家族信託の導入を検討する際、専門家の選定は、その成否を分ける最も重要な意思決定の一つです。特に、不動産や自社株などの資産が含まれる場合、税務の観点が不可欠となりますが、相談相手の選定を誤ると、予期せぬ税負担や将来のトラブルといった深刻なリスクを招く可能性があります。
例えば、税務知識のないまま契約を進めれば追徴課税のリスクがあり、逆に行政手続きに不慣れな専門家では信託そのものが開始できない事態も想定されます。
記事のポイントは下記のとおりです。
- 家族信託の設計・実行には、税務の専門知識がないと将来の追徴課税リスクを招く恐れがある
- 収益不動産や自社株を保有する場合、あるいは相続税対策を目的とする場合は税理士に依頼したほうがいい
- 税理士に家族信託を依頼する場合、司法書士のサポートも必要とする可能性が高い
- 専門家報酬は、将来発生しうる高額な税務リスクや家族間トラブルを回避するため必要
- 信託の税金は「受益者」を基準に課税され、特に「他益信託」は契約時に高額な贈与税が課されるため注意が必要
本記事は、専門家選びにおける失敗を回避し、あなたの家族にとって最も安全かつ効果的な信託を実現するための具体的な方法論を提示します。
目次
- 1.家族信託で「税金の知識」が不可欠な理由
- 2.家族信託を税理士に相談すべき3つのケース
- ケース①:収益不動産や自社株などの財産がある
- ケース②:相続税対策も同時に進めたい
- ケース③:複数の相続人に公平に分配したい
- 3.家族信託は誰に相談すべき?税理士・司法書士・弁護士・行政書士の違い
- 税理士|税務リスクの分析と対策
- 司法書士|法務手続きの設計と実行
- 弁護士|紛争の予防と解決
- 行政書士|身近な相談役として、円満な信託設計をサポート
- 4.費用相場|家族信託を税理士に依頼した場合の料金体系
- 5.家族信託で発生する税金の種類とタイミング
- 6.家族信託の税金におけるよくある失敗例とリスク回避策
- 7. 家族信託の税務に関するFAQ
- .まとめ
1.家族信託で「税金の知識」が不可欠な理由
家族信託は、親の認知症などによる資産凍結リスクを回避するための有効な法制度です。しかし、その信託設計において「家族の想い」を優先するあまり、税務上の配慮を欠いた結果、将来的に重大な不利益を招くケースは少なくありません。
家族信託を検討する上で、税金の専門知識が不可欠とされる理由は、主に以下の2点に集約されます。
理由①:家族信託が法的な「財産の移転」を伴う行為であるため
家族信託は、単なる財産管理の代行ではありません。家族信託とは、所有権を2つの権利に分け(管理処分権と使用収益権)、信頼できる家族(受託者)に「管理処分権」だけを法的に移転させる手続きです。
日本の税法上、財産の所有権が移転する際には、その態様に応じて贈与税、所得税、相続税など、各種税金が課税される可能性があります。これはたとえ親子間であっても例外ではなく、信託契約の内容が税務署の調査対象となることもあります。
法的に有効な契約書を作成することはもちろん、この「権利の分離」と「名義の移転」が税務上どのような意味を持つのかを正確に理解しておくことが、将来の追徴課税といったリスクを避けるための絶対条件です。
理由②:信託設計の自由度の高さが、予期せぬ税務リスクを生むため
家族信託は、契約内容を比較的自由に設計できる点が大きなメリットです。一方で、その自由度の高さが、専門知識のないまま進めると税務上の「落とし穴」となり得ます。
実際に、税務的観点を欠いた信託設計に起因するトラブルは数多く報告されています。
税務知識の欠如に起因する主なリスク事例
- 予期せぬ贈与税の発生:
受益者(利益を得る人)の指定方法を誤り、信託契約時に高額な贈与税が課されるケース。 - 損益通算の不適用:
信託した収益不動産で発生した赤字を他の所得と相殺(損益通算)できず、結果として全体の納税額が増加するケース。 - 相続税評価額の問題:
相続税対策を意図したにもかかわらず、財産の評価方法などが税務上否認され、対策の効果が得られないケース。
これらのリスクは、いずれも信託を設計する段階で、税務上の影響を正確に予測できていれば回避できたものです。
したがって、家族信託の成功とは、「家族の想いを実現する法的な設計」と「税務リスクを回避する専門的な知見」、この両輪が揃って初めて達成されるものと言えます。
2.家族信託を税理士に相談すべき3つのケース
