【司法書士が解説】家族信託の受託者を複数人にした場合のよくある間違い|受益者代理人と信託監督人の活用方法

この記事の監修
司法書士・行政書士事務所リーガルエステート 代表司法書士
斎藤 竜(さいとうりょう)


司法書士法人勤務後、2013年独立開業。
司法書士としての法律知識だけではなく、「親子の腹を割った話し合い、家族会議」を通じて家族の未来をつくるお手伝いをすることをモットーに、これまでに350件以上の家族信託をはじめ、相続・生前対策を取り組んでいる。年間60件以上のセミナーを全国各地で行い、家族信託の普及にも努めている。

家族信託・民事信託を活用することで、高齢の親の認知症対策を行っていきたいという相談を多く受けるなか、受託者を複数人とすることで、お互いに監視の目を行き届かせ、財産管理をしっかり行いたいというニーズから、受託者を特定の子1名にするのではなく、長男と長女など複数の子に管理を任せたい、そういった相談を受けることがよくあります

今回の記事のポイントは下記のとおりです

  • 家族信託・民事信託の原則的な当事者は、財産管理を託される受託者(後継受託者)、財産管理を託す委託者兼受益者、信託を終了時に信託財産を引き継ぐ帰属権利者の3名
  • 原則的な当事者に加えて受益者を保護する役割を担う、信託監督人、受益者代理人を設置の検討が必要
  • 受託者が一番重要であるため、適任者の選任が信託設計の最大のポイント。適任者がいない場合には法人も検討材料
  • 受託者の他、受託者に万が一があった場合に備えて、後継受託者の定めを設ける必要がある
  • 受託者を複数人とする場合には、意思決定が迅速にできないため、受託者1名が原則、他の家族を関与させる場合には、信託監督人、受益者代理人の設定を検討すべき

今回の記事では、家族全体での家族信託・民事信託を活用した財産管理という点をポイントに家族信託・民事信託に登場する当事者と、実際にどのように信託を設計していけばよいのか解説していきます。

1.事例:実家と預貯金の管理を家族で行いたい

自宅と預貯金を所有している父(父・87歳)がいます。
子供は長男(64歳)と長女(長女60歳)の2名です。

父は実家で一人暮らしをしており、先日、外出先で急に倒れ、数日間入院するなど、体調や具合も悪くなってきました。今は無事退院しましたが、物忘れが出始めており、認知症の症状が生じています。
今後認知症の程度が進んだ場合、生活費の管理や施設への入居、施設の費用を捻出するための空き家となった実家の売却など財産の管理問題が心配です。

1-1.何もしなかった場合

認知症など父の判断能力が喪失した場合には、実家の売却、管理をすることができなくなります。

成年後見制度を活用すると、父の金融資産の状況にもよりますが、専門家など第三者後見人がつく可能性があります。そして、日常生活に必要がない金融資産については、家庭裁判所の「報告書・指図書」がないと引き出し等ができないという「後見制度支援信託」か「後見制度支援預金」の利用を求められる可能性が高くなります。

認知症になってしまった後の口座の引き出しのリスクや成年後見制度支援信託の詳しい話については下記の記事に詳しくまとめていますので確認してみてください。

1-2.家族信託・民事信託を利用した場合

父が、信頼できる家族、認知症になる前から、信託財産として実家と金融資産の管理を任せることができる契約です。

具体的には信託契約を父(委託者)と子(受託者)の間で締結し、不動産を受託者名義に変更し、金融資産は受託者である子名義の信託口口座に父(委託者)の口座から移し、子は信託契約で定められた目的に従って実家と金融資産の管理、売却、処分など、委託者である父に代わって取引を行うことができます。

親が認知症になった後も信託口口座は凍結しない為、引き続き子供が取引をすることができます。また、信託契約では親が亡くなった後の信託財産の帰属権利者を定めるので、遺言機能もあり相続手続きもスムーズに行うことができます。

2.家族信託・民事信託を行う当事者の設定の考え方

家族信託を設計するにあたっては、複数の当事者が登場します。

◆受託者(後継受託者) ・・・ 財産管理を託される人
◆委託者 ・・・ 財産管理を託す人
受益者 ・・・実際に権利を有する人
◆帰属権利者 ・・・ 信託を終了時に信託財産を引き継ぐ人

これらの登場人物が家族信託・民事信託の原則的な当事者です。

そして、上記に加えて受益者を保護する役割を担う、信託監督人、受益者代理人を設置するか否かをご家族の状況に応じて検討します。ここでは、財産管理を担う受託者、受益者を保護する信託監督人、受益者代理人のそれぞれの役割について説明します。
誰を当事者に置くかが重要なポイントです。

3.受託者の役割とは?そこから設計方法を考える

信託のメインプレーヤーです。
受託者は委託者より信託された信託財産について、財産の管理又は処分及びその他の信託の目的の達成のために必要な行為をする権限を有します(信託法26)

他人の財産を管理するため、法律行為が制限されている未成年者は受託者となることはできませんが、それ以外であれば、個人、法人を問わず受託者となることができます(信託法7)。

