えることに意義があります。
7-1.家族信託単独での節税効果
家族信託自体には直接的な節税効果はほとんどありません。むしろ、設定方法を誤ると税負担が増加するリスクもあります。
税金面から見ると、最適な設計をしても、プラスマイナスゼロが現実的な評価となります。そのため、節税だけを目的として家族信託を検討することは適切ではありません。
7-2.他の対策と組み合わせた節税方法
家族信託の真価は、認知症などで判断能力が低下した後も、以下のような相続対策を継続して実行できる点にあります。
- 信託報酬の活用による財産の計画的な移転
- 不動産の有効活用や資産の組み換え
- 生前贈与の計画的な実施
- 不動産の有効活用による収益性の向上
特に信託報酬の設定は有効な方法の一つです。受託者への定期的な報酬支払いにより、結果として相続財産を減少させることができます。ただし、報酬額は適正な範囲内である必要があります。
家族信託は、財産管理の基盤を整備する手段として捉え、その上で従来の相続対策を組み合わせていくことで、より効果的な資産承継が可能となります。重要なのは、節税効果を期待するのではなく、適切な財産管理を通じた相続対策の実行環境を整えることです。
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累計6000件を超える相続・家族信託相談実績をもとに、ヒアリングした希望からどんな対策が有効か、家族信託は必要かなどを費用と相談しながら進めていきます。
8.動画解説|家族信託ではどんな税金を支払うの?
9.まとめ
今回の記事では、家族信託の税金面に視点を当てて、時系列でどのような税金がかかるのか見てきました。以下でポイントをまとめてみましょう。
- スタート時にかかるのは不動産にかかる登録免許税だけ
- 不動産の固定資産税は受託者が信託財産から支出する
- 信託契約終了時は信託契約の終了事由によって贈与税、相続税、非課税と課税関係が変わる
- 家族信託そのものでは、節税効果はない
- 家族信託を認知症対策として活用し、生前贈与、生命保険、試算組み換えなど他の対策とセットで行うことで節税効果が発揮する
家族信託でも基本的には税金としての性質がそのまま適用され、利益があるところに対応する税金が適用されると考えてください。実際の事案では間違った運用をすると予期しない税負担が発生する恐れがあるので、家族信託の検討は専門家の支援を受けて行うようにしてください。