農地所有者の高齢化が進み、その相続についての相談も増えてきました。農地に関する相続は、民法や相続法のほか、農地法という特殊な法律も関係しているため、相続税法上の納税猶予制度、生産緑地にまつわる固定資産税の減免措置などの制度を利用するにしても一つ一つ確認が必要です。
特に、本人の判断能力や健康状態によっては、急いで遺言などをつくる必要がでてくるなどの場合には、何か一つ見落としてしまうと取り返しがつかない問題が発生する可能性もあり、細心の注意が必要です。
今回の記事のポイントは下記のとおりです。
- 遺言で農地を相続させる場合には、誰に相続させるのか確認する必要がある
- 農地を相続人に遺言で相続させる場合には農業委員会の許可は不要
- 相続人以外の者に特定の農地を遺言で相続させる場合には、特定遺贈と解釈されるため農業委員会の許可を得る必要がある
- 家族信託・民事信託で農地を検討する際には、宅地転用前提で信託契約を進める必要があるため、農地のまま信託をすることはできない
意外と見落としがちな農地の遺言・家族信託を検討する際に気を付けるポイントについてお伝えしていきます。
事例:農地を孫に相続させたい
下記のような相談がありました。
高齢の母が所有する財産について長女から生前対策の相談です。
長女は夫との間に子が一人います。父は他界しており、長女と同居しています。自宅、アパートの他、農地を複数お持ちでした。
税理士とも相談し、相続税を試算したところ相続税が1億円程度かかることが分かりました。相続税対策を考えたところ自身の財産を子ではなく、直接孫に相続させる方法を検討しています。孫と養子縁組をすることを検討もしましたが氏が変わってしまうことから、今のところ養子縁組を予定していません。
そこで、遺言で長女を経ずに、一代飛ばしで孫に財産を相続させることを検討しています。
このケースをもとに、遺言や信託契約書を作る際の注意点をお伝えしてきます。
遺言で農地を相続する場合の一般的な方法
一般的に遺言を作成する際には”●●の財産を〇〇に相続させる”といったような内容で作成することが多く見られます。この”相続人に相続させる”という内容の遺言は、民法上”遺産分割方法の指定”と解釈されます。
遺言がなければ、誰が何を相続するかを家族の話し合いで定める遺産分割協議を行うことになりますが、”相続人に相続させる”という内容の遺言を作成することで、相続人は遺産分割の合意を行う必要がなくなるということです。
ですから、相続後の農地の名義変更(相続登記)についても、通常の登記のやり方で(遺産分割協議書の提出等なしに)、行うことができます。
そして、相続登記においては、農地法の許可等の要件がありません。ですから、遺言に基づく相続登記手続きも農地法等の許可は不要です。
■遺言文例■
遺言者は、その遺産について、次のとおり相続させる。(1)長男にA不動産、二男にB不動産、その他の財産は長男・次男均分とする、(2)長男にA不動産、二男にB不動産する遺言がなされた場合は、いずれも「相続」を原因とする所有権移転の登記をすることができる。(昭和47年4月17日民甲1442局長通達)
しかし、今回の相談事例では、相続人ではない孫に相続させたいという希望がありますので、“孫に農地を相続させる”という内容の遺言では上記の取り扱いとはならないのです。
遺言書の作り方については下記の記事で詳しく解説していますので、確認してみてください。
相続人以外の方に農地を相続する遺言作成の注意点
相続人以外の者に対して相続させる内容の遺言は、「遺贈」と解釈されます。なぜならば、相続人でない者に財産を相続させることはできないからです。相続人でない孫に相続させるという今回のケースでは、遺言を作成するのであれば”遺贈”と解釈して手続きを進めていく必要があります。
遺言で特定の財産を特定人に承継させる遺贈については、遺贈の方法を検討する必要があります。遺贈には「包括遺贈」と「特定遺贈」という2つの方法があります(民法第964条)。
特定遺贈
特定遺贈とは「特定の財産を〇〇に遺贈する」というように承継させる財産を特定した場合を指します。そして、特定遺贈には相続人に対する特定遺贈と相続人以外への特定遺贈の2つの場合があります。
