本人または相続人が認知症を発症してしまうと、相続に関する手続きができない可能性があります。そのため、事前に対策を講じておくことが重要です。
今回の記事のポイントは以下のとおりです。
- 本人または相続人が認知症を発症して判断能力が低下すると、財産管理ができない、相続手続きができないなどの相続トラブルが発生しやすい
- 認知症の人が相続人にいるなど遺産分割ができない可能性がある場合には、事前に遺言書を作成したり、遺言執行者を指定したりすることが重要である
- 任意後見制度や家族信託を活用することで、相続トラブルを未然に防げる
- 任意後見制度とは、将来自身の判断能力が低下したときに備えて、信頼できる人に支援を事前にお願いしておく制度のこと
- 家族信託とは、自分の財産が管理できなくなる前に信頼できる家族に財産管理できる権限を与え、資産承継先を事前に決められる仕組みのこと
- すでに本人または相続人が認知症になってしまった場合は、成年後見制度を活用する
本記事では、本人または相続人が認知症を発症した場合の相続トラブルの事例を紹介します。相続トラブルを未然に防ぐための対策も紹介しているので、併せて参考にしてみてください。
目次
1.本人・相続人が認知症の場合、相続トラブルが起こりやすい
本人または相続人が認知症を発症してしまうと、さまざまな相続トラブルが想定されます。ここでは、本人が認知症になったケースと相続人が認知症になったケースに分けて、どのような相続トラブルが生じるのかを確認していきましょう。
1-1.「本人が認知症」の場合の相続トラブル
本人が認知症になった場合の相続トラブルは、主に以下の3つです。
- 金銭管理ができなくなる
- 預貯金の名義が凍結される恐れがある
- 契約や遺産相続の話し合いができない
本人が認知症になってしまうと判断能力が低下するため、相続に関する手続きがスムーズにできません。ここでは、どのようなトラブルが想定されるのかをチェックしていきましょう。
金銭管理ができなくなる
本人が認知症になってしまうと判断能力が低下してしまうため、金銭管理ができなくなります。そのため、生活に必要のない高額な買い物をしてしまったり、高齢者を狙った詐欺に巻き込まれたりする可能性もあるでしょう。
他にも、家賃や公共料金、税金といった各種支払いを忘れてしまうケースもあり、自身で正しい金銭管理ができなくなります。
預貯金が凍結される恐れがある
本人が認知症を発症して判断能力が低下すると、本人の資産を守るために預貯金が凍結される恐れがあります。もし、預貯金が凍結されれば定期預金を解約して介護費用を用意しようと思っても、本人の意思が確認できないので解約できません。
本人名義の預貯金が使えないと、本人の生活費や介護費用など、すべてを家族などが準備しなければいけないため、金銭的な負担が大きくなります。
契約ができない
本人が認知症を発症してしまうと、各種契約や遺産相続の話し合いができません。例えば、本人名義の自宅を売却したいと考えた場合、名義人本人の意思が確認できなければ不動産を売却することはできません。自宅が売却できなければ介護費用を捻出するのも難しくなるほか、空き家を管理する手間も増えるでしょう。
1-2.相続発生時に「相続人が認知症」の場合の相続トラブル
相続が発生したときに、相続人が認知症を発症してしまったときの相続トラブルは、主に以下の4つが考えられます。
- 遺産分割協議に参加できない
- 相続放棄もできない
- 家族が代理で遺産分割協議を進めるのもNG
- 家族が勝手に押印すると犯罪になる可能性も
相続人が認知症を発症してしまうと意思や判断能力が低下するため、相続に関する手続きがスムーズに進められません。どのようなトラブルが想定されるのか、事前に確認しておきましょう。ここでは、相続発生時に相続人が認知症を発症していたときの相続トラブルについて解説します。
遺産分割協議に参加できない
相続人が認知症を発症してしまうと、遺産分割協議に参加できません。遺産分割協議とは、相続人の間で「誰がどの遺産を相続するか」を話し合うことです。遺産分割協議も法律行為の一種であるため、認知症によって意思や判断能力が低下した人は参加できない決まりになっています。
認知症の人が遺産分割協議に参加してしまうと、その話し合いは無効と判断される可能性も高いため注意が必要です。
