任意後見受任者とは、将来任意後見人となる予定の人物を指し、任意後見契約の相手方です。契約締結後、家庭裁判所が任意後見監督人を選任するまでは代理権を行使できず、任意後見人と法的権限が異なります。
本記事では、任意後見受任者と任意後見人の違い、受任者になれる人の条件、任意後見制度の手続きの流れを解説します。制度利用の注意点も踏まえ、自身の意思に基づいた将来設計に役立てましょう。
今回の記事のポイントは以下のとおりです。
- 任意後見受任者は、将来任意後見人となる予定の人物であるが、契約締結だけでは代理権を行使できない
- 契約締結には本人の判断能力が必要であり、本人の判断能力低下後に家庭裁判所が監督人を選任して初めて効力が発生する
- 任意後見受任者は、任意後見監督人選任の申立てや死亡届の届出ができる
- 任意後見受任者は、契約効力発生前であれば契約を自由に解除できる
1.任意後見受任者とは
任意後見受任者とは、任意後見契約における相手方であり、契約の効力が発生した後に任意後見人となる予定の人物を指します。任意後見制度は、本人が信頼する人を自由に選び、将来的な判断能力の低下に備えるための制度です。
任意後見契約が効力を発するまでは、任意後見受任者には代理権が与えられず、法的効力のある代理行為はできません。そのため、契約を結ぶ際には、任意後見受任者として誰を選ぶかや契約内容について、慎重に検討する必要があります。
2.任意後見制度のメリット・デメリット
任意後見制度において、契約を結んだだけでは、効力は発生しません。また、「任意後見契約受任者」と「任意後見人」の立場には明確な違いがあります。ここでは、制度の運用における両者の主な違いを整理して解説します。
2-1.任意後見受任者である期間は代理権を行使できない
任意後見受任者は、任意後見契約が締結された後であっても、家庭裁判所が任意後見監督人を選任するまで代理権を行使できません。この期間中は、契約自体がまだ効力を持たないため、受任者の行動には法的な制限があります。
代理権が発生するのは、本人の判断能力が低下し、家庭裁判所が任意後見監督人を正式に選任した後です。この選任手続が完了するまでは、必要に応じて別途の委任契約を結ぶことが考えられます。
身体能力の低下に備えて、まずは「財産管理委任契約」を結び、判断能力が低下したときに「任意後見契約」に移行するという段階的な備えが有効です。
さらに、別の第三者と「見守り契約」を結んでおくことで、必要なときに任意後見の申立てが行われないといった事態を防ぐ助けにもなります。
2-2.任意後見監督人の選任と死亡届の届け出ができる
任意後見受任者は、本人の判断能力が低下した際に、家庭裁判所へ任意後見監督人の選任を申立てができます。この申立てによる任意後見監督人の選任によって、任意後見契約の効力が発生し、受任者は任意後見人としての役割を果たせます。
また、2019年の戸籍法改正により、任意後見受任者も死亡届の届出人として認められるようになりました。この法改正により、本人が亡くなった際に身寄りがいない場合などであっても、受任者がスムーズに手続きを進めやすくなりました。
参考:e-Gov法令検索 任意後見契約に関する法律 第4条第1項
2-3.任意後見受任者はいつでも契約を終了できる
任意後見契約を結んだ任意後見受任者は、まだ契約が効力を発揮していない期間(家庭裁判所が任意後見監督人を選ぶまで)であれば、任意後見受任者自身の判断で契約解除できます。この解除には、公証人の認証を受けた書面があれば足り、本人の了承は不要です。
ただし、本人の判断能力低下などを受けて任意後見監督人が選任され、契約が効力を持ち始めた後は、任意後見人となった受任者が辞任するにはハードルが上がります。やむを得ない事情などを理由として家庭裁判所に申し立て、許可を得なければなりません。
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3.任意後見受任者になれる人
法律上の欠格事由に該当しない限り、個人(子・兄弟姉妹・甥姪・知人・専門家など)や法人(社会福祉法人・司法書士法人など)も、任意後見受任者になれます。本人が信頼できる人や法人を自由に選べるのが特徴です。
ただし、候補者が以下の欠格事由に該当する場合は、任意後見受任者にはなれません。
- 未成年者
