財産を次世代にどのように渡すかは、多くの方にとって大きな決断です。家族信託と生前贈与は、どちらも財産移行に関する有効な方法ですが、それぞれ異なるメリットや費用があり、慎重な選択が求められます。
記事のポイントは以下のとおりです。
- 家族信託とは財産の管理と運用、処分の権利を家族に託すこと
- 家族信託をしても権利(受益権)は親本人がもつことから、贈与と異なり贈与税や不動産取得税はかからないが、専門家に支払う費用などが発生する
- 生前贈与とは財産そのものを生前に贈与すること
- 生前贈与で相続税を節税できることはあるが、贈与税や登録免許税がかかる点に注意が必要
- 家族信託か生前贈与かで迷ったときは専門家に相談する
このブログでは、家族信託と生前贈与の違い、効果、そして費用面について詳しく解説し、どちらの方法が自分にとって最も適しているかを考えるための参考にしていただけます。
目次
1. 家族信託と生前贈与の違いとは
家族信託と生前贈与は、どちらも財産の移行に関わる重要な方法ですが、それぞれ異なる特長とメリットを持ちます。家族信託は、財産の管理を信頼できる家族に託し、高齢者が自身の意思で財産を管理しながら認知症リスクに備える方法です。一方、生前贈与は、財産を生きているうちに次世代に渡す方法で、相続税の節税に効果的です。
ポイントごとに比較すると以下のようになります。
家族信託
家族信託は、家族の中で信頼できる人に財産の管理と処分を任せる仕組みです。高齢者が自分の意思で財産を管理しながらも、認知症などのリスクに備えておくことができます。財産の柔軟な運用が可能であり、特に高齢の親の財産管理に向いています。
そのほか、家族信託は以下の特徴を持っています。
- 受託者に財産管理を委任することで、受益者の利益を守りながら柔軟な運用が可能
- 高齢者が判断能力を失っても信頼できる家族が財産管理を引き継げるため、将来的なリスクを防げる
- 信託契約に基づいて財産を管理するので、受益者のニーズに応じた財産の使い方ができる
- 生前贈与のような直接的な節税効果は期待できない
ただし、家族信託にはデメリットもあります。受託者の負担が大きいことや、親族間で不満が生じる可能性があること、また相続税の節税効果が限定的であることなどに注意が必要です。
生前贈与
生前贈与は、財産を生きているうちに家族に渡すことで、相続税の節税を目的とした方法です。
生前贈与の特徴は以下の通りです。
- 毎年110万円の非課税枠を利用することで、長期的な相続税の節税が可能
- 贈与者が生きているうちに財産移転するため、意思を尊重することができる
- 贈与を受けた家族が自由に財産を管理できる
- 家族信託と比べて手続きがシンプル。初期費用は比較的低め。
- 贈与税が発生する可能性があるため、計画的な贈与を行う必要がある。
ただし、一度贈与した財産は原則として取り戻すことができません。これは家族信託と大きく異なる点で、贈与者の将来の生活設計に影響を与える可能性があることに注意が必要です。
2.家族信託と生前贈与、どちらを選ぶべき?
家族信託と生前贈与のどちらにしようか迷ったときは、次の4つの判断ポイントを見てみましょう。
- 財産管理をどのように行いたいか?
- 相続税の節税効果はどうか?
- 支払う税金はどうか?
- 対策をするための初期費用
家族信託と生前贈与は、それぞれに長所と短所があります。財産の規模、家族関係、将来の見通しなどを総合的に考慮し、専門家のアドバイスを受けながら、自身の状況に最適な方法を選択することが重要です。
① 財産管理をどのように行いたいか?
家族信託では、信頼できる家族に財産管理を委任することができます。この方法の大きな特徴は、財産そのものを完全に譲渡するわけではないため、管理を任された家族以外からの不満が生じにくい点です。また、財産所有者である親本人も自分の意思を主張しながら財産管理に関与することが可能です。
一方、生前贈与は財産の管理だけでなく、すべての権利を家族などに渡すことを意味します。不動産の場合、名義を完全に移転することになるため、贈与されなかった家族から不満が生じ、争族のリスクが高まる可能性があります。
選択のポイント
- 財産の管理権を保持したい場合 → 家族信託
- 財産を完全に譲渡したい場合 → 生前贈与
② 相続税の節税効果はどうか?