ここから役割について詳細に見ていきましょう。

3-1.受託者の適任者を検討する

信託契約において、受託者の権限につき一定の行為(自宅の売却禁止、自宅を売却するには長女の同意を要するなど)について制限を加えることもできるため、財産管理方針を制限することもできますが、一度信託契約を締結した以上は、受託者は信託契約の内容に従って財産管理を行い続けます。

後述する受益者代理人や信託監督人がいない場合には、受益者が意思判断能力を喪失したときには、誰も受託者の行動をチェックする人がいなくなってしまい、受託者の横領など誰も受託者の暴走を止めることができなくなってしまいかねないというリスクが発生します。
そのため、受託者を誰にするのか、権限として何を与えるのかということは設計において非常に重要です。

3-2.受託者が先に死亡するなどのリスクを回避するため後継受託者の設定は必須

後継受託者を必ず信託設計時に定めておく必要があります。受託者が先に他界した場合には、信託財産の権利を適切に引き継ぐ必要があるからです。

後継受託者の定めがないと、裁判所に対する信託財産管理者、後継受託者等の選任申立て手続きが完了するまで管理者が誰もいないという状況が生まれてしまうからです(信託法62④,64①)。特に身近な家族のみで行う家族信託で管理者不在になってしまうと委託者兼受益者の財産管理に空白が生じてしまうため、後継受託者を予め指定しておく必要があります。
家族信託は委託者兼受益者と受託者の2名で契約はできますが、受託者がいなくなるという管理者不在のリスクを鑑みると委託者兼受益者、受託者、後継受託者の3名はいないと実際の家族信託・民事信託の設計はできません。

3-3.信託契約時点で受託者となる適任者がいない場合の対応方法

信託組成の段階でまだ適任者がいない場合も想定されます。先述した通り、受託者は個人に限られず法人もなることができます。

そこで、適任者がいないため、暫定的な手段として法人を新規に設立(依頼者が資産管理会社を所有していれば、その法人を活用することも検討材料です)して、法人を受託者にすることも一案です 。法人を受託者にした場合には法人管理コストがかかりますが、収益物件を信託財産とする場合には、そのコストを吸収することができるので検討してもいいかもしれません。

身寄りがない、信頼できる親族が誰もいないといった場合には、法人を設立しても後を任せる人材がいないため、家族信託を行うことは難しいと言わざるを得ません。
そういった場合には、他の手段として免許を受けた信託会社が受託者となる商事信託(金銭を信託財産として受け入れることはできますが、不動産については受け入れてくれるかどうかは信託会社で定める条件次第であり、不動産を受け入れる信託会社はまだ少数しかありません)成年後見制度の活用を検討する必要があります。

3-4.受託者の報酬

信託報酬の定めを設けることにより、受託者は信託財産の中から信託報酬を得ることができます(信託法54①)。
その結果、贈与という方法をとらず、受益者が判断能力を喪失した場合でも信託財産を減少させ、親から子へ財産を移動させる効果があることから相続税対策として利用することも一案です。

信託報酬の定め方は、下記の記事で紹介しています。

3-5.受託者を複数人とする場合のリスク

受託者が2人以上いる場合には、信託契約に別段の定めがある場合を除き、信託事務について受託者の過半数をもって決定することになります。また、信託契約で受託者の職務の分掌に関する定めがある場合には、各受託者は、その定めに従い、信託事務の処理をします(信託法80)。

家族信託を設計する場合には、相互監視させるために受託者を複数人とすることもできますが、複数人としてしまうと柔軟な財産管理を行うためにせっかく家族信託をしたにもかかわらず、過半数の一致が必要なことになってしまいます。相互監督できるというメリットがありますが、受託者同士の意見がまとまらない場合には、受託者複数人名義での財産となり、各種財産管理ができなくなってしまうというリスクがある、ということです。
そのため、受託者を複数人とせず、受託者を一人とするべきです。

また、実際の信託口口座開設などの実務も、金融機関によっては、受託者は1名とする場合のみ開設に対応するといった制約もあるため、複数人とした場合には各種金融取引などもできなくなってしまう可能性があります。

4.信託監督人の役割とは

信託監督人は、受益者が現存する場合に、受益者のために受託者を監視、監督する権限を有する者です(信託法131①、132①)。例えば、受益者が高齢者や未成年者であるなど、受益者自身が受託者を監視・監督することが困難な場合等に選任します。未成年者及びその信託の受託者は信託監督人となることができません(信託法137、124)が、それ以外の者は、個人・法人を問わず信託監督人となることができます。

4-1.信託監督人の権限

信託監督人は、信託契約に別段の定めがある場合を除き、受益者が持つ「受託者を監督する権利」を受益者のために行使することができます(信託法132①)。

その権限は、受託者が適正に財産管理をおこなっているか監督する権限のみであるため、受益者が持つ「信託の意思決定に関する権利」までは権限を行使することはできません。例えば、信託契約の変更や終了など、将来、家族構成や財産管理の方針が変わり、変更等する必要がある場合において、信託監督人はその変更手続きについての権限を有しないのです。