家族信託の手続きは、契約書の作成から登記まで、司法書士が中心的な役割を担うのが一般的です。しかし、特定の状況下では、税理士の専門知識が信託の成否を分けるほど重要な要素となります。
どんなケースであれば税理士に依頼したほうがいいのか、見ていきましょう。
家族信託の第一歩、
専門家選びをサポートします
専門家選びは、家族信託のスタート地点です。相続・家族信託ガイドは、豊富な実績と専門性、全国規模の専門家ネットワークを活かし、お客様一人一人に最適な家族信託の設計をサポートいたします。
ケース①:収益不動産や自社株などの財産がある
親の財産にアパート・マンションなどの収益物件や、親族が経営する会社の株式(非上場株式)が含まれる場合は、税理士の関与が不可欠です。
これらの財産は、単に「いくら」と評価するのが難しいだけでなく、信託期間中も継続的に税務上の判断が必要となります。
収益不動産
信託されたアパートから生じる家賃収入は、受益者の所得として毎年確定申告が必要です。減価償却の計算や、大規模修繕費の経費計上など、専門的な会計・税務知識に基づいた適切な管理が求められます。
自社株(非上場株式)
非上場株式には市場価格がなく、会社の財産状況や収益力などを基に、国税庁の定めた複雑な計算方法で評価額を算出します。この評価を誤ると、将来の贈与税や相続税額に桁違いの差が生じるリスクがあります。
【税理士の役割】
財産の適正な評価はもちろん、信託期間中の収支や将来の税負担までを考慮した、最適な財産管理の仕組みを設計します
ケース②:相続税対策も同時に進めたい
家族信託の第一の目的は、認知症による「資産凍結の防止」ですが、信託の設計次第では、将来の相続税負担を軽減する効果も期待できます。
ただし、本格的な相続税対策には、高度な税務知識が求められます。
二次相続まで見据えたシミュレーション
父の相続(一次相続)だけでなく、その後に起こる母の相続(二次相続)までを含めた、トータルの相続税額が最も少なくなるような遺産分割と信託の組み合わせを検討します。
各種特例の活用
「小規模宅地等の特例」や「配偶者の税額軽減」といった、相続税を大幅に軽減できる特例制度が、信託を組んだ後も適用できるか否かを、専門的な視点から精査します。
生前贈与との組み合わせ
信託と並行して、暦年贈与(年間110万円まで非課税)などを計画的に行うことで、より効果的に相続財産を圧縮するプランを立案します。
【税理士の役割】
相続税は、税理士が最も得意とする専門分野の一つです。家族信託を、単なる資産凍結対策に留めず、効果的な相続税対策のツールとしても活用するための戦略を提案します。
ケース③:複数の相続人に公平に分配したい
相続人が複数いる場合、「公平な分配」は非常に重要なテーマです。しかし、この「公平」は、単純な財産の額面だけでは実現できません。
例えば、「長男には都心の収益アパート(評価額5,000万円)、次男には郊外の自宅(評価額5,000万円)」という分割案は、一見公平に見えます。しかし、実際には、
- アパートからは毎年所得税が発生する
- 固定資産税の額が全く違う
- 将来売却する際の譲渡所得税も大きく異なる
といった要素があり、実質的な手取り額には大きな差が生まれます。税理士は、こうした将来にわたる税負担までを具体的に数値化し、誰もが納得できる「実質的に公平な分配」の基準を示すことができます。
【税理士の役割】
税金という客観的な数字を根拠に、各相続人の実質的な手取り額をシミュレーションします。これにより、感情的な対立を避け、円満な合意形成を強力にサポートします。
3.家族信託は誰に相談すべき?税理士・司法書士・弁護士・行政書士の違い
前章では、税理士との連携が不可欠となる具体的なケースを見てきました。しかし、税理士は税務のプロフェッショナルですが、家族信託の契約書作成や不動産登記といった法務手続きを単独で行うことはできません。つまり、税理士に相談する場合でも、法務手続きを担う司法書士や弁護士との連携が別途、必ず必要になるのです。
各専門家の業務範囲と得意分野を正しく理解した上で、相談先の窓口を毒にすべきかを考えていきましょう。
専門家別 役割比較表
まず、各専門家の家族信託における主な役割、業務内容、そして強みの違いを一覧で比較します。
税理士|税務リスクの分析と対策
税理士は、家族信託における「税務」全般の診断と対策を担う専門家です。特に、前章で解説したようなケース(収益不動産、相続税対策など)では、その専門性が不可欠となります。