- 家庭裁判所によって法定代理人・保佐人・補助人の立場を免ぜられた経験のある人
- 破産者(破産手続開始決定を受け、まだ復権を得ていない人)
- 本人に対して訴訟をしたことがある人、およびその配偶者や直系血族(子・孫・父母・祖父母など)
- 行方の知れない者
- 不正な行為、著しい不行跡(ふぎょうせき)、その他任意後見人の任務を行うのに適さないと認められる事情がある者
任意後見受任者を選ぶ際は、まずこれらの欠格事由に該当しないかを確認することが大前提です。そのうえで、将来にわたって適切に後見事務を遂行できる人物か、あるいは信頼できる法人かを見極めることが重要です。
候補者の年齢(本人との年齢差)や健康状態、判断能力、居住地(すぐに駆けつけられるかなど)なども考慮し、慎重に判断しましょう。年齢が近い個人を選ぶ場合は、本人よりも先に後見事務を行えなくなるリスクも考慮に入れる必要があります。
参考:e-Gov法令検索 任意後見契約に関する法律 第4条第1項第3号
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4.任意後見制度の手続きの流れ
任意後見制度の手続きは、将来の判断能力低下に備えて事前に信頼できる代理人を選定し、サポート体制を整える重要な過程です。
ここでは、任意後見受任者の決定から任意後見監督人の選任申立てまで、各段階での具体的な手続きの流れを解説します。
手続きの流れについて詳しく書いた記事もありますので、更に詳しく知りたい方はこちらをご参照ください。
4-1.任意後見受任者の決定
任意後見受任者を選ぶ際は、本人(自身)が信頼できる人を選びましょう。これは、将来的に判断能力が低下する可能性に備え、本人の意思を尊重しつつサポートを受けられるようにするためです。
一般的には、親族が選ばれることも多いですが、弁護士や司法書士、社会福祉士などの専門家を任意後見受任者として選任することも可能です。専門家を選任することで、法的手続きや日常生活支援の円滑化が期待できます。
選定に際しては、候補者の信頼性や専門性を十分に考慮し、長期的な視点で判断しましょう。また、任意後見契約には柔軟性があり、本人には契約を終了する自由もあるため、状況に応じた対応が可能です。
4-2.任意後見人の職務・契約内容の決定
任意後見人の職務や契約内容は、本人と任意後見人の間で締結される契約によって、財産管理や療養看護などの具体的な業務範囲が明記されるとともに、双方の役割と責務が明確に定められます。
任意後見契約は、将来的な誤解を防ぎ、円滑な業務遂行を可能にする仕組みとして機能します。契約内容を決める際には、本人の意向を最大限に尊重することが重要です。
4-3.任意後見契約の締結・法務局での登記
任意後見契約は、公証人の立ち会いのもと、公正証書として正式に締結されます。契約の締結後、公証人が法務局へ任意後見登記の申請を行います。手続き期間は2〜3週間程度です。
登記されることで、契約の存在が第三者にも証明が可能となり、公的な証明書である「登記事項証明書」が発行されます。登記事項証明書には、任意後見人の氏名や代理権の範囲が明示され、各種手続きの際に使用されます。
4-4.判断能力の低下後に任意後見監督人の選任を申し立てる
任意後見契約を結び、本人の判断能力が低下した時点であっても、自動的に効力は生じません。効力を生じさせるには、家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立てる必要があります。
申立ては、本人の住所地を管轄する家庭裁判所に対して行います。任意後見監督人の役割は、本人の利益保護です。申立人の推薦がある場合、裁判所はそれを考慮したうえで、欠格事由の有無などを確認し、適任者を選任します。
任意後見監督人が選任されると、契約が正式に効力を持ち、任意後見人は代理権を行使できるようになります。
5.任意後見制度を利用する際の注意点
任意後見制度は、本人の意思を尊重しながら将来の支援体制を整える制度として注目されていますが、運用にあたっては、いくつかの注意点があります。以下では、それらの注意点について解説します。
5-1.契約を締結するには本人の判断能力が必要である
任意後見契約を結ぶには、本人に十分な判断能力が求められます。契約内容を理解し、合意できる程度の認識力と判断力を備えているかが判断の基準です。