家族信託は、信託契約を結んだ時点では贈与税が発生せず、親が死亡したときに相続税が発生します。ただし、財産を託された家族が、財産所有者の生前にすべての財産を使い切れば、相続税は発生しません。
生前贈与の場合、基本的に贈与した財産に対しては相続税が発生しません。ただし、贈与税については考慮が必要です。年間贈与額が110万円以下であれば贈与税は発生しないため、節税を目指す場合は年に110万円以下ずつ贈与するのが効果的です。
- 相続税対策よりも財産管理を重視する場合 → 家族信託
- 長期的な節税効果を求める場合 → 生前贈与
③ 支払う税金はどうか?
家族信託では、不動産を信託財産とする場合、不動産取得税は発生しません。また、不動産移転登記の際の登録免許税の税率は0.4%です。
生前贈与の場合、不動産を贈与すると不動産取得税が発生します(2027年3月31日までの取得は税率3%)。また、不動産移転登記の登録免許税の税率は2%と、家族信託よりも高くなります。
- 不動産に関する税金を抑えたい場合 → 家族信託
- 贈与税の非課税枠を活用したい場合 → 生前贈与
④ 対策をするための初期費用
家族信託は、信託契約の内容を決めるためのコンサルティング費用、信託契約書の作成費用、公正証書作成の手数料など、初期費用が比較的高額になる傾向があります。信託財産が1億円以下の場合、コンサル費用の相場は財産の1%程度とされています。
一方、生前贈与は贈与契約書の作成や名義変更などの手続きは必要ですが、家族信託と比べると初期費用は安価な傾向にあります。専門家に依頼する場合でも、比較的低コストで済むことが多いです。
- 詳細な財産管理計画を立てたい場合 → 家族信託
- 初期費用を抑えたい場合 → 生前贈与
3.家族信託を選んだほうがいいケース
家族信託は、柔軟な財産管理が可能な仕組みであり、以下のようなケースの場合には、家族信託を選んだほうがいいでしょう。
3-1.認知症などの将来リスクに備えたい場合
認知症対策として家族信託は非常に有効です。
家族信託では、認知症になった後も子(受託者)が親(委託者)の意思を尊重しながら財産管理を続けることができます。また、信託契約で細かい管理方法を定めておくことで、認知症発症後も本人の意思を反映した財産管理が可能となります。
しかし、生前贈与は認知症対策としては十分ではありません。全財産を贈与しない限り、贈与者の手元にも財産が残ります。認知症になると、この残された財産の管理が困難になり、成年後見制度などの利用が必要になる可能性があります。
3-2.税金を抑えて子が財産管理したい場合
家族信託では、財産の所有権は親(委託者)に残したまま、管理権限のみを子(受託者)に移すことができます。これにより、財産移転時に発生する贈与税を回避しつつ、子が親の財産を効率的に管理できるようになります。また、信託財産から生じる収益は親(受益者)に帰属するため、所得税の課税関係も変わりません。
一方、生前贈与の場合、財産を子に移転する際に贈与税が発生します。贈与税は高額になる可能性があり、特に不動産など大きな資産を贈与する場合は、多額の税金負担が生じる可能性があります。また、一度贈与した財産は原則として取り戻すことができないため、将来の不測の事態に備えることが難しくなります。
4.生前贈与を選んだほうがいいケース
生前贈与は、即時の財産移転、計画的な節税、受贈者の自由な財産利用を重視する場合に適しています。ただし、贈与税や不動産取得税などの税金面での考慮も必要です。以下のケースだと効果的といえるでしょう。
4-1.相続税の節税を最優先したい場合
生前贈与は、年間110万円の基礎控除を活用することで、長期的な相続税の節税が可能です。特に、以下のような状況では生前贈与が有効です。
- 財産規模が大きく、将来の相続税負担が高額になると予想される場合
- 複数の子や孫がいて、毎年の贈与を分散できる場合
- 贈与者の余命が長く、長期間にわたって計画的な贈与ができる場合
家族信託では直接的な節税効果は限定的ですが、生前贈与を活用すれば、計画的に相続財産を減らし、将来の相続税負担を軽減できます。
4-2.若い世代の資産形成を早期に支援したい場合
生前贈与では財産の所有権を完全に移転できるため、子や孫の具体的なニーズに応じて財産を移転できる柔軟性があります。子供の教育資金や孫の住宅購入資金を援助したい場合、若い世代の起業や事業拡大を支援したい場合は生前贈与を行ったほうがいいでしょう。
しかし、家族信託については、契約書にその旨記載していれば、子供や孫のための援助資金に充てることもできますが、生前贈与よりも限定的になってしまいます。
5.家族信託のリスクとは?