税理士に依頼した場合のプロセス
① 財産の評価と税務リスクの可視化
まず、不動産や自社株といった財産を税法に基づき適正に評価し、現状のまま信託した場合の税務リスク(贈与税額や将来の相続税額など)を具体的に数値化します。
② 最適なタックスプランニングの提案
その分析結果に基づき、最も税負担が少なくなるような信託の設計や、生前贈与との組み合わせ、二次相続まで見据えた対策などを具体的に提案します。
③ 信託開始後の税務申告サポート
信託の開始後も、関連して発生する各種税務申告(相続税、贈与税、所得税など)を代理で行います。
※注意点:税理士は信託契約書の作成や不動産の信託登記を直接行うことはできません。これらの法的手続きは、司法書士などと連携して進める必要があります。
司法書士|法務手続きの設計と実行
司法書士は、家族信託において、契約書の作成から不動産登記まで、法務手続きの設計と実行を担います。特に、紛争性のない案件において、信託の設計から開始までを一貫して効率的に進めることができます。
司法書士に依頼した場合のプロセス
① ヒアリングと信託設計プランの提案
最初の面談であなたの家族の想いや財産の状況を丁寧にヒアリングし、その想いを法的に実現可能な信託の設計図として提案します。
② 法的に有効な信託契約書の作成
設計プランに基づき、法的に有効で抜け漏れのない信託契約書を作成します。
③ 契約締結から登記までの一貫した実行
契約書の公正証書化から、独占業務である不動産の「信託登記」まで、すべてをワンストップで実行します。
※注意点:司法書士は紛争解決の専門家ではありません。既に家族間で争いがある、あるいはその可能性が高い場合は、弁護士との連携が不可欠となります。
弁護士|紛争の予防と解決
弁護士は、法律の専門家の中でも特に「紛争の予防・解決」を専門とします。将来起こりうるあらゆる法的トラブルを想定し、徹底的に備えたい場合に最も頼りになる存在です。
弁護士に依頼した場合のプロセス
① 潜在的な法的リスクの分析・抽出
現在の家族関係や財産状況から、将来紛争の原因となりうる潜在的な法的リスク(例:遺留分侵害の可能性など)を洗い出すことから始めます。
② 紛争予防に特化した契約書の設計
その上で、将来の訴訟などを見据え、あらゆる解釈の余地をなくした、法的に極めて強固な信託契約書を設計します。
③ トラブル発生時の代理人としての交渉・対応
万が一、信託の開始後や相続発生時に家族間で意見の対立が生じた場合、あなたの代理人として、他の相続人との交渉や法的な手続きをすべて引き受けてくれます。
※注意点:弁護士費用は一般的に他の専門家より高額になる傾向があります。また、不動産の信託登記は弁護士の業務範囲外のため、別途司法書士への依頼が必要です。
行政書士|身近な相談役として、円満な信託設計をサポート
行政書士は、「街の法律家」とも呼ばれる最も身近な法務の専門家です。家族信託においては、ご家族の想いや希望に寄り添い、それを法的な文書として形にする「最初の相談相手」として重要な役割を担います。
特に、家族関係が良好で、円満な話し合いをベースに信託を進めたい場合に、その強みを発揮します。
行政書士に依頼した場合のプロセス
① 家族の想いや希望の丁寧なヒアリング
まず、あなたの家族構成や財産状況はもちろん、「なぜ信託をしたいのか」「将来家族にどうなってほしいのか」といった根本にある想いや希望を、時間をかけて丁寧にヒアリングします。
② 想いを実現する信託設計と契約書原案の作成
ヒアリングした内容に基づき、あなたの家族にとって最適な信託の形を設計し、その中核となる「信託契約書」の原案を作成します。
③ 契約書の完成と専門家との連携
作成した契約書案にご家族全員が合意したら、公証役場での手続きなどをサポートし、契約書を法的に有効なものとして完成させます。また、信託財産に不動産が含まれる場合の「信託登記」や、税務上の判断が必要な場合には、行政書士が窓口となって司法書士や税理士とスムーズに連携が必要です。
※注意点:行政書士は、法律により独占業務が定められています。不動産の登記申請は司法書士、具体的な税額計算や税務申告は税理士、そして法的な紛争解決は弁護士の独占業務なので、行政書士に依頼する場合は適宜連携する必要があります。
家族信託の第一歩、
専門家選びをサポートします