相続放棄もできない
相続人が認知症を発症してしまうと、相続放棄もできません。遺産分割協議に参加できないのであれば、相続放棄してもらおうと考える人もいるでしょう。しかし、相続放棄も一種の法律行為であるため、判断能力が低下した状態では認められない仕組みになっています。
そのため、相続人が認知症を発症してしまうと、相続に関する協議がまったく進まない事態に陥ってしまうのです。
家族が代理で遺産分割協議を進めるのもNG
相続人が認知症を発症してしまい、遺産分割協議に参加できないからといって、家族が代理で話し合いを進めることはできません。たとえ相続人の家族であっても、法律上の正当な代理人として認められたわけではないため、代わりに話し合いに参加する権限を持っていないからです。
相続人が認知症を発症したとしても、代理人の参加は認められていない点に注意しましょう。
家族が勝手に押印すると犯罪になる可能性も
相続人が認知症になった場合、代理権のない家族が勝手に署名押印することも認められていません。正当な代理人以外が勝手に署名押印してしまうと、私文書偽造罪に該当する恐れがあるためです。
たとえ 相続人の子どもであっても犯罪になる可能性があるため、認知症になった人の代わりに署名押印することは絶対に避けましょう。
2.認知症の人が亡くなるまで手続きを放置するとどうなる?
本人や相続人が認知症になった場合、相続に関する手続きがスムーズに進まないことから、認知症の人が亡くなるまで手続きを放置しようと考える人がいるかもしれません。しかし、遺産分割の手続きを行わずに放置していると、以下のようなデメリットが生じる可能性はあります。
- 預貯金が本人名義のままになってしまい、払い戻しが一切できない
- 預貯金が「誰の所有物なのか」「誰が管理しているのか」がわからなくなり、混乱を招く
- 不動産を放置している間の維持費や管理費を誰が立て替えるのかが問題になる
- 株式の名義変更を5年以上放置すると、権利が失われる
- 相続税の申告と納付期限を過ぎると、無申告加算税や延滞税が課せられる
- 相続があることを知ってから3ヶ月以内に相続放棄、もしくは限定承認の手続きを行わなければ、多額の借金を相続する可能性もある
遺産分割の手続きには期限が設けられていないため、放置しても罰則はありません。しかし、遺産分割の手続きを行わなければ、誰が何を相続するのかを把握できず、不利益を生じることもあるでしょう。そのため、認知症の人が亡くなるまで、遺産分割の手続きを放置することはおすすめできません。以下で紹介する対策を講じて、トラブルを未然に防ぎましょう。
また、亡くなった後の葬儀・お葬式について詳しく調べたい場合には、下記のサイトも参考にしてみてください。
3.本人が認知症になる前の相続トラブル対策
本人が認知症になる前にできる相続トラブル対策は、主に以下の2つです。
- 遺言書を作成しておく
- 認知症の人にも財産を遺すなら遺言執行者を指定しておく
本人が認知症になって判断能力が低下してしまうと、有効なトラブル対策はできません。そのため、本人が正確な判断能力を持っている間に、トラブル回避の対策を講じておくことが大切です。ここでは、それぞれのトラブル対策について詳しくチェックしましょう。
3-1.遺言書を作成しておく
人が認知症になる前に、遺言書を作成しておきましょう。遺言書があれば、本人が希望する人物に財産を遺せるため、遺産の継承先を自由に選択できます。
ただし、遺言書を作成するときは、必ず公正証書遺言を利用することが重要です。公正証書遺言とは、公証人が公文書として作成する遺言書のことで、信頼性が非常に高くなります。原本は公証役場で保管されるため、書き換えや隠ぺいのトラブルも発生しにくいことが特徴です。
なお、遺言書を作成する際は、すべての遺産の相続方法を指定することも忘れないようにしましょう。万が一漏れがあると、遺産分割協議が必要となります。
3-2.財産を遺すなら遺言執行者を指定しておく
特定の人に財産を遺したいと考えているならば、遺言執行者を指定しておくことも大切です。遺言執行者とは、遺言書に書かれている内容を実現する人物のことです。例えば、相続人として指定された人の代わりに預貯金の払い戻しや、不動産の名義変更の手続きを行います。
遺言執行者がいれば、スムーズに遺産を相続できるのです。