そのため、信託監督人がいても、変更や終了など重要な意思決定は、受益者本人が行う必要があることから、高齢である受益者が判断能力を喪失した場合には、その手続きができないことになります。

4-2.信託監督人に権限を付加する

先述した通り、信託監督人には、監督権限しかないため、信託契約に条項を設けて、一定の財産の処分(不動産の処分、一定額以上の支払いなど)をするには信託監督人の同意が必要とするなど、信託監督人の権限を付加することにより、受託者の権限を制限することもできます。

4-3.信託監督人の報酬

信託監督人は、信託契約に信託監督人が報酬を受ける旨の定めを設けることにより、報酬を請求することができます(信託法137、127③)。

5.受益者代理人の役割

受益者代理人は、受益者のために受益者の権利を裁判上又は裁判外で行為をする権限を有する者です(信託法139①)。例えば、受益者が重度の知的障害者であったり認知症であったりする場合などに活用します。

未成年者及びその信託の受託者は受益者代理人となることができませんが(信託法144、124)、それ以外の者は、個人・法人を問わず受益者代理人となることができます。信託監督人と異なり、「受託者を監督する権利」のみならず、「意思決定に関する権利」も有します。

5-1.受益者代理人を設定すると、受益者の権利行使ができなくなるので注意

受益者代理人は、原則、受益者の権利に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限があります(信託法139①)。

そして、その受益者代理人に代理される受益者は、信託監督人の場合と異なり、受託者を監督する権利及び信託行為において定めた権利を除き、その権利を行使することができなくなるので注意が必要です(信託法139④)。受益者と受益者代理人とが権限を共に行使できるとすると、受託者において信託事務の処理に混乱が生じるため、信託契約等で定めたものに限り受益者が権利を行使できるものとされているからです。

そのため、受益者代理人を設定する際は、委託者である親が権利行使ができなくなることを理解したうえで設定する必要があります。また、親の判断能力があるので、現時点では受益者代理人を設定せず、将来選任することができる条項を予備的に定めておくという対策も検討材料です。

5-2.受益者代理人の報酬

受益者代理人は、信託契約に受益者代理人が報酬を受ける旨の定めを設けることにより、報酬を請求することができます(信託法144、127③)。

6.家族全体で家族信託・民事信託を進める場合の設計方法

先ほどの事例で実際に家族信託・民事信託の設計の仕組みを検討していきます。

受託者を長女とし、受託者を監督し、将来の信託スキーム変更に対応できるよう受益者代理人として長男を設定します。受託者を監督する受益者代理人として長男を設定することで、将来父が重い認知症を患い意思判断能力が喪失しても、お互いに信託事務を監督し、信託の変更や合意終了もできるような信託スキームを設計することができます。

また、予備的に長女が先に他界するなど万が一が発生した場合に備えて、長男を後継受託者として設定し、受託者と受益者代理人は受益者保護の観点から信託法上、兼任できないため、後継受託者就任時に受益者代理人を退任する旨の定めを信託契約に定めることで、家族全体で父の財産管理を行っていく仕組みをつくることができます。

信託スキーム
委託者    父
受託者    長女(後継受託者:長男)
受益者    父
受益者代理人 長男(後継受託者就任により退任)
信託財産 実家、金銭
帰属権利者 父の法定相続人

7.まとめ

  • 家族信託・民事信託の原則的な当事者は、財産管理を託される受託者(後継受託者)、財産管理を託す委託者兼受益者、信託を終了時に信託財産を引き継ぐ帰属権利者の3名
  • 原則的な当事者に加えて受益者を保護する役割を担う、信託監督人、受益者代理人を設置の検討が必要
  • 受託者が一番重要であるため、適任者の選任が信託設計の最大のポイント。適任者がいない場合には法人も検討材料
  • 受託者の他、受託者に万が一があった場合に備えて、後継受託者の定めを設ける必要がある
  • 受託者を複数人とする場合には、意思決定が迅速にできないため、受託者1名が原則、他の家族を関与させる場合には、信託監督人、受益者代理人の設定を検討すべき

信託の当事者となるのは委託者、受託者(後継受託者も含む)、受益者、そして帰属権利者です。そして、信託が適正に運営されていくよう受託者を監視する、受託者をサポートする立場である信託監督人、受益者代理人に家族の中から誰を選任するのか検討を行っていく必要があります。

場合によっては、信託設計をサポートした専門家が信託監督人、受益者代理人として就任することもできますが、信託の当事者となり長期にわたり権限を行使する立場になってしまいますので、専門家を信託の当事者として選任するかは慎重な判断が必要です。信託設計後、家族信託・民事信託設計に関わった専門家が顧問的な立場として受託者にアドバイスをおこなっていく方法もあります。

信託設計後、どのように受託者をサポートする仕組みをつくっていくのか、設計時点のみならず、その後の運用面も含め専門家と相談の上、手続きを進めていってみてくださいね。


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