専門家選びは、家族信託のスタート地点です。相続・家族信託ガイドは、豊富な実績と専門性、全国規模の専門家ネットワークを活かし、お客様一人一人に最適な家族信託の設計をサポートいたします。
4.費用相場|家族信託を税理士に依頼した場合の料金体系
家族信託の組成にかかる費用は、信託する財産の内容や契約の複雑さによって変動するオーダーメイドであり、一律ではありません。
しかし、費用の内訳とその相場を事前に把握しておくことは、専門家を選び、適切な予算を組む上で極めて重要です。
4-1.家族信託にかかる費用の全体像
費用の全体像と内訳をご理解いただくことで、専門家から提示された見積もりが妥当であるか、ご自身で判断する一つの基準となります。家族信託の費用は、大きく分けて「①専門家への報酬」と「②国や公証役場に支払う実費」の2種類で構成されます。
【モデルケース】信託財産5,000万円(うち不動産評価額3,000万円)の場合
4-2.専門家への報酬(①)
費用の大部分を占めるのが、専門家への報酬です。これは単なる書類作成代行料ではなく、家族の状況を分析し、最適なプランを設計し、法的に有効な契約書を作成するための専門家の「技術料」「責任料」です。
一般的に、信託財産評価額の0.5%~2%程度がコンサルティング報酬の目安とされています。この報酬は、案件に関与する各専門家(司法書士、税理士など)の役割に応じた費用の合計額となります。報酬の内訳は、主に以下のような業務に対するものに分けられます。
専門家報酬の主な内訳
- 法務手続きに対する報酬(主に司法書士)
信託の全体設計、契約書の作成、不動産の登記手続きなど、法務手続き全般の実行に対する費用 - 税務分析に対する報酬(主に税理士)
財産評価、相続税・贈与税のシミュレーション、税務申告など、税務面の分析と対策に対する費用 - 紛争予防に対する報酬(主に弁護士)
家族関係が複雑な場合に、将来の法的リスクを分析し、紛争を予防するための契約設計に対する費用
専門家への報酬は、将来起こりうる家族トラブルや、数百万、数千万円にもなりうる税務リスクを回避するための「保険料」であり「安心料」と捉えることが重要です。費用だけで専門家を選ぶのではなく、その専門性や実績を重視することが、結果として家族の財産を守ることに繋がります。
4-3.国や公証役場に支払う実費(②)
これらは専門家の利益ではなく、手続き上、必ず納める必要のある費用です。
登録免許税
不動産を信託する際に、法務局へ納める税金です。税額は不動産の固定資産税評価額を基に算出されます。
- 土地:評価額の0.3% (※2026年3月31日までの軽減税率)
- 建物:評価額の0.4%
公正証書作成費用
作成した信託契約書の証明力と安全性を高めるため、公証役場で「公正証書」にする際の手数料です。信託する財産の価額に応じて、法律(公証人手数料令)で全国一律に定められています。
5.家族信託で発生する税金の種類とタイミング
税金は、発生する「タイミング」と「種類」、そして「誰が納税者になるか」をセットで理解することが、信託設計におけるリスク管理の要となります。本章では、信託のライフサイクルを「①設定時」「②期間中」「③終了時」の3つのフェーズに分け、それぞれで関わる税金を解説します。
5-1.信託設定時:原則「非課税」だが贈与税に注意
信託契約を結び、財産の名義を移転させる段階です。ここでの最大のポイントは、贈与税が課税されるか否かです。
原則非課税となる「自益信託(じえきしんたく)」
最も一般的な、財産を託す人(委託者)と利益を得る人(受益者)が同一人物であるケースです。(例:父が、自分の生活のために、子に財産の管理を託す)この場合、財産の所有と利益の享受に実質的な変更はないため、贈与税は課税されません。
贈与税が課税される「他益信託(たえきしんたく)」
委託者と受益者が異なるケースです。(例:父が、母の生活のために、長男に財産の管理を託す)この場合、実質的に父から母への「贈与」があったとみなされ、信託を設定した時点で、利益を得る受益者(この場合は母)に対して贈与税が課税されます。
その他の税金(不動産がある場合)
- 登録免許税:
不動産の名義変更(信託登記)のために必須の税金です。 - 不動産取得税:
一定の要件を満たす信託であれば、原則として課税されません
5-2.信託期間中:所得税・住民税、固定資産税など
信託が開始してから終了するまでの間、継続的に発生する税金です。
所得税・住民税
