高齢化や認知症リスクが身近になる中で、任意後見制度への関心が急速に高まっています。しかし、制度の仕組みや任意後見人の権限・限界については、意外と知られていません。
記事のポイントは以下のとおりです。
- 任意後見人は、財産管理・身上監護ができるが、取消権や死後事務などできないことも明確にある。
- 任意後見制度は「将来の判断能力低下に備え、信頼できる人に財産管理や生活支援を依頼する制度」。
- 任意後見契約は、本人の意思を尊重する制度ですので、法律の範囲内であれば多くの希望を反映できる。
- 任意後見契約は必ず公正証書で作成した後法務局ので登記する必要がある。
- 任意後見が始まるのは「本人の判断能力が低下した後」に、任意後見監督人選任してから。
後悔しない任意後見制度の活用に役立つ情報をまとめました。これから任意後見契約を検討される方、ご家族の将来に備えたい方は、ぜひ最後までご覧ください。
目次
1.任意後見人とは?
任意後見人とは、将来ご自身の判断能力が低下した場合に備え、あらかじめ信頼できる人に財産管理や生活のサポートを依頼できる制度で選ばれる後見人のことです。本人が元気なうちに「どんな人に、どんなサポートをお願いしたいか」を自分で決めて契約できるのが大きな特徴です。
一方、法定後見制度は、すでに判断能力が衰えた方のために家庭裁判所が後見人を選任する仕組みです。任意後見制度は「自分で選べる」「契約内容を柔軟に決められる」のに対し、法定後見は裁判所主導で後見人や権限が決まるため、本人の希望が反映されにくい場合があります。
1-1.任意後見人が必要となるケース
任意後見人が必要となるのは、たとえば次のようなケースです。
- 将来、認知症などで判断力が低下したときに、信頼できる家族や専門家に財産管理や生活支援を任せたい
- 一人暮らしで身近に頼れる親族がいないため、将来に備えたい
- 介護や医療の手続き、施設入所の契約などを自分の代わりに行ってほしい
このように、任意後見制度は「自分らしい老後」を守るための備えとして活用されています。自分の意思を大切にしたい方や、家族に負担をかけたくない方にとって、非常に有効な選択肢です。
2.任意後見人ができること一覧
任意後見人が実際に担うことができる役割は、大きく「財産管理」と「身上監護」の2つに分けられており、財産面・生活面の両方から本人を支える存在です。
我が家にピッタリの任意後見契約とは?
累計6000件を超える生前対策・認知症対策の相談実績をもとに、専門の司法書士・行政書士があなたの悩みを解決します。ご家族が不安なく財産管理できるようサポートします。
① 財産管理
財産管理とは、本人の資産や収入を適切に管理し、必要な支出や投資を行うことです。任意後見人が行う具体的な職務には、以下のようなものがあります。
- 本人の銀行口座の管理
- 定期的な収入と支出の確認
- 不動産や株式などの資産の管理
- 光熱費や医療費などの支払い手続き
判断力の低下によって、ご自身で財産を管理することが難しくなった場合でも、任意後見人がこれらを代行することで、無駄な資産減少やトラブルを防ぎ、安心して生活を続けることができます。特に高齢者の場合、詐欺被害や不適切な契約を避けるためにも、信頼できる任意後見人による財産管理は大きな安心材料となります。
② 身上監護
身上監護とは、本人の生活環境や健康管理、医療・介護サービスの利用に関する契約や手続きを代行することです。任意後見人が担う主な内容は次の通りです。
- 医療機関への入院手続き
- 介護サービスの利用契約
- 施設入所の手続き
- 日常生活での支援サービスの選定
これらのサポートを通じて、本人の希望や生活スタイルを尊重しながら、安心して暮らせる環境を整えるのが任意後見人の重要な役割です。たとえば、急な入院や介護が必要になった場合でも、任意後見人が速やかに必要な手続きを行い、本人や家族の負担を軽減します。
3.任意後見人ができないこと
任意後見制度は、本人の希望に沿った柔軟なサポートができる一方で、法的に「できないこと」や限界もはっきりと定められています。ここでは、制度利用時に特に注意したいポイントを解説します。
任意後見制度を利用する際は、これらの「できないこと」をしっかり理解した上で、必要に応じて他の制度や契約(死後事務委任契約、任意代理契約など)を組み合わせることで、より包括的な支援体制を整えることが大切です。
❶ 取消権がない
任意後見人は、本人が判断能力を失った後に結んだ不利益な契約などを「取り消す権利(取消権)」を持ちません。たとえば、本人が詐欺や悪質なセールスに巻き込まれてしまった場合でも、任意後見人がその契約を一方的に無効にすることはできません。
この点は、法定後見制度(成年後見人)と大きく異なるため、任意後見契約を結ぶ際には十分な注意が必要です。