・相続人への特定遺贈
「農地を長女(相続人)に遺贈する」という内容で作成した場合、長女は相続人に該当するため、相続と同様に農地法の許可は不要です。
・相続人以外への特定遺贈
「農地を孫(相続人以外)に遺贈する(相続させる)」という内容で作成した場合、孫は相続人でないため、 売買や贈与など同様に農地法3条の許可が必要となることから、農地法の許可がないと遺言に基づく名義変更手続きはできません。
包括遺贈
包括遺贈とは「全財産を孫に遺贈する」というように財産を特定せず包括的に財産を遺贈する場合のことを指します。
包括遺贈を受けた人(包括受遺者)は、相続人と同じ権利義務を持ちます(民法第990条)。そのため、相続と同様に取り扱われ、農地法の許可は不要となります。
今回の事例の場合で言うと、孫との間で養子縁組をしていない以上、孫に対しての相続させる内容の遺言は、孫が相続人ではない以上遺産分割方法の指定として解釈することはできないため、遺贈で対応する必要があるのです。
農地法3条の許可基準とは
”農地を孫(相続人以外の者)への遺贈” という内容の遺言だと、農地法3条の許可が必要となります。農地については農地法という法律が適用になり、その要件としては下記のようなものがあります。
・所有している農地または借りている農地のすべてを効率的に耕作しているかどうか
・農業を常時従事しているかどうか
・譲受人である受遺者が耕作する農地の合計面積が一定の面積以上であるかどうか
・周辺の農地利用に影響がないか
以上のすべての要件を満たすと、農地の名義変更(権利の移転)が認められます。
今回の事例で、”孫に農地を相続させる”という内容の遺言を作ったとしても、実際に相続手続きを行う際にはこの農業委員会の許可を得る必要があります。農業委員会の許可が得られない場合には、遺言はつくったものの、その遺言に基づいて農地の名義を孫に変更することができないという事態になってしまうのです。
農地のままで特定遺贈とする場合には、農地法3条の許可が必要になります。ですから、事前にその許可が取れる見込みがあるのか、農地が所在する地区を管轄する農業委員会に事前に確認しておく必要があります。または、包括遺贈で対応する、孫との間で養子縁組を検討するなど、別の手法での対策を考えていかなければなりません。
家族信託、民事信託で農地を信託するには
家族信託・民事信託で孫に農地を渡したいと考える際も、農地法の問題を考慮して設計していく必要があります。
そもそも農地の状態のまま受託者となることができるのは、農地法3条の規定により、農業協同組合等の一定の法人に限定されています。子など家族を受託者とする家族信託・民事信託の設計においては、農地のまま信託契約をすることはできず、宅地にする必要があります。
もし、農地を信託したいのであれば、農地を宅地化する前提で、農地法4条又は5条の許可等を得た上で、受託者との間で信託契約を行う必要があるのです。今回の事例では、農地を宅地化する予定はなく農地を信託財産とすることはできないため、別途、上記で述べた遺言を作成する必要があります。
農地を信託する際に考えるべきポイントについては下記の記事で詳しく紹介していますのでこちらを確認してみてください。
まとめ
- 遺言で農地を相続させる場合には、誰に相続させるのか確認する必要がある
- 農地を相続人に遺言で相続させる場合には農業委員会の許可は不要
- 相続人以外の者に特定の農地を遺言で相続させる場合には、特定遺贈と解釈されるため農業委員会の許可を得る必要がある
- 家族信託・民事信託で農地を検討する際には、宅地転用前提で信託契約を進める必要があるため、農地のまま信託をすることはできない
農地を相続するには、農地法やそのほか法務税務についての取り扱いが複雑になります。また、農地法3条、4条、5条と、それぞれ申請手続きも細かな確認も必要です。また、相続人に相続させるか、相続人以外に相続させるか、それぞれメリットデメリットがあり、ご家族ごとに対応が異なります。農地をお持ちの場合は、専門家に相談して検討されることをオススメします。