認知症などにより判断能力が低下している場合、公証役場が医師の診断書を求めることがあります。このようなケースでは、契約を締結するのは困難です。
判断能力の有無は、制度を利用できるかどうかを左右する重要な要素です。そのため、能力が十分に保たれているうちに契約を締結するのが望ましいといえます。
5-2.任意後見人に取消権及び同意権がない
任意後見人には、法定後見制度のような取消権や同意権(同意がない場合は、取消せる権利)が認められていません。この点が任意後見制度の重要な特徴であり、利用前に理解すべきポイントです。
本人が行った法律行為については、任意後見人による取消の権限はありません。また、本人の契約行為に同意を与える権利も有していないため、本人は自由に法律行為を行えます。
任意後見制度の仕組みには、メリットとデメリットがあります。本人の意思を最大限尊重できる反面、不利益な契約を制限できない点に注意が必要です。財産保護を重視する場合には、法定後見制度の利用を検討する選択肢もあります。
任意後見人が持つのは代理権のみで、その範囲は契約で定めます。制度の特性を踏まえ、適切な後見制度を選択しましょう。
5-3.本人の判断能力が低下する前には効力が発生しない
任意後見制度は、本人の判断能力が低下したときに初めて効力が生じます。そのため、契約を締結しただけでは、任意後見人としての職務を開始できません。
任意後見を開始するには、家庭裁判所が任意後見監督人を選任する必要があります。任意後見監督人が選任されるまでは、任意後見受任者は代理権を行使できません。そのため、判断能力が十分なうちに、別の対応策を考えておく必要があります。
別の対応策としては、「家族信託」が挙げられます。家族信託は、元気なうちに信頼できる家族に財産管理を任せられ、判断能力が低下した後でもスムーズに財産の管理が継続できる制度です。
その他にも、判断能力が十分なうちに実施できる「財産管理委任契約」や「見守り契約」といった対策もあります。ただし、これらの対策を行うには専門的な知識が必要であるため、司法書士や税理士などの専門家に相談することをおすすめします。
ご家族の財産管理をお考えの方は、ぜひご相談ください
「任意後見制度」、「家族信託」、「財産管理委任契約」、「見守り契約」など、どの対応策を選んだらよいか迷われていませんか?相談実績6000件超の専門家が、ご家族の状況に合わせた対策方法をご提案いたします。
5-4.任意後見人に支払う報酬が高額になることがある
任意後見制度を活用する際は、金銭的な負担についての十分な理解が必要です。制度利用には、契約締結時と監督人選任手続時の初期費用に加え、運用開始後の定期的な報酬支払いが発生します。
任意後見人については契約内容で柔軟に設定できます。身近な親族などが無償で引き受ける場合については、任意後見人による費用負担の軽減が可能でしょう。ただし、報酬の有無や金額については、契約書に明確に記載する必要があります。
一方、任意後見監督人の報酬は家庭裁判所が決定します。専門職が就任するケースも多く、管理財産の額に応じて変動するのが特徴です。任意後見監督人の報酬は避けられないため、事前に想定しておきましょう。
6.まとめ
本記事では、任意後見受任者について解説しました。内容をまとめると、以下のとおりです。
- 任意後見受任者は、将来任意後見人となる予定の人物であるが、契約締結だけでは代理権を行使できない
- 契約締結には本人の判断能力が必要であり、本人の判断能力低下後に家庭裁判所が監督人を選任して初めて効力が発生する
- 任意後見受任者は、任意後見監督人選任の申立てや死亡届の届出ができる
- 任意後見受任者は、契約効力発生前であれば契約を自由に解除できる
任意後見制度は、将来の判断能力の低下に備えるための仕組みです。契約後の「任意後見受任者」と、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した後に効力を持つ「任意後見人」との権限の違いを把握しましょう。適切な手続きを踏むことで、自分の意思を尊重した生活の継続が可能となります。
契約を結ぶには、本人に十分な判断能力が求められます。また、任意後見人には「代理権」はありますが、「取消権」は与えられていない点にも注意が必要です。こうした点を踏まえ、専門家への相談などを通じて、安心して制度を利用できるように準備を進めましょう。