❷ 本人の死後事務は行えない
任意後見契約は、本人が亡くなった時点で効力を失います。そのため、死亡後の財産整理や相続手続き、死亡届の提出など、いわゆる「死後事務」は任意後見人の権限外です。
これらの事務は、別途「死後事務委任契約」などで対応する必要があります。
❸ 医療行為への同意や身元保証はできない
手術や延命治療などの医療行為に対する同意権は任意後見人にはありません。また、病院や施設への入所時に求められる身元保証人にも、原則としてなることができません。
医療同意については法的根拠がなく、入院や手術の際には親族の同意が求められることが一般的です。また、施設入所時の身元引受人や保証人についても、任意後見人というだけでは引き受けられないケースが多いため、別途対応が必要です。
❹ 本人の身体に直接関わる介助や家事などの「事実行為」はできない
食事や入浴の介助、掃除、買い物、通院の付き添いなど、実際の身体介護や日常生活の支援は任意後見人の職務ではありません。
任意後見人の職務は「法律行為」に限定されており、介護サービスの契約はできても、その実行は介護事業者やヘルパーに依頼することになります。この点を誤解すると、任意後見人に過度な期待や負担がかかる可能性があります。
❺ 本人しかできない法律行為の代理はできない
婚姻や離婚、養子縁組、認知、遺言の作成など、一身専属権(本人にしか認められない権利)に関わる行為は、任意後見人が代理することはできません。
これらは本人の人格や身分に深く関わる事項であるため、他者が代わりに行うことは法的に認められていません。たとえ本人の判断能力が低下していても、これらの行為については本人の意思が尊重されます。
❻ 任意後見契約書(代理権目録)に記載のない行為はできない
任意後見契約書に具体的に記載されていない事項については、原則として代理権がありません。
任意後見契約は本人の意思を尊重する制度であるため、あらかじめ契約書に記載された範囲内でしか権限を行使できません。このため、契約時に想定していなかった事態が発生した場合、対応に限界が生じることがあります。
契約時には将来起こりうる様々な状況を想定し、必要な代理権の範囲を明確にしておくことが重要です。
4.任意後見契約の仕方と内容の決め方
任意後見制度は、大きく2つのステップで進みます。はじめに、本人がしっかりしている間に「将来のための約束(任意後見契約)」を結んでおきます(STEP01~04)。その後、本人の判断力が落ちたタイミングで、家庭裁判所で手続きをして、実際に任意後見人のサポートが始める後見開始の手続(STEP05~07)があります。
この章では、元気なうちにどのようにして、任意後見内容を作成し手続きをするのかについて解説していきます。
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STEP❶ 任意後見受任者を決める
任意後見受任者とは、将来「任意後見人」として本人を支えることを約束する人です。本人が元気なうちは特別な権限はありませんが、本人の判断能力が低下したとき、家庭裁判所の手続きを経て正式に「任意後見人」として活動を始めます。
選ぶ際は以下のポイントを考慮しましょう。
■ お金や財産の管理を任せられるくらい信頼できる人か
■ 継続的なサポートができる若い世代か
■ 財産管理や契約手続きなどを適切に行える知識や経験がある人か
■ 遠方の人よりも、本人の生活状況を把握しやすい近隣の人か
■ 経済的・精神的に安定しているか
■ 人や家族、関係者と円滑にやり取りできる人か
配偶者や子など家族を選ぶケースが多いですが、専門家(弁護士・司法書士など)や法人を選ぶこともできます。複数の人を選ぶこともできますが、その場合は役割分担を明確にしておくことが重要です。
STEP➋ 契約の内容を決める
任意後見契約は、本人の意思を尊重する制度ですので、法律の範囲内であれば多くの希望を反映できます。特に以下の点について自由に決められます。
将来のあらゆる状況を想定し、必要な権限を漏れなく記載することが重要です。特に「できない代理行為」(医療行為への同意、死後事務など)については、別途対応策を考えておく必要があります。
契約書に必ず入れるべき項目
任意後見契約書には、以下の項目を必ず盛り込むようにしましょう。
- 当事者の基本情報: 本人・任意後見受任者の氏名、住所など
- 代理権の範囲: 財産管理と身上監護の具体的内容(代理権目録)
- 報酬に関する取り決め: 任意後見人への報酬額や支払い方法
- 任意後見監督人への希望: 特定の人を希望する場合など
- 契約発効の条件: どのような状態になったら契約を発効させるか
- 契約終了事由: 本人の死亡以外の終了条件がある場合