4.相続人が認知症になる前の相続トラブル対策
相続人が認知症になる前にできる相続トラブル対策は、主に以下の2つです。
- 任意後見制度を利用する
- 家族信託を行う
先述したとおり、相続人が認知症になってしまうと遺産分割協議に参加できないため、相続に関する手続きを進められません。そのため、相続人が元気なうちに対策を講じておくことで、スムーズに手続きを進められるでしょう。ここでは、相続人が認知症になる前にやっておきたい相続トラブル対策について紹介します。
4-1.任意後見制度を利用する
相続人が認知症になる前に、任意後見制度を活用しておきましょう。任意後見制度とは、将来自身の判断能力が低下したときに備えて、信頼できる人に支援を事前にお願いしておく制度のことです。
任意後見制度を活用していれば、正当な代理人として契約などの法律行為を代行できます。そのため、相続発生時に相続人が認知症を発症していても、さまざまな契約を進めることが可能となります。
なお、任意後見制度の詳細については、以下の記事で詳しく解説しているので併せて参考にしてください。
任意後見制度にかかる費用相場
任意後見制度を利用する際にかかる費用相場は、以下のとおりです。
公正証書作成手数料 | 約2万円
弁護士や司法書士に依頼する場合は、約10万円 |
任意後見監督人選任の申立て費用 | 約1~2万円
鑑定が必要と判断されれば、さらに5~10万円 |
任意後見人・任意後見監督人への報酬 | 管理財産額 5,000万円以下:月額約1~2万円
5,000万円以上:月額約3万円 |
任意後見制度を利用する場合、必ず公正証書を作成しなければいけません。そのため、公証役場への手数料や法務局に納める印紙代などが発生します。また、弁護士や司法書士といった専門家に依頼する場合は、費用が多くかかる点にも注意が必要です。
なお、申立てが終了して後見業務が開始されると、任意後見人や任意後見監督人への報酬も発生します。任意後見人への報酬は無償の場合もあるものの、任意後見監督人への報酬は必ず発生するため注意しましょう。
費用を払えない場合は、支援事業や法テラスを利用しよう
任意後見制度の費用が払えない場合は、成年後見制度利用支援事業や法テラスの利用を検討しましょう。成年後見制度利用支援事業とは、親族による審判の申立てができない場合に、住んでいる地区の市長が代わって申立てを行う制度のことです。費用の支払いが困難な人に対して、必要な費用や報酬を助成します。
ただし、成年後見制度利用支援事業は自治体が運営しているため、要件はお住まいの地区によって異なります。利用を考えている人は、まず自治体に確認してみてください。
また、法テラスとは、法的トラブルを解決するために設立された支援センターのことです。一定の要件を満たせば、弁護士や司法書士に支払う費用などを立て替えてくれます。ただし、あくまで「費用の立て替え」であるため、法テラスに費用を返済しなければいけない点に注意が必要です。
4-2.家族信託を行う
相続人が認知症になる前に、家族信託を行っておくのもひとつの方法です。家族信託とは、自分で財産を管理できなくなった時に備えて、家族にその権限を与えておく制度のことです。財産管理を託す「委託者」と、財産管理を託された「受託者」、信託した財産から生じた利益を受け取る「受益者」の三者間で執り行われます。
家族信託を行っていれば、相続人が認知症になってしまっても受託者が財産を管理してくれます。そのため、遺産分割協議もスムーズに進められるでしょう。
なお、家族信託に関する詳細は、以下の記事で詳しく解説しています。併せてご覧ください。
4-3.成年後見制度や家族信託をお考えなら
弊社司法書士・行政書士事務所リーガルエステートでは、成年後見制度と家族信託のどちらを活用したほうがよいか無料診断することが可能です。累計4000件を超える相続・家族信託相談実績をもとに、専門知識が豊富な司法書士・行政書士が対応いたします。
ご家族にとってどんな対策が必要か、何ができるのかをご説明いたします。自分の家族の場合は何が必要なのか気になるという方は、ぜひ無料相談をお試しください。
5.本人・相続人が既に認知症になってしまった時の対処法
本人、または相続人がすでに認知症になってしまったときの対処法は、以下の3つです。
- 判断能力がどれくらい残っているかを医師に診断してもらう