家族信託は柔軟な財産管理や将来のリスク対策として有効な手段ですが、同時にいくつかのリスクも存在します。生前贈与と比較しながら、家族信託特有のリスクについて詳しく解説します。
5-1.受託者が権限濫用する可能性がある
家族信託の最大のリスクは、受託者による不正使用や横領です。信託財産は受託者の名義になるため、悪意のある受託者が財産を私的に流用する可能性があります。信託監督人や受託者代理人などの第三者を置くことで対策することはできますが、そういった面も含めて受託者として任せられる家族がいるかどうかも検討する必要があります。
一方、生前贈与では財産が完全に受贈者のものになるため、このようなリスクは低くなります。
5-2.家族・親族間でトラブルになる
家族信託では、受託者と受益者の間で利害対立が生じる可能性があります。例えば、受託者が自身の利益を優先させて財産管理を行う場合、受益者との間でトラブルが発生する可能性があります。生前贈与の場合、このような複雑な関係性は生じにくいです。
家族間で十分な話し合いを行った上で、家族信託をやらないとトラブルになりやすいので注意しましょう。
5-3.法的解釈が確立していない
家族信託は比較的新しい制度であり、法的解釈が確立していない部分があります。将来的に法改正や判例の蓄積により、想定外の法的問題が生じる可能性があります。生前贈与は長年の実績がある制度のため、このようなリスクは低いと言えます。
6.どちらを選ぶべきか迷ったら専門家に相談
家族信託が良いケースや生前贈与が良いケースもありますが、両方を組み合わせるほうが良いケースもあります。ご自身の希望や家族との関係、財産の種類・価値などによって適した方法は異なるため、判断は容易ではありません。
また、家族信託も生前贈与もさまざまな税金と関係するため、節税を目指すのであれば、税計算についての正確な知識も必要です。どちらを選ぶか迷ったときは、相続や贈与の専門家に相談するようにしましょう。
家族信託や生前贈与についてのお悩みは、ぜひ当事務所にご相談ください。お客様のご事情に合う遺産分割の方法についてもご紹介いたします。お気軽にお問い合わせください。
7.動画解説|家族信託と生前贈与の違いとは?
8.まとめ
本記事では、家族信託と生前贈与の違いや、それぞれが適した状況について解説しました。内容をまとめると以下のようになります。
今回の記事のポイントは以下のとおりです。
- 家族信託とは財産の管理と運用、処分の権利を家族に託すこと
- 家族信託をしても権利(受益権)は親本人がもつことから、贈与と異なり贈与税や不動産取得税はかからないが、専門家に支払う費用などが発生する
- 生前贈与とは財産そのものを生前に贈与すること
- 生前贈与で相続税を節税できることはあるが、贈与税や登録免許税がかかる点に注意が必要
- 家族信託か生前贈与かで迷ったときは専門家に相談する
判断力が衰えたときに備えるためにも、財産の管理について早めに検討しておくことが必要です。家族信託を利用する場合であれば、管理や運用を家族に任せ、ご自身のために財産を使えます。一方、生前贈与を選択することで、家族に財産を早く渡すことが可能です。
家族信託も生前贈与も注意すべき点があり、どちらが良いとは一概には判断できません。専門家に相談し、ご自身とご家族にとって良い選択をしましょう。