信託財産(例:アパート、駐車場、有価証券など)から生じた利益は、実際にその利益を受け取る「受益者」の所得として扱われます。したがって、受益者はその所得について、毎年確定申告を行い、所得税・住民税を納める必要があります。
固定資産税・都市計画税
不動産を信託した場合、その不動産の所有者(納税義務者)は、登記上の名義人である「受託者」となります。そのため、毎年役所から送られてくる納税通知書は受託者のもとに届きます。ただし、その支払いは信託財産の中から行うのが一般的です。
5-3.信託終了時:相続税または贈与税
信託契約で定めた目的が達成されたり、受益者が亡くなったりすると、信託は終了します。残った財産が誰かに引き継がれる際、税金が発生します。
相続税
最も一般的なケースとして、当初の受益者(例:親)が亡くなったことで信託が終了し、契約に基づきその財産を子などが引き継ぐ場合、その財産は「相続財産」として相続税の課税対象となります。これは、通常の相続と同じ考え方です。
贈与税
受益者の死亡以外の理由で信託が終了し、残った財産を誰かが受け取る場合は、原則としてその財産は贈与税の課税対象となる可能性があります。
6.家族信託の税金におけるよくある失敗例とリスク回避策
税務の知識が不足していたために、良かれと思って組んだ信託が、かえって家族に不利益をもたらす結果となるケースは少なくありません。ここでは、実際に起こりがちな税務上の失敗例をご紹介します。ご自身の状況に当てはめて、そのリスクの大きさを確認してください。
失敗例①:「損益通算」ができず納税額が増加
給与所得がある父が、所有するアパート(毎年赤字)の管理を、自身の認知症対策のため長男に信託しました。父は、信託後もアパートの赤字と給与所得を相殺(損益通算)できると考えていたのですが・・・
問題の発生
信託する前は、父自身の所得として損益通算が認められていました。しかし、信託後、税法上の厳格なルールにより、事態は一変します。
税法上、「信託から生じた不動産所得の損失は、他の所得(給与所得や事業所得など)と損益通算できない」と定められています。(租税特別措置法第41条の4の2)
結 果
信託したアパートの赤字は、税務上「ないもの」として扱われ、父の給与所得と相殺できなくなりました。その結果、給与所得全体に課税されることになり、信託前よりも所得税・住民税の納税額が大幅に増加してしまったのです。
失敗例②:子のための信託設計で突然巨額の贈与税が発生
父(委託者)が、自身の財産(評価額3,000万円)を、将来息子の生活のために使ってほしいと考え、信頼できる弟(叔父)を受託者とし、息子を受益者とする家族信託契約を締結したのですが・・・
問題の発生
このケースでは、前章で解説した税金の基本ルールが大きく関わってきます。
財産を出す人(委託者)と利益を得る人(受益者)が異なる信託(他益信託)は、信託契約を結んだ時点で、委託者から受益者への「贈与」とみなされ、受益者に贈与税が課税されます。
結 果
信託を設定した翌年、税務署から息子のものとへ通知が届きました。3,000万円の財産を受け取ったとみなされ、暦年贈与の基礎控除110万円を差し引いた額に対し、約1,100万円という極めて高額な贈与税が課されてしまったのです。
結局、息子は納税資金を捻出できず、信託された財産の一部を売却せざるを得なくなりました。
【回避策】専門家による「事前シミュレーション」が成否を分ける
これらの失敗は、いずれも信託契約を締結する「前」の段階で、専門家による税務上の影響をシミュレーションしていれば、100%防ぐことが可能でした。
リスクを回避するために、専門家は以下のようなプロセスで信託設計を検討します。
❶ 財産の仕分けと評価
どの財産を信託に含めるべきか、含めると逆に不利益が生じる財産はないか、専門家の視点で法務・税務の両面から仕分けを行います。
❷ 複数パターンの比較検討
「信託した場合」と「しなかった場合」、「この財産だけを信託した場合」など、複数のパターンで将来の納税額を具体的に試算し、メリット・デメリットを可視化します。
❸ 最適な信託設計の提案
シミュレーション結果に基づき、家族の想いを実現しつつ、税務上の不利益が最も少ない、オーダーメイドの信託プランを設計・提案します。
7. 家族信託の税務に関するFAQ
ここまで、税金の基本ルールと失敗例を見てきました。最後に、これまでの内容を踏まえ、家族信託の税務に関してよく寄せられる質問とその回答をまとめます。
Q1. 家族信託は、節税目的で利用できますか?