- 法定相続分に応じた遺産分配を行う
- 成年後見制度を利用する
ここでは、本人または相続人が認知症を発症してしまった後に取るべき対策について詳しく解説します。事前に対策を講じれなかった場合の参考にしてください。
5-1.判断能力がどれくらい残っているかを医師に診断してもらう
本人、または相続人が認知症になってしまった場合は、判断能力がどの程度残っているか医師に診断してもらいましょう。認知症の症状は個人差が大きく、完全に判断能力が低下している人もいれば、少し物忘れが激しくなってきた程度の人もいます。
もし、医師によって判断能力が残っていると診断された場合は、遺産分割協議の話し合いに参加できる可能性があります。そのため、まずはかかりつけの医師に相談をして、どの程度の症状なのかを診断してもらいましょう。
5-2.法定相続分に応じた遺産分配を行う
本人、または相続人が認知症になってしまった場合は、法定相続分に応じて遺産分配を行うのもひとつの方法です。法定相続分とは、民法で定められた相続割合のことです。法定相続分に応じて遺産分割を行えば、現金や預貯金は法定相続割合に沿って相続できます。
ただし、不動産は法定相続割合に応じて共有する形となるため、取り扱いには注意が必要です。共有者全員の同意がなければ不動産を取り壊したり、売却したりできません。そのため、不動産を有効活用できずに放置するケースもあるでしょう。
5-3.成年後見制度を利用する
本人、または相続人が認知症になってしまった場合は、成年後見制度を活用するのもいいでしょう。成年後見制度とは、認知症などによって判断能力が低下した人が不利益を被らないように保護する制度のことです。成年後見人と呼ばれる代理人が、本人に代わって財産管理や契約行為の支援などを行います。
成年後見制度には、すでに判断能力が低下したときに利用する「法定後見制度」と、将来に備えて後見人を選出しておく「任意後見制度」の2種類があります。すでに認知症を発症している場合は法定後見制度が適用となり、家庭裁判所によって後見人が選定される仕組みです。
後見人が選ばれれば、正当な代理権を持つ代理人として遺産分割協議に参加できるため、相続に関する手続きを進められます。ただし、後見人に選定されると、本人が亡くなるまで財産管理を行わなければいけない点と必ず法定相続分に相当する財産を本人に渡さなければならない注意が必要です。
成年後見制度にかかる費用相場
成年後見制度を利用する際にかかる費用相場は、以下のとおりです。
申立費用 | 3,400円 |
予納郵券代 | 約3,300円 |
鑑定費用 | 約5~10万円 |
診断書 | 数千円 |
本人・申立人の住民票と戸籍謄本発行費用 | 約1,000円 |
後見制度未登記であることを示す書類代 | 300円 |
成年後見制度を利用する場合、家庭裁判所に提出する書類などを準備する必要があるため、さまざまな費用が発生します。他にも、成年後見制度の申立が受理されると、本人の財産がどの程度あるのかを証明する書類の提出を求められるケースもあります。
なお、成年後見制度を利用する際の費用については、以下の記事で詳しく解説しているので併せて参考にしてください。
6.まとめ
本記事では、本人または相続人が認知症になった場合の相続トラブルについて解説しました。内容をまとめると、以下のようになります。
- 本人または相続人が認知症を発症して判断能力が低下すると、財産管理ができない、相続手続きができないなどの相続トラブルが発生しやすい
- 認知症の人が相続人にいるなど遺産分割ができない可能性がある場合には、事前に遺言書を作成したり、遺言執行者を指定したりすることが重要である
- 任意後見制度や家族信託を活用することで、相続トラブルを未然に防げる
- 任意後見制度とは、将来自身の判断能力が低下したときに備えて、信頼できる人に支援を事前にお願いしておく制度のこと
- 家族信託とは、自分の財産が管理できなくなる前に信頼できる家族に財産管理できる権限を与え、資産承継先を事前に決められる仕組みのこと
- すでに本人または相続人が認知症になってしまった場合は、成年後見制度を活用する
成年後見制度や家族信託を活用するには、専門的な知識が必要です。弊社では、どのような形で手続きを進めればいいのかなどのアドバイスも行っています。ぜひお気軽にご相談ください。