迷った場合は、専門家(弁護士・司法書士など)に相談することをおすすめします。
STEP❸ 契約内容を公正証書にする
任意後見契約は必ず公正証書で作成する必要があります。公証役場で公証人の立会いのもと作成します。必要な書類は以下の通りです。
- 本人(委任者)
– 印鑑登録証明書+実印(または運転免許証・マイナンバーカード等の顔写真付き公的身分証明書+認印または実印)
– 戸籍謄本または抄本
– 住民票 - 任意後見受任者
– 印鑑登録証明書+実印(または運転免許証・マイナンバーカード等の顔写真付き公的身分証明書+認印または実印)
– 住民票
※ 印鑑登録証明書は発行後3ヶ月以内のものが必要です。
公証役場での手続きは予約制の場合が多いので、事前に確認しておきましょう。公証人に契約内容を説明し、必要に応じて修正・加筆を行います。
STEP❹ 法務局で登記がされる
公正証書で任意後見契約を作成すると、公証人の嘱託により、法務局の後見登記簿に登記されます。この登記により、任意後見契約の存在が公示され、第三者にも対抗できるようになります。
登記事項として、以下の内容が記録されます。
■ 公証人の氏名・所属・証書番号・作成年月日
■ 本人の氏名・生年月日・住所・本籍
■ 任意後見受任者の氏名・住所・代理権の範囲
■ 代理権目録
この登記により、将来任意後見人が本人を代理して契約等を結ぶ際の証明資料として「登記事項証明書」が活用されます。
5.任意後見監督人とは?|判断能力喪失後の手続き
任意後見制度では、本人の判断能力が低下した後、任意後見人が実際にサポートを始めるために「任意後見監督人」の選任が必要です。
任意後見監督人とは、任意後見人が契約どおりにきちんと仕事をしているかをチェックする、いわば「見守り役」です。主な役割は以下のとおりです。
- 任意後見人から定期的に業務報告や財産目録の提出を受け、内容を確認す
- 必要に応じて財産の調査や事務のチェックを行う
- 任意後見人が不正やミスをした場合、指摘し、場合によっては解任を申し立てる
- 本人と任意後見人の利益がぶつかる場面では、本人側に立って代理する
- 監督内容を家庭裁判所に報告し、裁判所の監督も受ける
このように、任意後見監督人は本人の利益を守るため、第三者の立場から任意後見人の活動を見守る重要な存在である必要があるため、任意後見監督人は原則として家族や親族にはなれません。
STEP❺ 任意後見監督人選任の申立て
任意後見契約を結んだだけでは、任意後見人がすぐに仕事を始められるわけではありません。本人の判断能力が低下したとき、家庭裁判所に「任意後見監督人を選んでほしい」という申立てを行う必要があります。
申立てができる人(本人、配偶者、4親等以内の親族、任意後見受任者)が、本人の住民票上の住所を管轄する家庭裁判所に行って申立てをします。申立てには、任意後見契約書の写し、本人や受任者の戸籍謄本・住民票、財産目録、診断書など多くの書類を準備し、家庭裁判所に提出します。
申立て後、家庭裁判所で申立人や任意後見受任者への面接、本人の調査や精神鑑定(必要に応じて)、親族への意向確認などの手続きが行われます。
STEP❻ 任意後見監督人の選任
家庭裁判所は提出された書類や面接・調査の内容をもとに、任意後見監督人を選任します。監督人は通常、弁護士や司法書士などの専門家が選ばれることが多く、家族や親族が選ばれることは原則としてありません。
監督人の選任が決まると、家庭裁判所から審判書が送付され、監督人の職務が正式にスタートします。なお、申立人が希望する候補者がいても、最終的な選任は家庭裁判所の判断によります。
STEP❼ 任意後見人の事務スタート
任意後見監督人が選任されると、いよいよ任意後見人の仕事が始まります。任意後見人は、契約で定めた範囲内で財産管理や生活支援などの事務を行います。
任意後見人の活動は、任意後見監督人によって定期的にチェックされ、必要に応じて家庭裁判所にも報告されます。
6.任意後見人の注意ポイントとリスク回避のコツ
任意後見制度は、将来の安心を確保するための有効な手段ですが、実際の運用では様々なリスクや注意点があります。契約から実務まで、いくつかの落とし穴を避けるためのポイントを解説します。
6-1.契約内容の不備によるトラブル
契約内容は必ず公正証書作成前に専門家(弁護士や司法書士)に確認してもらいましょう。想定される様々なケースを事前に検討し、「こんな場合はどうなるか」というシナリオごとに契約書へ具体的に盛り込むことが重要です。
契約内容の不備が後々大きな問題となることがあります。特に以下の点に注意が必要です。
代理権の範囲が不明確