家族信託は、直接的な節税を第一の目的とする制度ではありません。主な目的は、認知症などによる「資産凍結の防止」と、円滑な「資産承継」です。
ただし、二次相続(父の相続後、母が亡くなる相続)までを見据えた長期的な資産承継の計画を立てることで、結果として相続税の負担を軽減できる可能性はあります。例えば、受益者を一次、二次と指定していくことで、遺産分割協議を経ずに財産を承継させることが可能です。どのような設計が最適かは、専門家による詳細なシミュレーションが不可欠です。
Q2. 信託したアパートの確定申告は、誰がどのように行うのですか?
信託したアパートから生じる家賃収入などの利益は、実際にその利益を受け取る「受益者」の所得となります。したがって、確定申告を行う義務があるのは受益者です。
具体的な申告手続きとしては、まず財産を管理する「受託者」が、その年の信託財産の収支をまとめた「信託の計算書」を作成します。受益者は、その計算書を基に、自身の不動産所得として確定申告を行います。手続きが複雑なため、申告は税理士に依頼するのが一般的です。
Q3. 家族信託を組むと、税務調査の対象になりやすいというのは本当ですか?
「家族信託を組んだから」という理由だけで、税務調査の対象になるわけではありません。しかし、比較的新しい制度であるため、税務署がその内容に関心を持っているのは事実です。
特に、信託財産の評価額が適正か、受益者の認定に誤りがないか、といった点は厳しく見られる可能性があります。だからこそ、信託契約の段階から専門家が関与し、契約内容や財産評価の根拠を明確に説明できる状態にしておくことが、将来の税務調査に対する最善の備えとなります。
Q4. 家族信託では不動産の名義を子に変えるのに、不動産取得税はかからないのですか?
はい、原則として不動産取得税は課税されません。
通常の売買や贈与で不動産の名義を変更すると、高額な不動産取得税が課されます。しかし、家族信託は、形式的に所有権が受託者に移転するものの、実質的な所有者は受益者のままである、という特殊な法律構成をとります。そのため、一定の要件(委託者から受益者への財産の移転であることなど)を満たす限り、不動産取得税は非課税となるのが一般的です。
.まとめ
- 家族信託の設計・実行には、税務の専門知識がないと将来の追徴課税リスクを招く恐れがある
- 収益不動産や自社株を保有する場合、あるいは相続税対策を目的とする場合は税理士に依頼したほうがいい
- 税理士に家族信託を依頼する場合、司法書士のサポートも必要とする可能性が高い
- 専門家報酬は、将来発生しうる高額な税務リスクや家族間トラブルを回避するため必要
- 信託の税金は「受益者」を基準に課税され、特に「他益信託」は契約時に高額な贈与税が課されるため注意が必要
家族信託における課題は、「法的な手続き」と「税務上のリスク回避」の2つに分けられます。あなたが『税理士に相談すべきか』と考えるのは、「税務上のリスク」という重要な課題を正しく認識している証拠です。
ただし、税理士がその課題を解決しても、司法書士などによる「法的な手続き」がなければ、信託は完成しません。最適な家族信託とは、これら両方の課題を、それぞれの専門家が解決して初めて実現するものです。あなたの家族が抱える課題に対し、どのような専門家の協力が必要か、その最初のステップとして専門家への相談をご検討ください。