「財産管理を任せる」という曖昧な表現では、具体的に何ができて何ができないのかが不明確になります。例えば、「預金の引き出し」「不動産の管理」「株式の売買」など具体的に記載することが重要です。
契約内容の想定不足
将来起こりうる事態を十分に想定せず、必要な代理権が含まれていないケースが多発しています。特に医療や介護に関する事項、預貯金口座の管理方法、不動産の処分などは詳細に定めておくべきです。
6-2.親族間トラブル・監督人との関係
契約を結ぶ際には、家族や関係者に内容や意図を事前に説明し、十分な理解と合意を得ておくことが大切です。また、定期的に関係者(本人・後見人・監督人・家族など)で情報共有の場を設け、透明性を保つことでトラブルを未然に防ぐことができます。
もし、事前のコミュニケーションを怠ってしまうと、以下のようなリスクがあります。
親族間の不和
子どもや親族の間で「なぜあの人が任意後見人に選ばれたのか」という不満や疑念が生じ、家族関係が悪化するケースが少なくありません。特に財産管理をめぐって対立が深まりやすいです。
監督人との意思疎通不足
任意後見監督人とのコミュニケーション不足により、任意後見人の活動に制約がかかるケースもあります。監督人に報告・相談せずに行動して信頼関係が損なわれるリスクがあります。
6-3.実務上のリスクと回避策
任意後見人が実際に活動する際に直面する実務上のリスクについて解説します。
- 本人の状態変化への対応遅れ
本人の判断能力の低下が徐々に進む中で、適切なタイミングで任意後見監督人選任の申立てができず、財産管理や契約に支障が生じるケースがあります。 - 金融機関や行政機関での手続き困難
任意後見人の権限があっても、金融機関や役所によっては手続きを断られることがあります。特に、銀行によって対応が異なることが実務上の大きな課題です。 - 記録や報告の不備
財産管理や支出の記録が不十分だと、後に「不正に使われた」という疑いを持たれるリスクがあります。
リスク回避をするためには…
本人の判断能力に変化が見られたら、早めに医師の診断を受けて状況を記録し、速やかに任意後見監督人選任の申立てを行いましょう。また、主要な金融機関には事前に任意後見契約の存在を伝え、手続き方法を確認しておくことも重要です。
財産管理の収支は日付・金額・目的を明確に記録し、レシートなども保管し、定期的に家族や監督人に報告する機会を設け、透明性を確保してください。
我が家にピッタリの任意後見契約とは?
累計6000件を超える生前対策・認知症対策の相談実績をもとに、専門の司法書士・行政書士があなたの悩みを解決します。ご家族が不安なく財産管理できるようサポートします。
7.任意後見の費用はいくら?
任意後見制度を利用する際にかかる費用は、初期費用と継続費用に分かれます。ここでは、主な費用の目安とポイントをわかりやすく解説します。
7-1.任意後見契約時の初期費用
手続きを弁護士や司法書士に依頼する場合は10万~15万円と実費費用がかかりますが、自分で手続きする場合は2万円程度で済みます。
7-2.任意後見監督人選任申立て時の費用
精神鑑定が必要な場合は、5万~10万円程度の追加費用がかかることもあります。
7-2.任意後見人・監督人への報酬
監督人報酬や専門家報酬などは、任意後見が終了するまで毎年かかります。期間が長くなると総額で100万円以上になる場合もあるため、長期的な資金計画が大切です。
任意後見人への報酬
家族がなる場合は無報酬が多いですが、月1万~3万円程度で設定することも可能です。専門家や法人の場合は月2万~8万円程度が相場です。報酬額は契約で自由に決められます。
任意後見監督人への報酬
家庭裁判所が決定し、管理財産額が5,000万円以下なら月1万~2万円、5,000万円超なら月2.5万~3万円が一般的です。報酬は本人の財産から支払われます。
8.まとめ
- 任意後見人は、財産管理・身上監護ができるが、取消権や死後事務などできないことも明確にある。
- 任意後見制度は「将来の判断能力低下に備え、信頼できる人に財産管理や生活支援を依頼する制度」。
- 任意後見契約は、本人の意思を尊重する制度ですので、法律の範囲内であれば多くの希望を反映できる。
- 任意後見契約は必ず公正証書で作成した後法務局ので登記する必要がある。
- 任意後見が始まるのは「本人の判断能力が低下した後」に、任意後見監督人選任してから。
任意後見制度は、高齢者自身が信頼する人を任意後見人として指名し、将来の財産管理や生活のサポートを契約で決定できる制度です。
任意後見制度により、家族間でのトラブルを未然に防ぎ、安心した老後を迎えるための準備が整います。ただし、制度の利用には監督人の報酬や契約内容の詳細な検討が必要です。
任意後見制度を理解し、適切な準備を進めることで、大切な家族の未来をしっかりと支えられるでしょう。